『異能』を覚醒した俺が戦いに巻き込まれることになった話

枚岡孝幸

第一章『覚醒編』

第1話 お呼び出し

――人は誰しも、「いつ、何を行うべきか」 について、瞬時に把握する直感力を持っているものの、それを認識し、活用する方法を知る者は少ない。


 (ジョゼフ・マクモニーグル)




 俺は久我山くがやま 修二しゅうじ、17歳。日本の地方都市に暮らす普通の高校生だ。普通が何を指すかっていうのも微妙な話だが、偏差値55くらいの県立『風英ふうえい高校』に通っている。真ん中くらいの成績を取ってのらりくらりと暮らしてる。


 母親は電車で片道2時間ほどかかる街で働いているが、通勤が面倒なのでそちらでテナントを住居にして暮らしているようだ。お金は定期的に口座に振り込まれてくるから困ったことはない。一人暮らしも慣れたものだ。



 ここ、竹山市たけやましを端的に言うと田舎だ。


 人口は42,000人程度で、主な産業は農業。ブランド化に成功しているため、土地自体は明るい雰囲気だ。収穫祭も毎年大々的にやっている。


 今は西暦2017年9月11日、月曜日。夏休みも終わって気分が憂鬱になってくる時期だ。高校2年生なのでそろそろ受験勉強にも本腰を入れてやらなきゃいけない。そもそも、どこの大学に行くべきだろうか。



 などと考えながら昔ながらの城下町風の通りを抜けて学校に到着する。時刻は8時20分、始業の8時50分までは余裕のある登校だ。



「まだ余裕はある……か」



 いつも時間がある時は中庭の自販機で紙パックの飲み物を買って屋上で一息入れてから教室に行く。


 教室で飲んでもいいのだが、教室で誰かに話しかけられるのも面倒だ。


 自販機の前で何を買おうか軽く悩む。



「やっぱ朝はバナナオレだな」



 ということでバナナオレにした。飲むプリンも考えたが、あれは朝には少し甘い。



 校舎の階段を上がり、3階から屋上階へ上がり、やや錆びた重い鉄扉を開ける。


 9月になったばかりの、夏とやや秋の混ざった独特の匂いを含んだ空気が俺を包む。屋上から見える山々もまだ色づいているものはない。残暑の証のようにセミが弱々しく鳴いている。


 この時間に屋上に上がってくるもの好きは殆どいない。


 だが今日は違ったようだ。



 ――高尾たかお あや


 俺が勝手に脳内ランキングでクラスで一番可愛いと思っている女の子がいた。屋上のフェンスから不機嫌そうに校庭を見下ろしていた。整った顔、夏服の白いカッターシャツと赤いリボン。この学校の制服は簡素だが、赤いリボンは特徴的だ。彼女の腰まである艶のある黒髪が風を受けてふわりと舞う。一瞬見とれてしまったが、彼女もこちらに気付いたようだ。



 「おはよう、高尾さん」



 同じ2-Bのクラスメイトでもある。無視をするのも良くないだろう。普段は接点はないが、目が合えば挨拶くらいはする。



 「おはよう、久我山君」



 少し不機嫌そうな顔を変えず、視線を俺に移して返事をくれる。嫌われる覚えはないが無視されなかっただけマシと思うか……俺はぼっちだからな。


 部活にも所属していないから他に接点がある人間もいない。彼女は確かテニス部だったはずだ。だが、彼女があまり笑ったところを見たことがない。これが素なのかも知れない。



「高尾さん、珍しいな、こんなところに。朝錬終わりで休憩中?」



 俺は自分から話題を振ってみた



「ええ、そんなところよ。次の試合まであと一ヶ月を切ってるからね……」



 そう言いながら彼女は一歩、俺に近づいて目を合わせてきた。距離にして1mくらい、時間にて5秒くらいか。


 妙な間が流れる。彼女の表情は相変わらず不機嫌に見えるが、瞳の奥に感情の動きは見て取れない。


 彼女の片眉少し動いたかように見えた後、彼女は不意にこう言った。



「久我山君、放課後に此宮このみや神社に来てくれない? 大体午後の6時くらいに」


「は……?」



 唐突な話に俺は間抜けな声が出てしまう。


 ちょっと意味がわからない。彼女と俺の接点はこれまでクラスメイトである以外には一切なかったはずだ。



「じゃあ、私は教室に戻るわね。忘れずに来るのよ?」



 混乱する俺を置いて彼女は鉄扉を開け階段を下りて行った。


 心当たりを一生懸命探して考えた俺は、間抜けにもバナナオレを手に持ったまま予鈴の鳴る8時35分まで棒立ちをすることになった。




 その後の授業は全く身に入らず、授業中に彼女をつい目で追ってしまう。


 特にこちらを気にした様子もなく、普通通り授業を受けているようだ。


 意識しているのは俺だけか。


 一体何の話だろうか? 気になって仕方ない。



 などと思っている内に15時30分となってしまった。つまり放課後である。


 残り2時間半、どう過ごすか。


 家に帰ってから此宮神社に行くとなると、移動で1時間くらいは掛かってしまう。


 時間が勿体ないので放課後は図書室で宿題をして潰す。


 それでもまだ時間が余ったので早めにコンビニでお腹を満たしてから現地に向かうようにした。



 そして時は17時50分。


 此宮神社に着いた俺は境内に入ることにした。この神社は参道が二つ。表の参道はちゃんと階段の上に鳥居があり、いくつかの社殿と、一番大きな本殿がある。神主は住んでいないらしく、祭祀がある時のみ通ってくるそうだ。


 普段より人の姿は疎らだが、夕方は完全に人影がなくなるようだ。夕暮れ時の静謐と秋の訪れを感じる心地よさが漂っている。


 彼女はまだ来ていないらしい。


 境内の本殿近くにあるベンチに腰を下ろす。


 薄暗くなってきた境内に蛍光灯が点く。一応こんな人が来ないような神社でも蛍光灯は用意してあるようだ。こんな田舎でも夜の参拝者を想定しているのだろうか?



 俺はそこで高尾さんが来るのを待った。

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