第11話 間に合ってる

ブラに執着も無いし、もちろん装着もしないが、そのまま布団の上に出しておくのも気が引けたので、タンスの右下の引き出しに仕舞ってから出勤する。

今夜の相方は西村さんで、深夜の最年長の五十代だが、仕事の方はまだまだ未熟だから負担は大きい。

だいたい、コンビニのバイトなんて誰でも出来るとか言う人がいるけれど、実際には使える人と使えない人の差は大きく、能力の有無は如実に反映される。

接客態度だけでなく、トラブルの対応力、雑多な業務を憶える記憶力、商品を並べるときの几帳面さやセンス、清掃、発注、レイアウト、ポップやポスターの取り付け取り外し。

確かに簡単に採用されるし、簡単にクビにはならないが、多くの人は働いてみてその仕事量に驚く。

そして仕事が出来ない人のその皺寄せは、相方や後の時間帯の人が受けることになる。

「今日は機嫌が良さそうだね」

西村さんと組むのは、どちらかと言えば楽ではない。

マイペースだし周りが見えないタイプだ。

歳のせいもあってか、物覚えは悪くレジも遅い。

だが、それで俺が機嫌を悪くすることは無いし、ましてやそれを表に出したりはしない。

なのに、機嫌がいい?

そんなはずは無いのだが。

「あ、さっきあのお客さんにお小遣い貰ったからですかね」

週に二回くらい来る七十代の男性で、「おい、田中ぁ」と俺を呼び、いつも「これでコーヒーでも飲め」と言ってお小遣いをくれる人だ。

最初は断ったが、あまりかたくなに拒むのも悪いような気がして、今はありがたく頂戴している。

金額は五百円だったり千円だったり。

店で年を越したときは、お年玉だと言って五千円貰ったこともある。

「いやぁ、あのお客さんが来る前から機嫌良さげだったよ。なんか女の子からプレゼントでも貰ったときみたいに」

……。

心当たりは無い、筈だ。

あれは決してプレゼントなどでは無いし、有用な物でも無い。

だが考えてみよう。

片や女子大生、片や女子中学生のブラを所持している男が、この日本という国にどれほどいるだろうか。

しかもJCの方は脱ぎたてホヤホヤなのである。

しかも一日でその二つをゲットしたのだ。

これは宝くじに当たるほどの確率なのでは?

……いや、宝くじの方がずっと嬉しいな。

「それはそうと、今日はお客さん少ないね」

「そうですね」

バイトの身としては、お客さんが少ないのは楽でありがたいのだが、店長の立場になるとそんなことは言ってられないだろう。

「西村さん」

「何だい?」

「いつもより仕事のペースが速いので、外掃除に時間をかけていいですか?」

「それはいいけど、外、そんなに汚れてたっけ?」

「いえ、ちょっと花壇の手入れをしたいので」

「花壇? そんなの無いんじゃ?」

「あったらいいなと思ったんです」

「?」

「じゃ、行ってきます」

「あ、ああ」

外に出ると思わず身をすくめるくらい冷え込んでいる。

俺は手を擦りながら、店の駐車場の横にある植栽スペースに目を向けた。

低木が植えられているけれど、まだ随分と余裕がある。

そこが花一杯になったなら、ごみを捨てる人も減るんじゃないだろうか。

あるいは、ちょっと特色のあるコンビニとして、お客さんも喜んでくれるんじゃないだろうか。

季節柄、雑草は少ないが、俺はそれを抜き、地面を掘り返してみた。

「あまりいい土じゃないな……」

いずれホームセンターにでも行って、土と花の種や球根を買ってこようか。

常に花が咲いている状態を維持するなら、しょっちゅう植え替えをしなきゃならないし、費用はどれくらいかかるだろう?

オーナーが出してくれないなら自腹になるが、店長になって給料が増えたなら──

「田中っちー」

今夜は寒いのに、ミニスカートと元気な声。

「おー、詩音」

「あれ? 今日は機嫌がいい?」

こんな小娘にも見破られるくらいに、俺はウッキウキなのだろうか?

「ねー、聞いて聞いてー」

「なんだ?」

「最近、ブラのサイズが窮屈になってきてさ、田中っちもテンション爆アゲーみたいな」

「ふーん」

「む、反応薄くない?」

「いや、まあ良かったな」

「サイズが合わなくなったブラ、田中っちに進呈してもいいよー」

「ブラは間に合ってるんで」

「間に合ってる!?」

「あ、そうじゃなくて、ブラには興味が無いんだ」

ん? でも、JD、JCとくれば、JKも欲しいような。

これは、性欲というより収集欲か?

「いま着けてるブラ、窮屈なんだけどぉ」

「思うんだけどさ」

「なになに?」

「パッドを外せば対応できるんじゃ?」

「……」

ひどくデリカシーの無いことを言ってしまっただろうか。

「ぱ、パッドを外すとばちが当たるってばっちゃが言ってた!」

「嘘つけ!」

「パッドを外したからばっちゃの胸はスルメみたいに……」

「それは自然の摂理だ!」

「田中っちのスルメちんこ!」

「ちゃうわ!」

「縮んでるときはシワシワショボショボだってばっちゃが言ってたし!」

「活き活きとしたシワシワなめんな!」

いったい何を言い争っているのだ?

「あ、そうだ田中っち」

「なんだ」

「トイレお借りします」

「あ、ああ」

……。

そうなんだよなぁ。

アイツ、トイレを借りるときには敬語になるんだよなぁ。

それは多分、他のコンビニとかでも言っているから自然に出てくる言葉で、恐らくはアイツがいつも言う「ばっちゃ」の教育なのだろうと思う。

コンビニのトイレを公衆便所のように使う人は多い。

何も買わないどころか、立ち読みとトイレだけの人もいる。

ウォシュレットの電源を抜いてスマホの充電をした後、コンセントは抜きっぱなしという人もいるし、汚してそのままの人なんて毎日のようにいる。

掃除をしていると悲しいやら情けないやらで気持ちがやさぐれてくるが、ちゃんと「借ります」「ありがとうございました」と言ってくれる人に出逢うと、それだけで心がうるおうような気分になる。

詩音みたいなタイプは本来好きではないけれど、でもちゃんと礼儀正しい一面があるからアイツに惹かれる部分もあったりする。

……それにしてもアイツ、トイレ長いな。

「田中君」

西村さんが店の外に出てきた。

「どうかしましたか?」

「いや、トイレがかなり汚れてたから掃除しなきゃと思ってたんだけど、田中君の彼女? あのちょっと目立つ子が入っちゃって」

「あー、後で俺が掃除しときます。っていうか彼女じゃないっす!」

「あ、そうなんだ。でもいい子だよねぇ」

彼女じゃなくても、アイツが褒められるのは悪い気はしない。

いや、褒められて当然か。

詩音が帰った後にトイレを見れば、汚れはどこにも見当たらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る