第6話 死闘

 キースの命を受け、ゴーレムは地響きに似た音を立てながらゆっくりと動きはじめた。

 ショーンは腰を落とし、剣をすらりと抜き放つ。そしてゴーレムの振り下ろした腕を、頭上にかかげたその剣で受け止めた。

 ズシリと重い衝撃に、両腕で支える剣がきしんでミシミシと嫌な音を立てる。

 ショーンは渾身の力でゴーレムの腕を振り払った。いったん退くと大きく一歩踏み込み、ゴーレムの胴をめがけて剣を一閃いっせんする。


 キィン!


 甲高い音を立てて、折れた剣の先が宙に飛ぶ。

 直後、強い衝撃とともにショーンの身体が独楽こまのように回転しながら横に吹っ飛んだ。

 受け身をとる間もなく、彼は近くの太い木の幹に激突する。鳩尾みぞおち辺りをしたたかに打ちつけて、ショーンは地面に転がり落ちた。

 幸い頭は無傷で済んだものの、息が、できない――。


 ゴーレムがゆっくりと近づいてくる。ショーンは息を吸うことも吐くこともできず、地面に倒れたまま身悶みもだえていた。

 緩慢かんまんな動作で振り上げられたゴーレムの腕。その腕がショーンを狙って勢いよく振り下ろされる。ショーンは朦朧もうろうとしながらも地面を転がり、すんでのところでその腕をかわした。


 急に息が戻る。


 ショーンはせて激しくき込んだ。

 激痛が胸を走る。


(この痛み――肋骨が何本か折れたな)


 咳に血が混じっていないところを見ると、折れた肋骨は幸い肺には刺さっていないようだ。


 ショーンはズキズキと痛む胸を左手で押さえながらも素早く立ち上がり、背後の木にもたれた。

 革の胸当ての上から左手で胸をざっとでた。折れた骨が皮膚を突き破っていないであろうことを確認すると、脱力して左手を落とし、苦しげにあえぎながら空をあおぐ。

 その右手には、折れた剣がしっかりと握られていた。


「その剣でどうしようというのです? 今なら攻撃をやめさせることもできますよ」


 キースは不敵に微笑んでいる。

 ショーンはその声を無視してまぶたを閉じた。木に凭れたまま正面を向いて両手で剣の柄を握り、静かに息を整える。


 ゴーレムがショーンの目の前までやってきた。緩慢な動作で腕を振り上げる。

 その腕が振り下ろされようとした瞬間――。


「そこか!」

 ショーンはゴーレムの懐に飛び込んだ。腕輪が再びまばゆい光を放つ。



 光がおさまったとき、勝負は決していた。

 核を失ったゴーレムの体が崩れ、ただの土くれと岩に戻る。

 それに巻き込まれまいと飛び退いたショーン。彼の手には、月光に青白く輝く東国風の優美な剣が握られていた。

 その片刃の長い刀身は、さながら月の一部を切り取ったようにゆるやかな弧を描いている。


 パチパチとキースの拍手が響いた。


「さすが、お見事です。……なるほど、それが伝説にある『蒼月』の太刀ですか。なんと美しい姿。その剣に敬意を表して、そろそろ私自らお相手いたしましょうか」


 キースの指から鋭い光がほとばしる。ショーンは咄嗟とっさに左に飛んでかわした。


(これまでの攻撃もそうだった。やはり詠唱も予備動作もなしで仕掛けてくる。こいつは並の魔導士ではない)


 着地した先に間髪かんぱつ入れず氷の矢が飛んでくる。幸い前方に大きな障害物はない。飛んだ勢いを殺すことなく前に転がってこれを避けると、次は無数の風のやいばが襲ってきた。


(しかもこれほど多彩な攻撃を――一瞬でも気を抜けば命取りになる)


 彼は素早く立ち上がり、すぐ先にある岩を足掛かりに高く前方に跳躍ちょうやくした。大部分は躱せたが、避けきれなかった刃がショーンの腕を、脚を、脇腹をかすめ、ざっくりと裂いていく。

 着地してそのまま、ショーンはがっくりと片膝を突いてうずくまった。苦痛に小さくれる声。荒い息を吐きながら、左手で右脇腹の傷を押さえる。腕と脚の傷はそれほど深くないが、脇腹から背中にかけての傷は深い。あと少し遅れていれば、その傷は内臓に達していただろう。

 着地から少し遅れて、風の刃に裂かれたそれぞれの傷口から、じんわりと鮮血がにじみ出る。生暖かい血の感触。脇腹を押さえた指の隙間から、あふれた血がボタボタと地面にしたたり落ちる。


 気づけばショーンは、洞穴ほらあなのある斜面に追い詰められていた。

 そこに追い討ちをかけるようにほのおの玉が迫る。

 昔の記憶が蘇る。精霊たちを焼く炎の雨。母を焼いた焔の玉。村を焼かれたあの日の恐怖。一瞬、身体がすくむ。


ひるむな! 俺はこんなところでたおれる訳にはいかない。あの子を守るために、生き抜くために。立ち向かえ!)


 鋭い眼で焔を見据みすえて、ショーンはよろめきながら立ち上がる。そして蒼月を青眼に構えると、気合い一閃いっせん焔を斬った。その凄まじい剣圧に焔の玉はし戻され、四散して消え去る。


(手を抜けば活路かつろはない。ならば全力で当たるのみ――)


「そろそろこちらからもいかせてもらうぞ」


 静かに告げると、ショーンはキースとの間合いを一気に詰めた。

 一合、二合――ショーンの斬撃ざんげきをキースが手にした杖で受ける。飛び散る火花。斬撃が速い。

 三合、四合――蒼月の長い刀身をものともせず、無駄なく縦横無尽じゅうおうむじんに繰り出すショーンの剣。その勢いに、今度は逆にキースが圧されていった。剣を打ち込むたびキースのローブの一部が切れていく。木立の中を洞穴のある斜面からどんどん離れていく。

 六合、七合――まるで風のような、よどみのない動き。今までの戦闘で受けた傷の影響や体力の消耗を感じさせないショーンの動きに、防戦一方のキースの顔には焦りの色が見えはじめた。


 九合目の斬撃を辛うじて杖で受けたキースの左手が、ショーンの腹に向かって伸びる。そのてのひらから強い冷気を帯びた風が一気に放出された。

 接触しそうなほどの至近距離で放たれた風。それを避けられず、ショーンは風圧で後方へと吹っ飛ばされた。強い衝撃とともに、皮膚が裂けそうな、冷たくひりつく乾いた痛みが腹に貼りつく。


 歯を食いしばり、痛みに小さくうめき声をらしながらも、ショーンは身体を丸めて着地した。地面をゴロゴロと二、三回転がって衝撃を和らげる。

 キースが次の一撃を放とうとしたそのとき――体勢を立て直したショーンが身を低くして、横に寝かせた剣の切っ先をキースに向け突っ込んでいく。次の瞬間、ショーンの剣がキースの腹を貫いた。

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