第28話 交わる世界

「バカな!」


 エーデルは目の前の結果を受け入れられない。最後倒れていたクロンの手がいきなり落ちたかと思えば、眩い光がスタジアムを包み込み、気づけば闘技場に残っていたのはアルカヌム・デアのラビとカエデのふたりだけであった。


 ラビに至っては倒れてはいたものの意識ははっきりしており、その時点でマグナ・アルボスの完全な負けは決定した。


「クソッ、クソがぁ!」


 正面のローテーブルを蹴飛ばし、座っていたソファから立ち上がるエーデルの顔は醜く歪み、その双眸は今にも人を射殺しそうだ。リュゼはそんなエーデルに震えあがる。


「リュゼ、行くぞ」


「行く? どこへですか……?」


「医務室だよ!」


「な、なぜですか?」


 リュゼはわからない。このエーデルという男は実力はあるが、わざわざ後輩を労いに行くような性格をしていない。そう考え疑問を口にすると、エーデルから衝撃の一言が飛び出す。


「ぶっ殺しに行くんだよ! アルカヌム・デアのカスどもをよぉ! 俺をここまで虚仮にするとは……! 許さねえ」


「それはさすがにまずいのでは……。協議会も黙っていませんよ」


「うるせえな! 殺すったら殺すんだよ! あいつらがこれからもオリエストラをほっつき回ると思うと……虫酸が走る……クソが!」


 エーデルはVIPルームのドアを開け外へ出た。リュゼはその背を呆然と眺めることしかできなかった。エーデルはそのままエレベーターを使い医務室のある1階へと出る。しかし、医務室へと向かうことは叶わなかった。


「おいエーデル。貴様どこへ行くつもりだ」


「エリック、貴様あ……!」


「悪いが医務室へは行かせられませんぜ。あっしの可愛い後輩がスヤスヤと眠ってるんでね」


 エリックとフロウが、医務室へ向かう通路に立ちふさがり、エーデルの進路を塞ぐ。エリックは背負った無骨な大剣に手を掛け、フロウは腰に下げた複数の試験管を触る。エリックは舌打ちをし、まくし立てる。


「クズの親バカと、ゴミの先輩バカが揃って俺を止めに来たか! ハハハ、ハハハ! 面白くねえな。なぜあんな呪い持ちを育てる! あれは、周りを不幸にするだけだ! なぜそれがわからない! なぜだ! お前だって、20年前に見つかったカスどもがなにをもたらしたかかわかってるだろうが!」


「まだわからんか、エーデル! お前のそれはただの逆恨みだ!」


「うるせえ! なんであんなどこのガキかもわからねえ呪い持ちがのうのうと生きていて、俺の娘は死なねばならなかった! なんで俺の妻はそんな呪い持ちを生むために命を落とさねばならなかった! なぁ! なんであのカスだけ生きてられるんだよ! 教えてくれよ!」


 そうエーデルが喚く。


「エーデル、なぜだ……。なぜそれほどまでに恨みを募らせた。わざわざ俺の娘を罠に嵌めてまで、俺を勧誘したかった理由はなんだ。それにだ、なぜあのような危険極まりない新人を雇った。なにを考えてる」


 エリックは遠い昔、まだお互い肩を並べて戦っていた時代を思い出しながら彼へと語りかける。しかし、それは響かない。


「うるせえな! どっちも俺の考えじゃねえよ! お前を欲しがったのは社長で、あのゴミどもを採用したのも社長だ! 血の気が多い方が外界での成果に繋がるんだとよ! 人間性がいくら壊れててもだ! 俺もそれに賛成だぜ。結果として業績は上がってる。例年よりも死人は多いがな」


「エーデルさん、間違ってるとは思わないんですかい」


「ハン、俺の娘を助けられなかった協議会も、お前ら一流ヅラしてる冒険者も、なにもかもが間違ってんだよ! 俺だけじゃねえ! 全部だ! 全部間違ってる! この都市の仕組みから、全部だ! これで終わりだと思うなよ……! 甘いんだよ、お前はァ!」


 そうエーデルはまくし立て、踵を返し帰ってゆく。エーデルとフロウは、重苦しい空気の中その場に立ち尽くすしかなかった。


 ◆◆◆


エリック、フロウ、そしてエーデルが口論をしていた頃、医務室では回復されたクロンが目を覚まし、ベッドから体を起こし周囲を確認していた。


「結果は、どうなった……?」


 もちろん、エネルギーの奔流に一番近くで晒されたクロンは【自己再生】があれど無事ではすまなかった。ローグとリョウはそれぞれの能力で物理的な破壊をそれなりにガードすることができていたが、クロンはそうではない。


 心臓は胸部の防具で、頭は腕でガードしたが、他の部分はそうではない。もろにエネルギーによる破壊に晒された結果、場外で医療班に見つかった時はそれはもう口では言い表すことができない状態だった。しかしながら医務室に運び込むころにはすべての再生が終わっていたというから驚きだ。


 しかしながら精神はそうではない。結果、気絶状態がしばらくの間続いていたのだ。そうして気絶から起き上がったクロンは周囲を見渡し、隣に並んだ2つのベッドにそれぞれラビ、カエデの姿を確認する。


「勝ったわよ、私たち。」


 ずっと起きていたラビが静かに答える。ラビが起きていたことに驚くも、クロンは喜びを噛みしめる。その後、安心感も同時にこみ上げ、そのまま上半身の力を抜きドサッとベッドに沈む。


「そっか、勝ったのか。よかったぁ……!」


 クロンは反芻するようにそうこぼすと、カエデの方へ目を向ける。カエデはまだ目を覚ましていなかった。


「カエデは……?」


「直接頭に衝撃を与えられたことによる一時的な昏睡状態だそうよ。脳に異常はないからしばらくしたら起きるって。でもすごいわよね、人を回復させる祝福ギフトって。あれだけボロボロだった私たち、相手も含めて六人全員の外傷を一つ残らず治すんだもん。あ、クロンは違うから五人か」


 そうラビは軽口を叩くと、フーと、息を吐く。


「それにしても、勝てたわね。私たち」


「そうだね。ギリギリだったけど」


「うん、パパとフロウに感謝しなきゃ」


「もうパパで通すんだ」


「むぅ、いいでしょ。もうバレてるんだから。今ここには私たちしかいないんだからもういいわ、カエデも起きてないし」


「そっか」


 カエデにもバレてるけどね、とはクロンは言わない。


「そうよ。でも、ぶっつけ本番でうまく行くとは思わなかったわ。クロンの即席人間爆弾」


「言い方……。一応名前つけたよね? 【因子連鎖爆裂ファクターチェインバースト】って」


「クロンのつける技の名前っていつも絶妙にダサいわ」


「即席人間爆弾も変わらない」


「変わるわよ」


「変わらない!」


「変わる!」


「ふたりとも、うるさい」


 クロンとラビがくだらないことで口論していると、カエデの入っているベッドから物言いがつく。


「あら、起きてたの」


「ふたりの口論で起きた。いい夢見てたのに引き戻された。許さない」


「あら、ごめんなさい」


「ごめん」


「別にいい。で勝ったの、負けたの」


 カエデが完全に覚醒した後すぐに、勝敗を聞いてくる。


 「勝ったよ」「勝ったわよ」そうクロンとラビが同時に言うと、カエデは軽く「そ、よかった」と言いそれ以上は言葉を紡がなかった。心なしか、笑っているように見えた。その時、医務室のドアがドバンと開き、そこからニュッと筋肉ムキムキの大男が現れる。エリックだ。後からフロウも入ってくる。


「ラビ、クロン、カエデ、無事か!」


「全員無事よ。お父さんうるさい」


「おぉう……すまない」


「エリックさん、ここでは少し声を抑えてくださいね」


 フロウが後ろからちくりと注意すると、少し縮こまってしまった。縮こまっても大きいのには変わらないのだが。


「3人とも、よく勝ちましたね。ローグが出てきた時は正直勝ち目がないかと思いましたが」


「あの人、私たちのこと舐めてた。だから隙をついて勝てた。次やったらわからない」


「カエデ、あの人途中で起きてきてクロンに一発入れてたわよ。だからギリギリだったんだけど」


「うそ。……わたしももっと精進しなければ。くーちゃんを守る使命を果たせなかった。悔しい」


「カエデ、その気持ちは嬉しいけど、僕もちゃんと自分の身は守れるよ」


「だめ。わたしはくーちゃんの許嫁でお姉ちゃんだからくーちゃんは守られるべき」


「その許嫁の嘘、まだ続けるんだ……」


「そもそも僕の方が数日年上なんだけど」


「ラビ、嘘じゃない。わたしは昔ちゃんとお義父様、くーちゃんのお父さんにくーちゃんをくださいって言った。したらいいよって言ってた。だから、許嫁」


「はぁ!? いつよ!」


「5歳くらい」


「無効よ」


「無効じゃない」


「無効!」


「僕の意見は聞いてもらえないの?」


 3人がそれぞれのベッドの上で許嫁かどうかで不毛な争いをしていると、エリックが大きく咳払いをする。3人は言い争いをやめ、エリックへと顔を向ける。


「とにかく、よく勝ってくれた。ただ、マグナ・アルボスのエーデルはこれで終わりではないと言っていた。都市内で派手に動くことはないと思うが、各々注意してくれ。……クロン、カエデ、娘を助けてくれてありがとう。これは社長ではなく、父親としてだ。本当にありがとう……!」


 エリックは深く頭を下げる。彼はパーティーメイトの父親である前に会社の社長である。その社長が平の社員に頭を下げているということにクロンとカエデはむず痒くなる。


「ちょ、ちょっとエリックさん頭を上げてください! 僕たちはただ当然のことをしたまでで、それもラビのためじゃなくて自分のためです。僕だって原因の一つなんですから、叱責されることはあっても感謝されることはないはずです」


「そう言ってもらえると助かるよ。とにかく、今日はよくやった。しばらく休養してくれ。あとで会社から迎えをよこす。特別手当も出すから、好きに使ってくれ。じゃあ、俺たちはもう行く」


 エリックを残してフロウが一足先に退出する。エリックはラビへと近づき耳打ちの体勢をとる。そうして他のふたりに聞こえないようにラビへ囁く。


「いい仲間を持ったな、ラビ」


「でしょ?」


 そう言うラビの笑顔は晴れやかで、可憐で、男なら誰しもが見惚れるほどであった。話自体は聞こえなかったがその笑顔だけを見ていたクロンもまた、例外ではなかった。


 ◆◆◆


 コロシアムでの激闘が終わり3人が医務室で療養していたころ、静かな英雄平原。オリエストラへ接続する側でない、真逆、平原外縁部ではある変化があった。空気が震え、バチバチと音を立て、なにもない草原に4人の男女が突然現れる。


「なーにここ? なんにもない〜! 本当に人間いるワケ〜?」


「うん、いるよ〜。ちゃんと会ったもん。この平原をまーっすぐ横切って〜そうしたら人間の住む都市があるんだって! ボクのウルフちゃんを奪った奴らが言ってた」


「はぁ〜なんと広大な草原だ。しかし、ビーストだけで人間が全然いないようですね。確かにあのように弱いビーストしかいないのであれば人がここまで来ないというのも頷けますが……。まあ、人の住む地が存在するならば、ですが」


「ホホホ、楽しみじゃのぉ。こちらの地球・・は果たしてどうなっておるか」


 4人はオリエストラへと向かう。脅威が迫る。


 第1章 『交わる世界』 完

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