【ぱん・ぱしふぃっく・ぱんでみっく (3/3)】

 ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇

 いの一番に叩き落した通信特化機。メインシャフトを利用した安定昇降。

 迫りくる蟲に似た戦闘モジュールから、見知った声が発せられる。


 先に口を開いたのは次女の方だった。

「遅いのよね、童貞坊やシャイボーイ

 戦端を開くためにも饒舌を心掛ける。相手の正体は知れている。

 人造人間アンドロイド完全人アンンドロギュノス

【エージェント・アンジェリ】――――疑似体験社会アンリアルの学習発展型監視機関であり、平時は一般ユーザーの『おしゃべり相手』だ。


 おしゃべり人形アンジェリは早くも返答した。

『玄関口から入ってこないからだ、ウチは大屋敷なんだ』


 相手の機影が目視距離に到達する。通信特化運用機は伊達では無いらしい。厳重に警戒していた通信偽装網の機構を容易く掻い潜り、直接次女のヘルメッタルにささやきかけてきた。

 あれほど臆病だったくせに――小生意気になったものだ。

「少しはお勉強でもしてきたのかしら? 折角のところ悪いけれど、お人形遊びアンリアルはノーカン扱いよ」

 次女は、抑揚をつけてそう言い捨てた。鉄片と弾丸に刻まれた肉体は限界寸前だが、少しくじけた程度で泣き出したら。そう思って次女は気丈にふるまった。


『――キミからのプレゼントは受け取った、今は

「――っ??」

『区間警備の駐屯モジュールは、戦闘だけが取り柄じゃない――保守点検と兼用なんだ』

 次女の流体眼球が機影の光学処理に入る。遥か彼方から上昇してくる小さな影の上に、さらに小さな人影が見える。

『デブリの回収と併せて、爆発物処理も済ませた。 キミのご家族の所在も判明して、いま別の部隊が向かっている。 折角して来たところに門前払いで悪いが、少し僕の仕事に付き合って貰うよ、お嬢さん』


 近づくにつれて鮮明になる像と声。

 通常可聴域を超えた速度で応酬される会話に、感情の波が追い付かない。蜂か蜘蛛か蟷螂か、蟲のような似姿のモジュールの背に掴まって、小柄な人影が此方を見上げる。腹立たしい、苛立たしい、小憎たらしい、ノせるつもりがノせられた。理性で押さえつけようとしても、罠だと分かっていたとしても、こらえきれそうにない。

「――言ってくれるじゃない」

 次女は、怒りに任せて手にした打刀ニンジャソードを明後日の方向へ投げ捨てた。


 上等だ。

 なら敢えて誘いにも乗って、その上で返討にして、八つ裂きにしてやる。

 くびり殺してやる。

 数世紀の機械的安泰で得た境地シンギュラリティとやらが、実戦では永久に付け焼き刃にしかならないことを身をもって味あわせてやる。

 次女は、落ちてくる瓦礫や残骸の位置を把握し、落ちてきた重機関銃アンティークに手を伸ばした。ありったけの行動コースをピックアップされた白濁の血液で塗れたヘルメッタルの中、凄みのある笑みを浮かべながらひとり昂りを感じていた。

 

「レディに恥かかせたんですもの、ひとり遊びレッスンの成果、見せてもらうわよ」


 ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇


 射線が開けた瞬間に火砲は放たれる。先手必勝、ドレスコードやダンスステップのように決まりきった戦術。そんな中、敢えて機体から降りて姿をさらしたのは、危険を冒してもフェアプレーにこだわる紳士的な振る舞いなどではなく、短期決戦へ持ち込むための挑発、誘導に他ならない。当然、二手三手裏をかくつもりだろう。


 それでもかまわず次女は飛び込んだ。次女は、残る電脳リソースをフルで活用して全身の四肢を正確に制御させた。持てる限りの武器を手に膝を抱え、投影面積を最小限にする。微々たる量でも加速した落下速度に対してかかる空気抵抗が減ることで、わずかながら周辺の瓦礫よりは先行できる。警備用の戦闘モジュールと違い、通信特化型のアンジェリ機は弾速重視の単砲身。射撃間隔は長く、速射性にも欠ける。秒追うごとに頬を掠めそうになる射撃精度に些か肝を冷やしながらも、次女はアンジェリに迫る。


 ――いい子だ、こっちにこい。

 そう思ったのは次女もアンジェリも同じかもしれない。互いにヒトならざる身、一発二発の弾丸で、簡単に死ねるようなヤワな造りではない。肩を掠めた一発が三頭筋を保護するウェアの外装を吹き飛ばし、白い霧のような血しぶきが広がるが、次女は防御姿勢を崩さない。

 相対距離は残り八〇〇m、五〇〇m、三〇〇m。

 戦慄を肌で覚えるころには、アンジェリの表情すら見えた。


 鋭い視線と、柔らかそうな頬。男の子のようでいて、女の子のようにも見える。あどけなさの残る唇が、尖るようにして食いしばっている。何かに備え、怯えている。

――勝った。と、次女は確信した。

「――――いまっ!」

 落ちてくるモジュールの残骸を蹴り落し、反動で巨大な瓦礫の影に飛び込む。すかさず下方から射撃。即座に瓦礫を打ち砕くが、それを見越して次女は獲物を構えていた。旧式の重機関銃はパワードスーツ前提仕様で、生身で取りまわすには反動が大きすぎる。姿勢もままならぬ中で当てることなど至難の業だが、即応できない相手を牽制するには十分な脅威だった。

 相対距離五〇m。敵機の次弾が瓦礫を完膚なきまで粉々にしたとき、次女は銀色の流体眼球を光らせ、全身の筋肉をバネにして残る残骸を思いっきり蹴りこんだ。


「ダァぁあああああっ!」

 腹の底から蛮声を上げ、次女は機影に襲い掛かる。直上を抑え、反動と全身を打つ激痛を必死で殺しながら弾丸の雨霰を撃ち放つ。モジュールは無数の腕を前面で交差させてアンジェリを護るが、容赦なく撃ちつける弾丸が見る間に鋼の肢を穿ち、弾き、遂には虎の子の単砲身がひしゃげた。

『ふざけるなぁ!』

 次女は残弾数も数えぬうちに重機関銃を投げ捨て、さらにアンジェリへと迫る。当然のようにアンジェリが自分の銃を持ち構えて見上げた時、他方から覆い被さるように戦闘モジュールの残骸が飛来してきた。

「甘いよねェ!」

 アンジェリを襲った戦闘モジュールの残骸。その喉元には、先に次女が投げ捨てた打刀が鋭く突き刺さっていた。


 カン、と高い音を立ててモジュールの残骸に降り立った時、次女は両足から全身に確かな重力を感じた。おそらくこれが最後だろうとほくそ笑んだ。だがそれを懐かしむ猶予もなく、次いでアンジェリを銀色の瞳が捉えると同時に満身の力を込めて殴りかかった。

『がぁっ!』

 巣頓狂な弱々しい悲鳴を上げて、避ける間もなくアンジェリが吹き飛ばされた。無様に宙を舞いかけた隙を逃さず、次女はその細い腕を掴んで引き寄せ、二手三手を浴びせ続ける。

 頑強なはずのヘルメッタルが砕け散る。それと同時に右腕の腱も弾けて白い霧に包まれたが、次女は気にも留めず殴り続けた。


 ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇


 低重力下に置いて、ステゴロの格闘は成立しがたく、悪ければ『立つ』という動作ですらままならない。モハメド・アリだろうとエメリヤーエンコ・ヒョードルであろうと、ふとした拍子で簡単に中空を浮遊してしまう。


 次女はこの課題を、準サイボーグ体による肉体制御と、戦闘モジュール二機分の残骸を足場とすることで突破した。穴や突起だらけの残骸に爪先や踵をひっかけ、動作の反作用をそのまま攻撃に転用する。法外薬物を大量にドーピングされた人造筋肉が白い血をまき散らしながら緩急を繰り返し、洗練された一手一手がアンジェリを確実に追い詰める。


「遅いっ! 遅いっ! 遅いぃっ!!」

 腱が割け、血が噴き出し、骨の砕ける音を聞いてもなお、次女は歓喜に震えていた。

 その拳は次女の命そのものであった。

 全身の機能をフル活用し、受けた害の倍与えて、只管の破壊へ興じる。次女は戦うことが好きだった。たとえそのあとに残るモノが喪失と敗走でしかなくても、戦っている間は絶対者でいられた。だから痛みですら、力を示した報酬とさえ思えた。

 その無敵を誇った次女の肉体が、数秒の間に一気に疲弊してゆく。鎧脊メタルスパインが悲鳴を上げる。ヘルメッタルの中は吐血で塗れ、網膜転写以外の映像が見えない。つかの間の余暇バケーションも、ただ美しいだけの夕日も、二度とお目に掛れず、愛する者たちとも会えない。

 ならばせめて、この痛みよろこびを胸一杯に味わって、己の最期としたい。腱を裂き、筋が弾け、骨すらも砕き、壮絶に尽きる最期を目指して、次女は意識イドを昏く小さく狭い領域に押し込めようとした。生き物では無く、機械のようにしようとしていた。


(――――だめなんだよ、それじゃ)

『――調子に、乗るなっ!』

 不意に脳裏を過った姉の声と、アンジェリの悲痛な叫びが偶然に重なった。しかして次女は身を翻して躱し、お返しに水月へ深々と膝蹴りを打ち込んだ。鈍い音がしてからアンジェリが崩れ落ちる様は、まるで本物の人間のように弱々しく、苦しそうにも見えた。

『――――っか!』

 アンジェリの砕けたヘルメッタルのバイザーから、白い代替血液がしたたり落ちる。

 次女は何を思ってか、それ以上手を出さなかった。


 しばしあって、ボウヤ、と次女は重たげに口を開く。

「たいそう大口叩いた割に、随分とあっけないものね」

 嗚咽と深い息の合間に、アンジェリは言葉を紡いだ。 

 にらみ返す鋭い視線、これ以上無く握りしめられた拳。それは本心からのモノに見え、どこか自分たちよりも、人間らしい生々しさを次女は感じ取った。

『絶対に――――お前たちの正体を、暴いてやる』


 そんなアンジェリの喉元に、打刀の切っ先が冷たく光る。

「ダメよ――――――女の秘密を暴こうなんて、人形風情には早すぎるわ」

 生殺与奪の権限を握ったモノだけが放つ、傲慢な眼光がアンジェリに向けられる。

 しかし――――

「楽しかったわボウヤ、もしも人間に生まれ変われたら――――」

 その言葉の続きは、別の光に呑まれて消えた。


 ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇


 陽光ソーラ・レイよりも激しい光が、熱を纏って軌道エレベーターの外壁を焼いた。

 

 一秒か、一分か。正確な時間は分からないが、次女は宇宙を遊泳する羽目になった。

 照射時間は短く、直接の熱害は受けていない。しかしソレを差し引いても、外傷だらけのウェアと満身創痍の肉体では手も足も出ない。それどころか、次女の手も足も、千切れて彼方へと飛んでいった。

「――――してやられたわ」

 次女が見つめる虚空の先に、光り輝く集光板の群れが見えた。


衛星軌道戦略光学兵器サテライト・イレイザー

 大陸間弾道ミサイル戦国時代に歯止めをかけた、街一つ地図から消す最高戦略兵器。

 かつて、幾度となく姉妹が奪い、幾度となく活用したソドムの光。


 屈辱以外の何でも無かった。

 

『安心するなよ、まだ死なせはしない』

 既に聞き慣れた、小生意気な声がヘルメッタルに響いた。同時に次女へ向けてアンカーが射出され、先端部のハーケンがボロボロの体幹へ絡みつく。

『吐いて貰うぞ、全てを』

 軌道エレベーターの外壁から見届けるアンジェリが声も無くそう呟くと、何処から集結した保守点検用のモジュールたちが次々と次女を捉える。


「ホント――――女の扱いがなってないんだから」

 最後の力で悪態を吐くと、アンカーを通じて高電圧が発せられた。危険を察した鎧脊が、強制的に保身モードを発動させて、次女の意識は再び閉じられる。

「――――――――最っ低」


 ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇ ◇――――◇

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