第42話 電話報告 2

「そういえば俺、腹が減ってたんだった」

「そのハングリーな状態で、葉菜さんを僕にください! って言えばいいんじゃないかしら?」

葉菜にはずっと、尻に敷かれる気がする……。

「葉菜さんを離さん!」

有希は楽しそうだなぁ……。

俺はスマホの電話帳を下へとすべらせ、「葉菜」を表示させる。

その下には「葉菜実家」がある。

初めてスマホを手にしたときに、何より一番に葉菜の番号を登録したことを思い出す。

次に、万が一のために葉菜の実家の電話番号を登録した。

葉菜の家で葉菜の両親と話すことは珍しくなかったけれど、電話をすることは、まず無い。

俺は画面を注視しながら、どこかから電話がかかってこないかなぁ、なんて思ったりする。

このおよんで、まだ邪魔が入ることを願っているのだ。

「葉菜ちゃん」

「なぁに?」

「しゅんぺーって、優柔不断なの?」

「そうなのよ。困った人よね?」

くそ、好き勝手言いやがって。

俺は、「葉菜実家」と表示された文字に触れた、つもりだった。

炬燵こたつの上に置かれているスマホが鳴る。

俺が耳に当てているスマホからも呼び出し音が聞こえている。

葉菜が怪訝けげんな顔をしながらスマホを手に取った。

「私だけど」

何故か俺をにらんでいる。

俺のスマホからも、「私だけど」という声が聞こえてきて、葉菜の声がステレオ再生みたいになる。

「ああ、俺」

つい、いつものノリで答えてしまう。

どうやら「葉菜実家」ではなく、「葉菜」をタップしてしまったようだ。

「もう……バカなの?」

葉菜はうつむいて優しい声で言う。

「すまん、ワザとじゃないんだ」

「別に、いいけど……」

葉菜の上目遣い。

目と目を合わせながら電話で話すのは変な気分だ。

居心地の悪いような照れ臭さと、それでいて心地よい甘さが漂うような──

「ちょっと、バカなの!?」

有希はそうでも無かったようだ。

その鋭い視線にたじろいで、俺と葉菜は慌てて電話を切る。

今度こそ俺は、葉菜の実家に電話をかけた。


呼び出し音が繰り返される。

葉菜の実家は広いから、場合によっては聞こえないかも知れない。

葉菜の両親、それぞれの携帯電話の番号も登録しているから、まずはお母さんにかけ直すのもアリだ。

「はいはーい」

そう思ったとき、受話器を取る音が聞こえて、その後に明るい声が響いた。

「あの、春平です」

葉菜は、別れたことは両親に話していないと言っていたけれど、果たしてどんな反応が返ってくるのか。

「あーら、あらあら、放置プレイ実行中のしゅんちゃん?」

そうだった。

この人はこういうノリの人で、葉菜とよく似ているのだ。

「えっと、放置じゃなくて、一度は別れたんですけど」

事の経緯を話す必要は無いのかも知れないけれど、俺は一度は葉菜を振ってしまった。

たとえそれが葉菜を思ってのことだとしても、葉菜を悲しませてしまったことは間違いない。

「まあ葉菜も我儘わがままだし? 一度はそういう経験しておいた方がいいかも?」

「そう言ってもらえると助かりますけど、今回、改めて──」

「二度目は無いわよ?」

いつも優しかった葉菜のお母さんの声が、ひどく厳しいものになる。

「私はふみちゃんから聞いていたけど」

文ちゃんというのは俺の母親だ。

俺の母親と葉菜の母親は仲良しだから、やはり現状を把握していたのだろう。

「お父さんはつい先日まで知らなくてねぇ。鈍感すぎ、頭お花畑とか言って陰で笑ってたんだけど」

アンタは鬼か。

「まあバレたらバレたで春ちゃんを蔵に監禁するとか言い出すし。私は軟禁でいいと思うんだけどねぇ」

親がヤンデレ!?

「春ちゃん、あの蔵が好きで、よく忍び込んでたでしょ?」

「好きですが暮らしたくはないです!」

葉菜が何か勘違いしたようで、また炬燵の中で足を蹴ってくる。

「子供が出来たことにする案もあったんだけど、さすがに無理があるじゃない? そんなのに引っ掛かる馬鹿がいるワケないのにね」

……ここにいます。

「で、式はいつ?」

「気が早いです」

「でもぉ、葉菜も社会人になるし、どうせいずれ結婚するでしょ?」

「葉菜とやり直すにあたって、二度と別れ話を出してはいけないって条件を出されました」

「それをんだんだ?」

「ええ」

「……あの子には、春ちゃんしかいないからねぇ」

 しみじみとした口調で言う。

「おばさん」

「あーら、あらあら、お義母かあさんじゃなくて?」

「え、いや……」

葉菜と有希が、さっきから食い入るようにこちらを見ている。

何かと話しにくい状況なのに、お義母さんなんて呼べるか。

「ね、私からも条件を出していい?」

「え? あ、はい」

「他の女性としゃべらないこと」

「無茶言わないでください!」

「そうよねー。でも、あの子はやきもち焼きだから」

「え?」

冗談ぽく責めてくることはあったけれど、どちらかと言えばクールに振る舞っていたと思う。

「特に中学以降は酷かったわよ。春平がクラスの誰々さんと仲良く話してたー! とか言っていぐるみを投げたり」

俺は思わず葉菜の顔を見てしまう。

小首をかしげて、どうしたの? と言いたげに笑みを返してくる。

「かと思えば春ちゃんの好きな花を庭で育ててみたり」

葉菜……。

「枯らしちゃったけどね」

枯らしたのかよ!

俺は思わず葉菜を睨んでしまう。

わけも判らないまま、しょぼんとする葉菜。

「あ、そうそう、春ちゃんの写真にキスしてるのを見ちゃったこともあったわぁ」

それ、俺も中学のときにやりました……。

「あの子は、春ちゃん一色なのね」

もっと、多彩な色をまとうことも出来るのに……。

「あの、ホントに俺なんかでいいんでしょうか」

また蹴りが入る。

しかも二人分だ。

「それは、お父さんに聞いてみましょうか」

「え?」

「お父さん、さっきからこっちの様子をうかがいながらソワソワしてるの」

見た目はいかめしいあのお父さんが、ソワソワしているところは想像し難い。

「お父さん、春ちゃんよ」

俺はまた葉菜を見た。

葉菜はまた微笑んで、俺に勇気をくれるのだ。

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