第20話 十字大角鹿

「おや、話は終わりましたか」


 フロウが3人が近づいてくるのを見てそんなことを言う。


「ええ、終わったわ。それでお願いがあるんだけど……」


「お願い、ですか」


「この子の入社テストやってくれない? 性格とか意思は問題ないわ。行動原理がクロンって感じだからクロンがひとり増えると考えてくれていいわ」


「そ、そうですか……ですが、うーむ。ではクロンと同じようにカテゴリー2を倒してくるってんでどうですかね? ただ英雄平原は現在調査の関係でランク5000以内じゃないと入れませんので、別の場所でお願いします。ドライアド大樹海入り口とかがいいんじゃないかと」


「えぇ〜ドライアド大樹海ぃ〜? ......行きたくない!」


「ラビ、行かないと3人目としてフロウさんに認めてもらえないよ」


「カテゴリー2くらい余裕。一瞬で終わる」


「わかったわ、行くわよ……」


 なぜかラビが渋るも他ふたりが気にもしてないことと、すぐ終わるとカエデが言ったことで、ドライアド大樹海入り口でテストの狩りをすることが決まる。今回の監督官はラビと、おまけでクロンということになった。


 そもそも他の人は全員5000位以内ということもあり、アルカヌム・デアは残っている冒険者全員で英雄平原の調査へ向かっていた。「お嬢の弔い合戦じゃあ!」と各々の気合が入っていたのは記憶に新しい。私死んでないんだけどなあ、などとラビが言う間も無くドタドタと全員で向かっていったので今頃はビーストのいない安全な地に変えられていることだろう。


 結果、残ったのはクロンとラビと受付のフロウの3人。フロウは抜けられないのでクロンとラビが監督をするしかない。渋るラビを連れて会社を後にし、駅から電車に乗ってドライアド大樹海へつながるゲート【VIII】へと向かった。


 ゲート。オリエストラを囲うように等間隔に並ぶ外界と内地を繋ぐ門で、真北をゲート【XII】として時計の文字盤と対照になる位置に構えられている。つまり、ゲート【X】は10時の方向、ゲート【VIII】は8時の方向というわけだ。ゲート【I】から【V】は海に面しているためか存在せず、一番若い数字が【VI】なのはオリエストラ七不思議の一つに数えられている。


「そういえば、クロンってライセンスもらったのよね。ランクいくつだった?」


「30000位くらいだったよ」


「今の冒険者がそれくらいいるから持ったばっかだと妥当なとこね。私は14000くらいまで落ちてたわ。前は10000台だったのに……」


 ライセンスカードには、自分のランクが表示される。どのようにして判断しているのかは不明だが、この数字はリアルタイムで変わる。ビーストを討伐したり、冒険者として社会に貢献するとリアルタイムでこの数字が変わるため、冒険者はこの数字を動機として頑張っている人も多い。


「このランク、自動で更新されるしライセンスカードを持つ前の貢献もなぜか反映されるから、本当に謎のカードよね、これ」


「へぇ、そんな高性能なんだね」


「ライセンスカード持つの楽しみ。ワクワク」


 リアルタイム更新ということは、今この段階である人物が自分より下位だったとしても、システムの判断次第で貢献度の変動があれば後続にも簡単に抜かれてしまう。抜かれないために、ランクを維持するために冒険者は強くあろうと努力する。


「そう言えばスタジアムで行なわれる冒険者同士の戦闘で格上に勝てばその人のランクになれるけど......。難しいよね、格上に勝つって」


 そんなことを話しながら、一行はゲート【VIII】から外へ出る。ゲートから抜けてすぐ目の前に大樹海が広がり、その雄大さを初めて見たクロンとカエデはあんぐり口を開け動きを止めてしまった。


 英雄平原は見渡す限り一面平原で遥か遠くまで見通せたが、ドライアド大樹海は違う。見渡す限りの森、森、森。地面は苔むしており、陽の光は木漏れ日としては存在するも、より深い部分に陽光が届いている気配はない。


 奥へ分け入るほどに陽の光は届かなくなる場所だとクロンは聞かされており、目の前にあるのが入り口だったとしてもその迫力に気圧されてしまう。


「うぅ……本当に入るのぉ……?」


 ラビが先ほどから弱音ばかりを吐いている。挫折から立ち直って僕と行動するようになり、ビーストを恐怖する感情はなくなったかとばかり思っていたが、まだあるのだろうかとクロンは考えラビの背中を押す。


「大丈夫だよ、ラビ。カテゴリー3とか4とかそうそう出ないよ。前みたいにはならない」


「ち、違うのよ…..そうじゃなくってぇ……」


「ラビは、オバケが怖い」


 そこにカエデが爆弾を投げ込んだ。実はラビは幽霊が苦手だ。だから昔からドライアド大樹海はなるべく避けてきたのだ。今まで言い淀んできたことをバラされラビは赤くなりながら言い訳をする。


「だってぇ……わからないものって怖いじゃない? だいたい幽霊が出るなんていう噂があるのが悪いのよ!」


「そんなこと言われても。だいたいそれってドライアドじゃないの? ドライアドは精霊だし」


「幽霊は、白い服で赤い髪の女よ。カエデの薄青の髪色の逆って感じ。ドライアドも人間の女に似てるけど全体的に、肌とかも若干緑らしいから違うわ。その幽霊の目撃証言は本当いたるところにあって、人によっては追い回されて『出て行け〜、出て行け〜』って……。この入り口だって例外じゃない。特にこの幽霊がヤバイのは昼にも出るってとこ! あああ入りたくないーーーーーー!」


「......そんなこと言ってももう来ちゃったんだし時間ないんだから行くしかないよ」


「......そう、わたしのために頑張って、ラビ」


そう言ってふたりはラビの後ろに回る。


「ちょっと、なんで私を盾にするの!?」


「いや、なんとなく」


「くーちゃんが後ろに回ったからわたしも」


「あんたらが先に行けー!」


 ◆◆◆


「カテゴリー2見つけてさっさと倒して帰るわよ。長居なんてしないわ」


「はいはい、見つけますよ見つけます」


「敬語やめて」


「怖がってるほうが悪い」


 ふたりがが言い合いをしていると、カエデがぴくっと反応する。


「見つけた」


「「嘘!?」」


 ふたりの目にビーストは映らない。だからこそカエデが発見できている事実に驚きを隠せない。


「くーちゃんを守るため今まで頑張ってきた。この程度朝飯前。逆にライセンス持っててできない方がおかしい。能力次第ではできなくてもしょうがないけど、祝福ギフトを応用して索敵に使ってる人なんていっぱいいるはず。わたしのは索敵に向いてた、それだけ」


 カエデは見つけたビーストの方へ森を分け入り入っていく。分け入った先はまさに幻想的であった。低めの苔と草が地面を覆い、中央には泉が湧いている。頭上の重なり合った木の枝の隙間からは木漏れ日が差し込み、森の中でありながら明るい雰囲気を作り上げている。


 まさしく森のオアシスといった広さのそこには、水を飲んでいるビーストが堂々と存在していた。そのビーストは鹿のような形をしていたが、ツノが外区で見るような鹿と違い巨大で立派だ。よく見れば体も大きく、まるで神の遣いのような様相を呈していた。耳を震わせ周囲を警戒しながらも、頭を下げゴクゴクと水を飲んでいる。


「……十字大角鹿クロスホーンディア…カテゴリー2中位ね。3人でいけば余裕だと思うけど、カエデひとりで戦うには荷が重いと思う。3人で戦うんじゃテストにならないし、私としてはここはスルーしてカテゴリー2下位を探してもいいと思うわ」


「あれくらい余裕。余裕じゃなきゃ見つけたなんて報告しない。じゃ、いってくる」


「「はぁ!?」」


 カエデはひとり十字大角鹿クロスホーンディアへと向かっていく。クロンとラビを置いて。

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