彼と彼女の休み時間の過ごし方

snowdrop

問1 当籤金付証票法に基づき発行される富くじとは?

「夏休み明けのテストってヤダよね」


 登校してきた橘健太が教室の自分の席につくと、挨拶もそこそこに隣の席の樋口亜矢に声をかけられた。

 制服を着た女子は、三割り増しに可愛い。白のブラウスと紺のスカートに身を包み、肩よりも少し長い黒髪。身長は百五十センチと少しなのに、スカートの腰の位置を折り曲げてずらしているせいか脚が長くみえる。


「そうだね」


 橘はうなずいて同意する。

 三学期制なら二学期の始業式が行われるが、彼らの学校は二期制。

 だから、今日は掃除と全校朝礼のあと、実力テストが行われるのだ。

 夏休み気分が抜けきらない生徒にとっては憂鬱でしかない。


「余裕だね。夏休みは勉強ばっかりしてたの?」


 一瞬、樋口は目を細めた。


「そんなことないよ。クイズはよくやってたかな」

「クイズで勉強してたんだ」


 ずるいな~、とぼやきながら、樋口は机に突っ伏した。


「そうじゃなくて、部活で」

「部活の先輩から勉強を教えてもらってたんだ。ふーん」

「じゃなくて」


 説明しようとすると、顔だけを向けてきた。


「今日のテスト、わたしのできが悪かったら、橘のせいだからね」

「はあ? どうして」

「橘がわたしのやる気を奪ったせいでテストができな~い」


 どういう理屈なんだか。

 呆れるけど、彼女の機嫌をとってあげなければと思ってしまう。

 ぼくだってテストには自信がないのに、と言ったところで信じてもらえない。

 だったら……。


「作ってきた問題があるけど、解いてみる?」


 声をかけると、樋口はがばっと上体を起こした。


「ほほお、今日の実力テストに出そうな問題?」


 興味あり気に聞いてくる。

 そうじゃないよと言いながらスマホを取り出す。

 メモ帳のアプリを起動させ、橘は作ってきた問題を読み上げる。


「問題。本来『かのくつ』と読み、革製のものを意味したが、主として洋風の履物の総称を指し、一九九二年に銀座の婦人靴専門店『ダイアナ』が制定した記念日はなんでしょうか」


 樋口の表情が曇っていく。


「なにそれ」

「今日は何の日ですかクイズ」

「ちなみに答えは?」

「靴の日」

「九月二日だから、九と二の語呂合わせで靴なのね」

「でも、三月十五日も靴の日なんだけどね」


 橘のつぶやきを聞いて、樋口は目を細めた。


「三と十五の語呂合わせで……靴にはならないんだけど」

「そっちは日本靴連盟が、 明治三年の三月十五日、東京・築地入船町に日本初の西洋靴の工場が創設したことを記念して、一九三二年に制定された記念日」

「靴の日って、二つあるんだね」


 樋口の言葉に樋口は首を横に振る。


「二つじゃないよ。二月二十二日は『スニーカーの日』でしょ、八月三日は『ビーチサンダルの日』だし、九月二十一日は『靴市の日』で、九月二十三日は『靴磨きの日』、九月二十八日には『くつやの日』があって、十一月九日にも『いい靴の日』という記念日が」


 橘は気づく。

 樋口が冷たい目をしている。

 しかも体を引き気味にしながら。


「……橘って、靴フェチなんだ」

「違うよ」

「靴箱にある女子の靴の匂いを嗅いだりしてるんじゃないの? マジでキモっ、引くー」

「違うったら」

「ハイヒールを履いている女子に踏まれたいとか思ってるんでしょ。橘ってそんな変な子だったなんて」

「思ってないよ。ただのクイズだってば」


 どう勘違いしたらそんなふうに思われるのやら。

 今日の記念日の一つに、靴の日があっただけのこと。

 ちがう記念日にすればよかった、と後悔した。

 

「次の問題。せっかく当選しても引き換えないと時効扱いになることが多いため、時効防止のPRと語呂合わせから、一九六七年に第一勧業銀行(現みずほ銀行)が制定した記念日はなんでしょうか」


 樋口は顔をしかめる。

「銀行の日?」


 ブブー、と橘は効果音を口にした。


「正解は、宝くじの日。九と二で、くじという語呂合わせからきてます。毎年この日にちなんで、宝くじ券が当選していないか、引き換え漏れがないかの再確認を呼び掛けつつ、過去一年間の抽選済みの宝くじハズレ券を対象にもう一度抽選を行う、ハズレ券の敗者復活戦が行われているんだ」


「ほお」

 樋口の目の色が変わった。

「橘は宝くじを買ってるから、今日の敗者復活に期待してるのね。当たったらなにか奢ってね」

「ぼくは買ってないよ」


 なにを言ってるの、という表情をする樋口は、瞬きを三回くり返した。


「だったら、どうしてそんなクイズを出したの?」

「昨日、テスト勉強そっちのけで部活の人たちとLINEで、『今日は何の日ですかクイズ』をやってて、楽しかったから。樋口さんも楽しんでくれるかなって思って」

「そうなんだ。でも、ちゃっかり買ってるんでしょ」

「法律上、宝くじの購入に年齢制限ないから買えるけど……」

「ほらっ、こっそり買ってるんでしょ」


 でしょでしょ、と樋口は声をはずませる。

 橘は首を横に振った。


「トラブルを避けるために売り場では、未成年の購入は断っているよ」

「えー、マジ?」

「それに万が一、五十万円以上当選した場合、保護者がいないと当選金の受け取りはできないんだ。つまり、こっそり買えないし当選しても子供だけでは受け取れないんだ」


 夢が広がる宝くじなのに夢も希望もないのね、樋口は息を吐いた。

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