第52話 あの日の景色

 ショーが終わり、ペンギンやアザラシなどを見終えた後、二人はそそくさと水族館を後にした。


「んー! 楽しかった!」

「よかったのか、こんなに早く出て?」

「いいの、他にも行きたい所まだあるから! ほら琢磨さん、行くよ!」


 そう言って、また由奈は琢磨の袖口を掴み引っ張っていく。

 今日はとことん由奈のやりたいことをやりつくすらしい。

 まあ向こうから誘ってきたわけだし、ここは大人しく由奈に付き合うことにしますかね。


 由奈に連れられてやってきたのは、江ノ島弁天橋。

 橋を渡り、参道近くのお土産屋を進み、江ノ島名物エスカーに乗りこんで江の島大師へと向かう。


 エスカーに乗っている間も、由奈は琢磨の袖口を離さないままだった。

 まるで、今日はカップルであるかのように由奈は振舞ってくる。

 正直、由奈がこんなに積極的にぐいぐい琢磨に対してアプローチ的なことをしてきたのは初めてだったので、琢磨は対応に困ってしまう。

 けれど、嫌な気はしなかった。


 由奈は端から見れば美少女だし、こんな可愛らしい女の子がこうして甘えてきてくれることは、琢磨にとっても素直に心がざわつくし、胸が躍る。

 それでも、由奈が自分のことを好きなのではないかと自惚れることはない。


 なぜなら、今日由奈が琢磨を呼びだしたのは『大事な話がある』ため。

 この行為は、そのための一環だと思っているから、琢磨は勘違いしなくて済む。

 それに琢磨自身、やりたいことを見つけることに必死で、自身の胸の内ににある本当の気持ちに気づいていないのだ。

 だから、琢磨は由奈の行為に拒絶するようなことはしないし、これあと由奈から語られるであろう『大事な話』について真摯に向き合って聞くつもりでいる。


 エスカーを登り終えて、江の島大師でお参りを終えた琢磨たちは、そのまま歩いて江の島展望台へと向かった。


 今日の天気は快晴。

 展望台からは雪の被った富士山も眺めることができた。

 風がやや強いが、由奈は髪を抑えつつ展望台からの景色をうっとりとした表情で眺めている。


「いい景色」

「だな」


 以前、夏の夜の日。

 由奈との関係性がギクシャクしていた時、後輩の谷野にリクエストされて来た時以来だ。


 あの時は夜だったので、夜景以外あまり良く見えなかったけれど、今日は相模湾を一望できる。


 谷野はあの時、「私がドライブ彼女じゃダメですか?」と琢磨に問うてきた。

 結局、琢磨が導き出した結論は、ドライブ彼女は由奈しかいないということ。


 それから一度だけ、由奈とドライブ出来ないときに谷野をドライブへと誘ったが、結局は自分の心に嘘をついていることに気づかされ、谷野を利用する形になってしまった。

 その時谷野は、「私は、都合のいい女ですから」とか言っていたっけ。


 谷野は優しい後輩だ。

 けれど、琢磨がドライブ彼女として一緒にドライブしたいのは由奈だ。

 その意思だけは変わることがなかった。


 ドライブが出来なくなっても、こうしてドライブ以外の場でデート染みた行動をしている。

 これも、二人で自分の将来やりたいことを見つけるため。

 その行為の一環に過ぎない。

 しかし、相変わらず琢磨は、自分の将来やりたいことを見つけられずにいる。


「ねぇねぇ、琢磨さん。一緒に写真撮ろう!」

「おう、いいぞ」


 すると、由奈が一緒に写真を撮ろうと提案してきた。


「誰かに頼んで……あっ、すいません!」


 由奈が近くにいた人に写真をお願いして、スマートフォンを手渡した。

 琢磨と由奈は富士山をバッグに並ぶ。

 すると、由奈は軽く琢磨の腕に手を添えた。

 その距離感は、どこかカップルのようで違うような、不思議な距離感にも近い感じがする。


「それじゃあ取りますよ!」


 ガシャっとカメラ音が数回鳴り、撮影を終える。


「ありがとうございました!」


 由奈はスマートフォンを受け取り、取ってもらった写真を確認する。

 そして、スクロールを止めて、由奈はちらりと琢磨の方を覗いてから、スマートフォンの画面を見せてくる。


「どう・・・・・・かな?」


 見せてくる由奈の顔は、少し恥ずかしそうだ。

 逆光で見えにくいけれど、スマートフォンに表示されている付かず離れずの初々しいカップルのようなツーショット写真は、見ていてほっこりとしてしまうような一枚だった。


「あぁ。よく撮れてる」

「うん、そうだよね!」


 琢磨の言葉に安心したように由奈は胸を撫でおろして、スマートフォンをすっとポケットにしまう。


「それじゃあ琢磨さん。次行こうか!」


 満足げな笑顔を浮かべて、展望台を後にする由奈の表情は、どこか晴れやかだった。

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