第14話 お願い

最近、寒い日が多くなってきた。

夜に出歩く人も少なくなるから、深夜の客数も売上も減る。

相方の西村さんは寒がりらしく、暖房の設定温度を上げる。

「年を取ると寒さに弱くなってねぇ」

実家のばっちゃ、いや、祖母ちゃんも同じことをよく言っていたから、そういうものなのだろう。

「しゅんぺー」

有希は相変わらず元気で、寒さなど気にもしてないような薄着だ。

だが、ここ一週間ほど亜希の姿を見ない。

「姉ちゃんはどうした?」

「家にいるー」

「いや、どうして来ないんだ?」

有希が、キョトンとした目をして俺の顔を見上げる。

そんなことも解らないの? とでも言いたげだ。

更に、仕方ないわね、私が教えてあげる、みたいな顔をして、

「お姉ちゃんツンデレだから」

などと言う。

……答えてもらっても解らないのだが?

「えーっと、亜希はツン状態なのか?」

「違ーう。デレ」

ますます解らない。

何に対してデレて、そしてデレるとなぜ店に来ないのか?

「あのね」

内緒話をするように手招きをする。

俺はかがんで、有希の口元に耳を寄せた。

「しゅんぺーにブラ返してもらわないの? って言ったら、お布団の中にもぐり込んで脚をバタバタさせてたー」

「……因みに、ツンの時は?」

「あんな変態のところ行くわけないでしょ! って言うー」

それはツンデレと言うより、自己嫌悪と俺への嫌悪がせめぎ合っているだけなのでは?

「そんなことよりしゅんぺー」

「そんなことよりって、早く姉ちゃんが元通りにならないと、ずっとお前が一人で来ることになるし夜道は危ないだろ」

有希がニヤニヤした。

「お姉ちゃん来ないと寂しぃ? それとも私が心配ー?」

くそ、一人前の女みたいな問い掛けしやがって。

コイツ、おバカだと思っていたけど、意外と悪女になる素質があるんじゃないのか?

「両方だよ。お前ら二人揃って姉妹なんだから、仲良く二人で来てほしいしな」

俺は少なくとも有希よりは大人なので、無難な答で二人を立てておく。

「しゅんぺー、それじゃあレディの質問に答えたことにはならないのよ?」

くっ! はぐらかしても通用しないだと!?

ずっと有希を見守ってきた俺としては、その成長ぶりが嬉しくて悲しい。

「はいはい。有希が心配なんだよ」

「なーんか投げやりだけど、許してあげるー」

……ちんちくりんのレディのウインクが、ウザくてもキュートなのが腹立たしい。

「で、そんなことよりって何なんだ?」

「あー、そうだ、そんなことより今度ね、劇の発表会があるの」

「劇? 誰の?」

「私のー」

「どこで?」

「公園の横の、記念館? みたいなところー」

確かにあのちょっと大きな公園の横に、そんな建物があったような。

何の記念館か知らないが、公民館レベルの小さな建物だ。

「なんでそんなところで劇なんかやるんだ?」

「毎年ね、あそこで演劇部の生徒が劇をして、町内の人に見てもらってるのー」

どうやら恒例行事のようだ。

「ていうか、お前、演劇部だったのか?」

そういえばコイツ、普段は舌足らずなしゃべり方をするくせに、演技っぽい話し方や人の口真似をするときは妙に滑舌かつぜつが良かったな。

「しゅんぺー、観に来てー」

「いつやるんだ?」

「次の日曜日ー」

普通に夜は仕事だ。

「何時から?」

「昼の二時からー」

「無理。仕事だし寝てる」

何はともあれ一番寝ている時間帯だ。

早く寝たとしてもまだ寝ているし、遅く寝たとしても寝て間もない頃だ。

「えー、来てよー! 寝なくても死なないから」

「いや、俺は仕事には万全の態勢でのぞむ男だ。睡眠をおろそかにはできない」

「ポロリもあるよ?」

「小学生の演劇にポロリがあってたまるか!」

「チラリならあるかも?」

「小学生のチラリに興味はねーよ!」

「……私のチラリにも?」

おい、何故そんな切なげに目を細めるのだ。

「ち、チラリはともかく、姉ちゃんに来てもらえ」

「お姉ちゃんはしゅんぺーが来るなら行くって」

アイツ、俺が行かないと思って自分が悪者になることを避けたな。

「父ちゃんはどうだ? ほかの子も保護者が来るんだろ?」

「お父さん、その日の晩、仕事ー」

……俺もそうだと言いましたよね?

「有希、我儘を言わないでくれ」

行きたい気持ちはあるが、その時間帯に起きているのはツライ。

深夜のコンビニバイトなんて楽勝、なんて思っている人もいるだろうし、実際、そういう店舗もあるみたいだが、少なくともうちの店はそんなに楽ではない。

客の少ない深夜のうちに、まるでオープン初日のように、これからお客さんを迎えるという売り場の状態にするのが目標で、早朝シフトの人と交代するするまでには商品の補充と陳列、清掃を完璧にしておかねばならない。

予想に反して仕事がキツイので、すぐに辞めていく新人も多い。

「我儘じゃなくてお願いー」

……そうか、我儘じゃなくてお願いなんだ。

我儘とお願いは違うよなぁ。

「その日、誰か他の人が出てくれるように頼んでみる。もし代わりが見つかって休みが取れたら観に行く。それでいいか?」

「イヤぁ、絶対に来てー」

「我儘じゃねーか!」

「我儘じゃなくてお願いー」

我儘じゃなくてお願いなら、それに応えてやりたいとは思う。

「その日、何とか休みが取れるように交渉してみるが、あまり期待しないでくれ」

「イヤぁ、必ず来てー」

「我儘が過ぎるわっ!」

「我儘じゃなくてお願いー」

……俺はループ世界に迷い込んだのだろうか?

抜け出すためには、いや、説得には少し時間が掛かりそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る