第54話 谷野の決心

 依存した関係でも良かった。

 約束を破ってでも、琢磨さんに私と一緒にいたいと言って欲しかった。


 琢磨さんは取り繕っていたけれど、あんな悲しそうな顔で言われたら、何も言い返せないよ。


 本当は、どちらもわかれなんて望んでいないのに、運命とは残酷なもので、一度決めたことを律儀にやり通す。

 カッコよくなくてもいい。どんなにカッコ悪くてもいいから、縋って情けなくても

 いいから、琢磨さんには本当のことを言って欲しかった。


 本当は私から言いたかった。自分の夢が見つかっても、私は琢磨さんと一緒にいたいと。

 けれど、それが敵わないから、琢磨さんに言ってもらうためにたくさん色仕掛けもして仕掛けた。


 私から一緒にいたいと言っておいて、抗えない真実を伝えるのは残酷なことだから。

 抗えない夢への葛藤と得たいものの狭間に挟まれて出した、私の決断は結局、二兎を得ようとして一つ大切なものを失った。



 ※※※※※



「おはようございまーす!」

「おう、おはよう谷野」

「って、先輩どうしたんですか!?」


 朝、谷野が出社すると机に突っ伏して屍のようになっている琢磨がいた。


「顔死んでますけど、大丈夫ですか?」

「あぁ……俺のことは気にしないでくれ」


 ぷらんぷらんと手を振って大丈夫だとサインを出す琢磨。

 それを見て、谷野は大きなため息を一つついた。


「はぁ……全くこれだから先輩は・・・・・・何かあったんですか? 話なら聞きますよ?」

「あ“―……」

「あーダメだこれ。もうっ、起きてください!!」

「いってぇ!?」


 谷野が琢磨の背中を思い切りたたくと、琢磨は椅子から転げ落ちそうになった。


「うわっと、あっぶねぇ、何すんだよ谷野!」

「おはようございます先輩。何しょぼくれてるんですか?」

「しょ・・・・・・べっ、別にしょぼくれてねぇよ。ちょっと考え事してただけだ」

「考え事?」


 キョトンと首を傾げる谷野。


「あぁ、ちょっとな、今後のことで色々な」


 本当に琢磨が悩んでいるのは、由奈に言ってしまった嘘についてだ。


 あれから、由奈と別れて連絡を取ることもしていない。

 後悔の念だけが琢磨の心の中にわだかまっているだけで、ずっと心の中が曇りっぱなしだ。


「はぁ、今後のことですか……あっ、そうだ先輩! 私、来月から部署移動になります」

「へぇー部署移動ね……って、部署移動!?」


 唐突に思いだしたように何気なく言ってきたので、反応に遅れてしまった。


「な、なんで!?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですかー」

「いやっ、だっていきなりだなと思って……」

「違うんですよ。私、この前の定期面談で美容関係の部署に移動したいって志願したんです。そしたら、この前通知が来て、来月から希望通りそっちの部署で働けることになったんですよ!」


 嬉しそうな谷野の表情は溌剌としている。


「そ、そうか……おめでとう」

「ってことで、あと一カ月の間ですけど、よろしくお願いします先輩!」

「お、おう・・・・・・」


 そうか……部署移動ってことは、谷野の教育も今月で終わり。

 琢磨の責務も降りるということだ。

 つまり、琢磨はまた網香先輩の部署にいる理由をでっちあげなくてはならない。


 でも待てよ?

 今琢磨の中で、網香先輩に固執する理由ってあるのか?

 胸の内に聞くように問いかける。

 琢磨の中で今本当に好きなのは……。


「……」

「ほら、また考え込んでる。しっかりしてください先輩」

「あっ? お、おう。悪い」


 谷野はしっかりしてくれという顔を琢磨に向けてから自分のデスクへと向かって言った。

 琢磨は再び顎に手を当てて考える。

 もしかしたら、今琢磨は自分のやりたいことを見つけるチャンスなのかもしれない。


 ここで自分のやりたいことを見つけることが出来れば・・・・・・また同じ過ちを犯さなくて済むかもしれないと思った。

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