第25話 クリスマスイブ 3

「白い方が勝つわ」

演技じみた口調で、有希がいきなりワケの判らないことを言う。

いや、そんなことよりも、亜希は俺に対して怒っていたはずなのに、どうして詩音と対峙たいじしているのか。

「どっちも肌の白さは同じくらいだぞ?」

意味の判らないまま、有希にはそう答える。

「お姉ちゃん、今日のパンツは白だからー」

……なるほど、それは強いかも知れんな。

でも、ちょっと待て。

「詩音も白かも知れんじゃないか」

俺は至極しごく当然な疑問を口にした。

「あの人は赤だと思うー」

そうか……赤が白に敗れるのか。

ある意味それは、必然なのかも知れない。

って、傍観ぼうかんしている場合じゃない!

「亜希!」

「何よ! この中途半端に優しいポンコツ変態ロリコン男!」

……ヒドくね?

「ちょっと! 田中っちを悪く言うのは御法度ごはっとだし!」

さすがお祖母ばあちゃん子、言葉遣いが古い。

「御法度だか何だか知らないけど、ハルヒラに何を言おうが私の勝手でしょ!」

「御法度と言うのは、一般に禁じられていることって意味で、歳上はうやまわなきゃダメだってばっちゃが言ってた!」

「誰もそんなこと聞いてないわよ! バッカじゃないの!」

「あ、あっしは歳上だし!」

……なんか詩音を応援したくなるなぁ。

「だいたいハルヒラが、アンタみたいな不良と仲いいわけないでしょ!」

「あ、あっしは真面目だし!」

「ふん、真面目ちゃんがそんな化粧するわけないじゃん!」

「け、化粧は女子の身嗜みだしなみだってばっちゃが言ってたし!」

「中高生が化粧をするのはまだ早いって先生が言ってたし!」

「学校にはスッピンで行ってるから問題ないし!」

「先生が怖いんだ?」

「こ、怖くないし!」

……子供のケンカ?

「あー、いい加減アンタの相手をするのも疲れたし、そろそろとどめを刺してあげるわ」

亜希が不敵に笑う。

それがまた似合っているのだが、背伸びしているようで可愛らしくもある。

「ふ、ふん、中坊に負けるような胸はしてませんー!」

いつから胸の勝負に?

「私が高校生になったら凄いんだから!」

「その頃にはあっしはもっと凄くなってるし?」

「その頃なんて迎えられないように、今から息の根を止めてあげる」

おい亜希、セリフがいちいち大袈裟だぞ。

「息の根止めたら犯罪者だってばっちゃが言ってたし!」

おい詩音、それはばっちゃが言わなくても当たり前の事柄だ。

というか、ものの例えであって本当に息の根を止めるわけ無いだろ。

だが亜希は、勝利を確信したような目をして口を開く。

「私──」

ただの脅しじゃ、無い?

「ハルヒラの部屋に入ったことあるから」

ぶっ!

「!!??」

詩音が驚愕の表情で固まった。

……あれ? もしかして息してない?

「……ばっちゃが、川の向こうであっしを呼んで──」

「勝手にばっちゃを殺すな!」

「あいたっ!」

また思わず頭を叩いてしまった。

今回は勢いよくやってしまったので、即座に頭を撫でておく。

「シット!」

勝ち誇っていた筈の亜希が、悔しそうに床を踏みつけるのは何故なのか。

というか、今の発言は「嫉妬」であって、「Shit」ではないことを願うばかりだ。

「ありがと、田中っち。田中っちの人工呼吸のお蔭で息を吹き返したし!」

した覚え無いが!?

「後はあっしに任せて」

セリフの意味が全く判らない。

だが、詩音のマスカラで盛られた睫毛まつげがきりりと引き締まり、その瞳に力が宿る。

くだらなくも熾烈しれつな争いに、詩音は終止符を打とうとしているのだ。

「田中っちは……」

コイツ、何を言うつもりだ。

何故か息をひそめてしまうほどの緊張感が伝わってくる。

「田中っちは、元カノとまだ続いている!」

ぶっ!

「なぁっ!?」

思わぬ不意打ちに、俺まで衝撃を受けてしまった。

「ま?」

有希だけは落ち着いていて、俺の顔を見上げて問いかけてくる。

続いているというのは、果たしてどう解釈すべきなのか。

彼氏彼女という関係を抜きにすれば、葉菜との交流は続いていると言える。

いや、でも、泊ったりしてるし?

お互い、合鍵も持ってるし?

肉体関係が途切れているだけで、続いているといえば続いている、のか?

「自分で言ってて、つらみがヤバたん……」

詩音はおかしな言語を使って項垂うなだれる。

「あは、自分で言って自爆するなんてバカじゃないの」

「白い方が勝ったわ」

そうなのか?

まあ確かに、引きってはいても笑みを浮かべているのは亜希の方だが。

「ハルヒラ!」

「な、なんだ」

「ハルヒラが元カノに未練タラタラでズルズル関係を引き摺ってることなんてお見通しなんだから!」

「……自分でも、よく判らない関係ではあるけれど」

「ふん、せいぜい今のうちに楽しんでおけばいいわ」

強がっているのが判った。

ツンデレとか、そういった軽い言葉で片付けてはいけないのかも知れない。

単なる年上の男性に対する憧れとか、頼る人がいないが故の甘えとか、そんな風に思っていたけれど、もっと真面目に受け止めるべきなのだ。

「なに深刻な顔してんのよ」

「いや、俺はお前らのこと……」

「私は、ハルヒラが幸せだとムカつくし、彼女と別れたらザマァって思うだけだから!」

……はい?

「あー、こんな変態ロリコン出来損ない男に彼女っぽい存在がいるなんて、ホント腹が立つ」

こら。

「ま、どーせその彼女っぽい人も同情で付き合ってるんだろうし? そのうち捨てられて泣きを見ることになるでしょうし? そうなったらまあ、思いっ切り高笑いして……そのあと、慰めてやってもいいけど!」

「そうか……うん、ありがとう」

随分と酷いことを言われた気もするが、随分と優しい言葉をもらった気もする。

俺は俺で、もっとコイツらに対して真摯しんしに──

「田中っち」

「ん?」

「後はあっしに任せて」

項垂れていた詩音が、顔を上げ、瞳に光を宿す。

って、ついさっきも同じようなセリフを吐いて敗北を喫したのでは?

「ねー、亜希っちょ」

チャレンジャーだ。

「誰が亜希っちょよ!」

「有希っちも。三人でペロの散歩に行くよ!」

強引な優しさが詩音らしい。

「何でアンタなんかと!」

「いいからいいから。あっしら同類じゃん?」

「一緒にしないでよ!」

「じゃ、田中っち、行ってくるね」

満面の笑みだ。

「ちょ、離してってば!」

亜希も、言葉ほど嫌がっているようには見えない。

「しゅんぺー、行ってくるー」

俺は店の外に出てみんなを見送った。

三人と一匹は、きっと仲良くなれるだろう。

寒空の下で離れたり寄り添ったりする後ろ姿は、俺にそう思わせてくれた。


……嵐が去ったみたいに店内が静かになる。

静かに歩み寄ってきた穂積が、静かな口調で言った。

「俺、先日フラれたばっかなんすよね」

「……」

俺はそのあと、ほとんどワンオペのように働いた。

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