第14話

 数分前、峰城高校での激闘を終えた宗也はサンディの電話で知らせを聞き、急遽街へ戻ってきた。全速力で飛ばしてきたため、アンナの危機には間に合ったものの、彼の力は諏訪との戦いで既に消耗しきっていた。

「これは驚きました。君がここにいるとは、まさか諏訪君が敗けたということですか⁉」

 グローケンはアンナの前に立っている宗也を見て、少しばかりの驚きの表情を見せたがすぐに余裕のある笑みに戻った。

「残念です。彼は将来、私の右腕として、やがて私の目指す理想郷の礎となるはずだったのですが……」

 グローケンは手で顔を覆いながら涙ぐむそぶりを見せた。だがアンナには本気で悲しんでいる様子は、彼には見られなかった。

「そんな話、初めて聞いたぞコラ」

 どこからともなく怒気のこもった声が聞こえてきたと同時に、赤い斬撃がグローケンに向かって飛んできた。突然の攻撃に不意をつかれたグローケンだったが、難なくそれを裁く。

「……その攻撃は決別の証と受け取っていいんですね?諏訪君」

 グローケンはアンナの後ろの廃ビルの屋上に目をやった。表情こそ笑ってはいるが、語気は強めだった。

「先生……、いやグローケン。あんた、俺の望みを叶えてくれるんじゃなかったのか?」

 屋上に現れた諏訪は、『幻夜』を真っすぐ構えながらグローケンを睨みつけた。

「君を絶対的な強者にするという望みはかなえてあげますよ。しかし、私にも見返りをいただきたいんですよ」

「見返りだぁ?」

「君が最強になった暁には、残りの人生を私に下さい」

「何?」

 諏訪の表情が途端に険しくなった。

「私の目的は争いのない国を作ることです。そこで君には私の国の国防長官をやってもらいます」

「国を作るだと⁉」

 グローケンの言葉を聞いたアンナは思わず叫んだ。それは彼の口から放たれた初めて明かされる野望だった。

「あんた、何言ってんだ?俺が知ってるあんたは争いのない世界を作ろうとする研究狂いの廃人っていうことだけだぜ」

 グローケンはそれを聞くと、諏訪を背にして冷徹に言い放った。

「私という存在は君のようなに普通の人間には理解できないでしょう。なぜなら私も未だに私という存在を測りかねているのですから」

「つまらない問答はいい。お前のようなものが国を作ったところで誰もついてきやしないだろう」

 アンナは呆れたような口調でグローケンに言い放った。グローケンは人差し指をぴんと立てると諏訪の方へ指を向けた。

「これは返してもらいます」

 グローケンが指を曲げると、諏訪の服のポケットから黒い石が飛び出し、グローケンの元へ戻っていった。

「おい、それはもう俺のものだろう⁉」

 諏訪はポケットから飛び出した石を掴もうとしたが、石は彼の手をすり抜けグローケンの元へ戻り、彼の手の上の大きな石に吸い込まれていった。

「これは大事な百年前のアルヴァコアの一部です。君が敵になった以上、これは返してもらいます」

諏訪の石を取り込んだグローケンの大きなアルヴァコアは一段と大きな光を放った。

「この石の研究を始めてはや二十年……。この地球上のどこかにあると言われているアナザーワールド。そこにはアルヴァコアが当たり前のように生活の一部として使われていると言われています。その世界では争いなど無縁です。なぜなら争う必要がないくらいに豊かな資源があふれているから。だが歴史上、その世界を発見したものはいない。或いは知っているが公表されていないだけなのか。どちらだとしても私は、その世界を見つけ出してそこに私の国を作るつもりです。百年前の人類や坂城アルヴァートとは違うやり方で、私は私の理想を作ります」

『適応率百二十パーセント』

 グローケンは石を身体の中に取り込むと、両手をアンナたちに向けて大きなエネルギー球を飛ばした。

「まずい、避けろ少年‼」

 アンナは『エモ・インパクト』で撃ち続けながら、応戦したがグローケンの放ったエネルー体はアンナの攻撃を受けてなお、勢いを増しながら迫ってくる。飯山と諏訪が武器を構えようとしたその矢先、一人エネルギー体に向かって歩いていく宗也の姿を目にした。

「おい、てめぇ何してんだ‼」

「少年‼」

 二人は口々に叫んだが、宗也は表情を変えないまま武器も持たずに歩き続けた。次第にエネルギー体が宗也の直前まで迫った。

「ほう、ここまで恐れを知らない子供がここにいるとは……」

 グローケンは髭を触りながら、関心の眼差しを宗也に向けた。その瞬間、エネルギー体が宗也と衝突し、大きな爆発音とともに弾け飛んだ。アンナたちは間一髪、爆発に巻き込まれず済んだが、爆発の強い衝撃波を受け後ろに吹っ飛ばされた。アンナは後ろの壁に叩きつけられ、諏訪も後ろに倒れこんだ。

「少年―――‼」

 アンナは力の限り叫んだが、宗也の返事はない。爆発の煙も次第に晴れ、一人の人影が見えてきた。

「……ほう、あの攻撃をモロに受けて耐えるとは」

 そこにはボロボロの制服を着て、体中傷だらけになりながらも立ちつくす宗也の姿があった。体はふらふらとしていたが、目は真っすぐグローケンの方を見ていた。

「お前、自分が何をしているのか分かってるのか」

「もちろん、理想の国家の礎を作っている最中です」

「ふざけるな‼お前がやっているのは創造じゃなくて破壊だ」

 グローケンはやれやれというようなジェスチャーをしながら呆れたような表情をした。

「理想のためには犠牲もつきものなのですよ。君も大人になればわかります」

 宗也はグローケンの言葉に一切表情を変えず、言い放った。

「世界がどうなろうと、この街の人々にとっては今日の阿神祭の方が大切なんだよ。皆、何日も前から準備して、今日を成功させるために必死になって頑張ってきたんだ。それをお前が容易く壊していいものじゃねぇんだよ‼」

 そう言い放った瞬間、宗也は身体中の力が抜けたのか、前に倒れこんだ。宗也の脳裏には一瞬、明科の顔と剣道部の皆の姿がよぎっていた。

「少年‼」

 アンナは宗也の近くまで駆け寄った。

「君の言い分は分かりますよ。しかし元を辿れば、阿神祭の起源はアルヴァコア発見によるものなのですよ。わかりますか?百年前、アルヴァコアがこの街で発見されなければ私はここにいない。そして阿神祭も存在しないことになるのですよ」

「ふざけるんじゃねぇ‼」

 突如アンナの後ろから初老の男性の声が街の中央に轟いた。アンナが後ろを振り向くと、拡声器を持った砂川がアナウンサーの車に乗っていた。

「この阿神祭の起源がどうとかじゃねぇんだ。この祭りはなぁ、今日に賭ける人たちの魂の結晶なんだ。明日になれば今日のことは歴史として人々の記憶に残るんだ。そうして皆は明日から来年の祭りの準備を始める。ただそれだけなんだよ」

 砂川は、車の窓からグローケンに向かって高らかに叫んだ。その様子を見て、隣に座っていたアナウンサーが慌てて止めに入る。

「砂川さん!危ないですから‼」

 グローケンは砂川の姿を確認すると、鋭い眼光で砂川を睨みつけた。その目つきに気圧

された砂川はすぐに車の中に顔を引っ込めた。

「じ、じゃ、後は頼んだぞ」

 砂川はそう言うと、砂川を乗せた車は一目散に街の外へ走っていった。

「まったく、今どきの老人は気楽でいいですねぇ」

 グローケンは何事もなかったかのように姿勢を正した。そしてアンナの方へ身体を向け直した。

「……先ほどの砂川さんの言葉を聞いたか?お前はこの街の想いを踏みにじってしまったんだ。私はお前を絶対に許さない。覚悟しろ、グローケン」

 アンナは銃を上に向け、銃を撃った。天高く放たれた銃弾は、太陽の光に吸い込まれ、消えていった。

「もう君の攻撃は私には効きません。それがわからないようであれば、私が直接分からせてあげましょう」

 グローケンは物凄い速さでアンナに向かっていき、鎌をアンナの喉元に向けて振った。

「‼」

 アンナは紙一重のところでグローケンの鎌を避けることができたが、鎌にかすった首元の傷口から一筋の血が噴出した。咄嗟の回避の影響と悪い足場の影響か、一瞬ぐらついたアンナの様子をグローケンは見逃さなかった。間髪入れず、二撃目を繰り出そうとしたその瞬間、何者かがグローケンの前に立ちふさがり、グローケンの攻撃を弾き返した。

「……私の攻撃を弾くとは、君、さては九十パーセントまでいきましたね?」

「うっせえ。あんたに育ててもらったもんを全てあんたにぶつけてやるよ。それが俺からの恩返しだ」

 諏訪はふらふらになりながらも、何とか立っているような状態だった。諏訪はなんとかそれを悟られぬようにしていたが、グローケンはにやりと笑った。

「一日に何回もアルヴァウェポンを全力で使うのは想像以上に身体に負担がくるものです。気丈に振るまっても私には全てお見通しですよ。」

 グローケンは鎌で諏訪を吹っ飛ばした。諏訪は五十メートルほど吹っ飛ばされ、アルヴァコアの力も消えてしまった。

「ぐ、くそ……」

 諏訪はそう言うと、気を失ってしまった。

「諏訪君‼」

 アンナは諏訪の様子を確認しようと吹っ飛ばされた諏訪の方に顔を向けた。だがそれが間違いだった。アンナは瞬時にグローケンから目を離したことを後悔したが、時すでに遅しだった。

「がっ…………」

 鋭く振り下ろしたグローケンの鎌の柄がアンナの胴部に食い込んだ。アンナは一気に後ろの建物へ吹っ飛ばされた。彼女の身体は勢いよく叩きつけられ、地面に突っ伏した。

「君たちと私とでは人の使い方が違うのです。簡単に切り捨てられるかどうかが一瞬の勝敗を分けるということが、これでよく分かったでしょう」

 グローケンはゆっくりとアンナに近づき、白衣のポケットから手のひらに収まるほどの大きさの機械を取り出した。機械の液晶画面には何かの数値が表示されている。

「もう頃合いでしょう。くだらない抵抗は非生産的です」

 機械に表示されている数値は先ほどまで「九十」を表示していたが、みるみるうちに数値が下がり始めた。

「……まだだ……」

「あなたの適応率は下がり続けています。じきにアルヴァウェポンも解除されますよ」

 グローケンの手元の機械では「五十」を切り、なお下がり続けている。諏訪も宗也も既に力尽きており、戦える者は残っていない。

「……」

「ついに声を発する力もなくなりましたか。君たちに構う時間などもうありません。この地で父の後を追いなさい」

 グローケンは倒れているアンナめがけて、鎌を振りかぶった。」

「……や、やめろ……」

 宗也はうつぶせになりながら顔を上げ、グローケンに向かって精一杯の声を発した。だがその声に力は残っていない。

「そこで彼女が死ぬのを見ていてください」

 グローケンが鎌を振り下ろそうとしたその時だった。消火器がグローケンの足元に転がり、突如としてそれが爆発した。

「⁉」

 グローケンは面食らい、手で顔を覆った。辺り一面は白い煙に包まれて何も見えなくなった。

「何ですか、次から次へと……忌々しい」

 しばらくして煙がはれると、そこにあるべきはあずのアンナの姿はなかった。だがグローケンは目を閉じて、精神を集中させた。グローケンの見えている世界は白黒に染まり、物音一つ聞こえなくなった。しかし、その中でも生じたわずかな物音を聞いた瞬間に、グローケンは見栄を開けた。

「そこですか」

 そういうやいなや、彼は鎌の斬撃で背後のビルの一角を攻撃した。攻撃を受けた場所は、大きな衝撃で粉々になった。

「な、何故分かった……」

 彼の斬撃を直に受けた飯山が壊れた瓦礫の中から現れた。後ろにはアンナが倒れている。

「私から逃げようとしても無駄ですよ、飯山君。君にも期待していたのですが……まぁもはや過去の話です」

「おかしいな……あんたは簡単に人を殺すような惨忍な性格ではないと思っていたが」

「私の計画に支障がない場合に限りです。彼女はこの先も私の障害となり得る。だからここで殺すんです」

 グローケンは倒れている飯山のそばを通り、アンナの目の前で歩みを止めた。

「大分邪魔されたおかげで、随分てこずりましたが……もうあなたを守る人間もいません」

 グローケンはすぐに止めを刺そうと試みた。その時、アンナの低い声が聞こえた。

「おい、グローケン、その手に持っている機械を見てみろ。私はまだ終わっていないぞ」

 グローケンが持っていた機械に目をやると、下がり続けていた画面の数値が一パーセントで止まっていた。時間的にはとっくにゼロになっていてもおかしくない時間だった。

「おかしいですねぇ、機械の故障かもしれない」

 グローケンは溜息をついた後、その機械を投げ捨てた。その機械はグローケンの手を離れアンナの傍らに転がった。

「どちらにしても、これで終わりです」

 グローケンは力強く、鎌をアンナに向かって振り下ろした。

アンナさん……」

 宗也は遠くでアンナの姿を見ながら、気を失ってしまった。その直後に辺り一面に叫び声が響き渡った。






おい、起きろ。

ここで眠っているままでいいのか。

戦いはまだ終わっていない。早く立て。

お前は本当の力を知らない。お前だけではなく、この世界の住人は。

さぁ目を覚ませ。

そして生きよ。

この世界ではなく、新たな世界へ。





「……きろ。起きろ!」

 宗也は恐る恐る目を開けた。目の前には、飯山と諏訪が座っていた。

「やっと起きやがったか」

「てっきり死んじゃったかと思って冷や汗かいたよ」

 宗也は上体を起こして辺りを見渡したが、そこは宗也の知っている阿神町ではなかった。辺りは真っ白な空間でオーロラのような壁が遠くに広がっている。宗也たちは丸い光の壁に包まれていた。宗也は徐々に意識が覚醒していき、数秒後に自分がどのような状況に置かれているかを思い出した。

「ここは……?アンナさんはどうなった⁉」

 宗也は急いで二人に詰め寄った。・だが二人は黙って下を指さした。宗也が下を見ると、その下には、いつもの阿神町が広がっており、中心部にはグローケンとアンナの姿があった。

「これは……、どういうことだ⁉アンナさんは無事なのか?二人はまだ戦っているのか⁉」

宗也の疑問に二人は黙ったまま何も反応せず、険しい顔をしながら頭を掻いた。

「実は俺たちもわけがわからないんだ。球に光に包まれたと思ったらこの上空に連れていかれて……」

「いくらぶっ叩いても壊れやしねぇ……」

 諏訪は力強く光の壁をぶっ叩いていたが、壁はびくともしない。

「おい、壊すなよ!ここで壊れたら俺たち、地上に真っ逆さまだぞ?」

 飯山は冷や汗をかきながら、諏訪を止めた。

「ここからだと分からないな……」

 宗也が光の球体の下から地上の様子を見ようと試みたが、距離が遠く、二つの人影が見えるだけだった。その様子を見た飯山がおもむろにポケットから携帯を取り出し、でんわをかけた。その様子を宗也は疑問に思った。

「誰に電話してるんだ?」

「俺たちのことをよく知っていて、この辺りにいそうな人物だよ」

 宗也が疑問に思っていると、しばらくして飯山の携帯からわずかに声が漏れて聞こえてきた。わずかな音量だったが、その声質は宗也のよく知っている声だった。

「なんや、飯山か。今いいところじゃぞ」

 岡谷は瓦礫の間から隠れながら、こっそりと辺りの様子を伺っていた。

「岡谷なら逃げずに見てると思ってたぜ。今どんな状況だ?」

「どうもこうも、ナニモンじゃあの、金髪のねーちゃんは?さっきまで瀕死だったとは思えん変りようじゃ!」






「何ですか……その姿は」

 グローケンの言葉通り、先ほどまでの死に体だった状態と打って変わり、アンナの身体は彼女の金髪のように光り輝いており、グローケンの前に立っていた。





 それは数十分前のことだった。

 グローケンの見舞った一撃は、彼女の喉元に届く前に、謎の光の壁によって防がれた。

「ぐっ……」

 不意に鎌が弾かれたことで、グローケンは一瞬体制を崩しよろけた。眩い光に包まれてアンナの傷はみるみるうちに治っていき、傍らに転がっていた『エモ・インパクト』は光り輝く武器に変った。アンナはゆっくりと立ち上がり、グローケンの前に立って銃を構えた。

「お前の命運は私が決める」





「もう一度、聞きます。何です、その姿は」

 グローケンは鎌を構えながら、冷徹な声色で言い放った。その様子にはかつての余裕に満ちた表情は見られない。

「……ここが何処だか知っているか?」

「……何⁉」

「ここは阿神町の噴水広場。そしてこれがお前が噴水の中から取り出さなかったもう一つの宝玉だ」

 アンナは手のひらから一つの宝玉を顕現した。その宝玉はグローケンの取り出したものとは異なり、赤く光っている。

「何ですか、それは……。そんなもの、私の見た書物には載っていませんでしたよ⁉」

「ほう、貴様は文書として残ったものしか信じないのか?私には語り掛けてきたぞ、直接頭の中にな」

 アンナは自分の頭を指さして微笑んだ。その様子を見てグローケンは軽く狼狽する。アンナの傍らに転がっている機械は『一』という数字で止まっている。

「馬鹿な……。歴史的に現存している宝玉は一つのはず……。大昔に破壊されたもう一つの宝玉が何故残っている⁉」

「それこそがお前の悪い点だ。自分の研究に没頭するあまり、自分の力しか信じられなくなってしまっている。私はこの一週間、この街で住んでいてはっきりと感じていたぞ。この街が持つ本当の力を。どうやら本当の歴史は書物には残さなかったということだな」

「しょうもないことをごちゃごちゃと……。ならば私が勝ってその歴史を塗り替えるだけです」

 グローケンは冷静に振舞っていたが、表情には焦りと怒りの感情がはっきりと映し出されていた。

「今度こそ、死んでもらいます。全力を持ってここで潰す」

 グローケンの鎌は今までで最大の大きさに変化し、その刀身は彼の身体よりも大きくなっていた。その直後、目にも止まらぬ速さでアンナの正面から消えた。次の瞬間、アンナの目の前に現れ、鎌を振り下ろしながら一言呟いた。

「死ね」

 だが、アンナはグローケンの動きから目を離さず、グローケンが現れるコンマ数秒前に迎撃の準備をしていた。

「死ぬのはお前だ」

 その瞬間、二人の攻撃が同時に炸裂した。辺りは大きな衝撃とともに瓦礫が崩れ、一面は更地と化した。お互いの攻撃はそれぞれの身体に直撃し、二人は背中を向けながら交錯した。数秒の間、二人のいる場所だけ時間が止まったような感覚だった。その様子をかたずを飲んで見守る宗也たち。

「ぐっ……」

 先に動いたのはアンナだった。膝をつき、身体を包み込んでいた光のオーラが壊れた。

「どうやら歴史の勝者が決まったようですね……」

 そういうや否や、グローケンは真っすぐに地面に倒れこんだ。彼を包み込んでいた光は彼の生気と呼応するかのようにゆっくりと消えていき、変異していた姿も元の人間らしい姿を取り戻していた。その様子を見届けたアンナは、ぷつっと糸が切れたように意識を失い、グローケンと同じように地面に倒れこんだ。

 上空で宗也たちを包んでいた球体はゆっくりと地上に近づいていき、地面に着地した瞬間に瞬く間に消え去った。その消滅と同時に宗也はアンナの元に駆け寄る。

「アンナさん!」

 宗也はグローケンの様子をちらと見ると、アンナの上体を持ち上げる。だが彼女は動くどころか、目を開けるそぶりすら見せない。

「むやみに動かすな!まずは救急車じゃ!」

 宗也と同じくアンナの元に駆け寄っていた岡谷は、懐からスマートフォンを取り出すと、矢継ぎ早に画面をタッチし、病院へ電話をかけた。

「ちょっと見せてくれ」

 宗也がうろうろとしていると、背後から飯山がぬっと現れ、辺りを静止させると、アンナの胸部に耳をそっと近づけた。

「大丈夫、心臓は動いてる」

 それだけ言うと、飯山は彼女を持ち上げて、日陰のある近くの柔らかい茂みへ移動させた。そしてほっとしたように地面に座り込んだ。

「お前、やけに手馴れてるな……」

「たまに陸上部の練習でもいるんだよ。倒れるやつが。」

「おい、てめぇら。何休んでんだ。さっさとそこに転がっている石を元に戻すから手伝え」

 諏訪の指のさす方には、グローケンの傍らに青白く光る石が落ちていた。

「結局何なんだ、あの石は……」

「これこそが奴がこの街に来た目的なんだよ。俺らが使っているアルヴァコアは、常識では考えられねぇ力を秘めちゃいるが、百年前の石は世界をひっくり返すほどの力を秘めていたらしい」

諏訪はグローケンの傍らの石を拾い上げて、ゆっくりと噴水の方に向かった。

「いいのか?お前が今それを使えば、誰も手が出せなくなるぞ。そしたら、少なくともお前に勝てるものはいなくなる」

 飯山は諏訪の背に向かって不敵な笑みを浮かべると、彼は振り向かずに微笑を交えて言った。

「そんな強さに興味はねぇよ。俺は、俺のやり方で最強を目指す。それに、こいつは当分は使い物にはならねぇ」

 諏訪の手に握られている石は、かつての輝きが嘘であるかのように、微かな光を纏っているのみだった。

「そうか……。グローケンの影響で一気に力を使いすぎたんだ。アンナさんがいなかったら、きっとこの街は壊滅していただろう」

 飯山はアンナの傍らに転がっている石を拾い上げて、呟いた。

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとそれをこっちによこせ」

 諏訪は飯山から受け取った石を噴水の断面の窪みに置くと、左手で持っていた石を残っている窪みにはめ込んだ。すると、徐々に音を立てながら、みるみるうちに噴水の断面に壊れた瓦礫の破片が集まっていき、やがて元の噴水へと再生した。

「すげぇ…」

 宗也が思わず、感嘆の声を漏らすと、その様子を岡谷が不思議そうな表情で見ていた。

「なんか、お前ら、いつの間にか仲良くなったと思ってたら、変な力も使えるようになったんじゃな」

「そうか、岡谷は何も知らなかったな。悪かったな、こんな危ない場所に巻き込んで」

 飯山は悪びれた様子で頭を掻きながら岡谷に頭を下げた。

「おいおい、やめろよ。わしが勝手に首を突っ込んだんじゃ、お前が謝る筋合いはないじゃろ」

「そうか…。ありがとう。お前がいてくれて助かったよ」

 諏訪はその様子を興味なさげに見ていたが、一連の会話が終わったと感じたのか、宗也と飯山に呼びかけた。

「おい、お前ら、最後に仕事だ。もしこの街を元に戻したければ手伝え」

「何、この惨状を元に戻せるのか⁉」

「うまくいけばな。だが俺たちが先にくたばる可能性もあるが。時間がねぇんだ。ぼやぼやしてると一般人が来ちまう。さっさと始めんぞ」

 そういうと、諏訪は何やら地面に絵のようなものをかき始めた。

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