003 どうやら異世界から来たようです



「ふーん、なるほどねぇ」


 マキトが今までどういうところに住んでいたのか――当の本人から聞いた情報をアリシアは頭の中で整理していく。

 そして戸惑いを込めた、重々しい口調で告げた。


「にわかには信じがたいけど――マキトは別の世界から来た可能性が高いわね」


 それがアリシアの導き出した結論であった。

 もっとも実際には、まだ納得のなの字もしていない。他に考えられる答えがなかったから言ったまでのことである。

 しかしその一方で、納得できそうな要素も出てきてはいた。


(少なくとも『地球』という星の名前も、『日本』という国の名前も、私は全く聞いたことがない。魔法や魔物も存在しない世界だなんて……けど、マキトがウソをついているようにも見えないし……)


 そこがアリシアにとって、最大級に悩ましい部分であった。

 話しているときの表情を見ていれば、少なからず相手のうさん臭さなどは見えてくるものだ。しかしマキトからは、それが一切感じられなかった。むしろ、偽りという言葉を知らないのではと思いたくなるほどに。

 マキトは最初、アリシアを警戒していた。そこから偽りの説明を仕掛けてくる可能性だって、勿論考えられた。

 しかし程なくして、それも違うだろうなと思えてならなくなっていた。

 アリシアがこの世界における基礎知識を話した瞬間、彼の表情が変わった。それはもう興味津々と言わんばかりに、目をキラキラと輝かせていた。

 まさにそれは、純粋な子供そのものに思えた。

 これがもし演技であったなら、天才役者として売れるだろう。むしろその才能を利用して売り込みをかけてもいいくらいだ――それぐらいアリシアから見て、マキトの表情の変化がどこまでも自然に見えてならなかった。

 つまり、マキトが違う世界から来たというのは、紛れもない事実。

 そう認めざるを得ないと、悩みながらも思うようになってきたのだった。


「魔法に魔物、それに人間以外の種族か……異世界って凄いんだなぁ」


 アリシアからこの世界の基礎知識を聞いたマキトは、スライムの頭を撫でながらしみじみと頷いていた。


「アリシアもエルフ族なんだっけ?」

「正確には人間族とエルフ族のハーフよ。だからハーフエルフとも呼ばれてるわ」


 そう言いながらアリシアは、人間よりも少し長い耳を触り出した。


「純粋なエルフ族は、もう少し耳が長いのよ。昔は差別の対象にもなっていたことがあるらしいわ」

「今はそうじゃないってこと?」

「まぁね。たまーにからかわれることがある程度かな」


 アリシアは苦笑しながら思い出す。小さい頃は耳の長さをネタに、同年代の子供から笑われていたことを。


(当時はかなり嫌な気分になったモノだけど、今となっては懐かしいわね)


 そう思えるようになったのも、アリシアが同じハーフの子と友達になれたというのがかなり大きい。味方が増えたことで形勢逆転したのだ。

 その子とは離れ離れにこそなっているが、今でも友達として連絡を取り合っている仲である。もう数年は顔を合わせていないことを改めて思い出し、久々に連絡して会ってみてもいいかなとアリシアは思った。


「種族は人間族とエルフ族、それに魔人族の三種類だったっけ?」

「うん。マキトの場合は人間族ってことになるかしらね」


 そうだろうな、とマキトは思った。人間しかいない地球から来たのだから、この世界の種族として言えば、必然的に答えは限られてくる。


「それから、神の一族と呼ばれている『神族』という種族もいるらしいわ」

「……神様が実際にいるの?」

「あくまでおとぎ話に出てくる程度だけどね」

「ふーん」


 神という言葉に反応を示したマキトではあったが、すぐに興味をなくしたのか、テンションもそれほど上がることはなかった。


「まぁ、それはどっちでもいいや。そんなことよりも――」


 そして視線を、完全にスライムのほうに向けてしまう。


「スライムみたいな生き物のほうに興味がある。なんかワクワクしてきたなぁ」

「ポヨポヨー」


 スライムもマキトに撫でられて、気持ち良さそうな鳴き声を出す。もはやすっかり懐いてしまっており、その光景は仲良しのペットと飼い主にしか見えない。実は一時間くらい前に出会ったばかりなんですと言われたところで、果たして信じる者はいるのだろうかと思えてしまうほど。

 それを追及したところで得られる答えはない――そう判断したアリシアは、もう一つの疑問に考えを切り替えることにした。


(マキト……なんか凄いリラックスしてるように見えるのよね)


 目が覚めたら知らない世界に来ていたのだ。怖がるどころかパニックになっていたとしても、何ら不思議ではない。

 しかし今のマキトに、そのような傾向は全く見られない。

 家族はおろか知り合いすら一人もいないこの状況で、どうしてそこまで楽しそうに笑えるのか――アリシアにとって、それがどうしても理解できなかった。


「ねぇ、マキト?」

「んー?」


 アリシアが問いかけると、マキトは生返事をする。スライムを構うのに夢中となっているのだ。

 やはり楽しそうな表情に変わりはない。


「その、心細くはならないの? 今のキミは、家族も誰もいない、一人ぼっちな状態なんだけど……」


 恐る恐る、アリシアは思っていたことをそのまま言葉に出す。果たしてマキトはどういう反応を示すのか――割とドキドキしていた。

 しかし――


「あぁ、そんなの前からそうだったよ」


 マキトは間髪入れず、あっけらかんと答えた。それに対してアリシアは、ポカンと呆けた表情を浮かべてしまう。


「え、いや、あの……前からそうだった、って?」

「そのままの意味だよ。家族とかそーゆーの、俺いたこともないし」


 なんてことなさげな口調で、マキトは淡々と語り出す。物心ついたときには、既に施設で暮らしていたということを。

 二歳の時、施設の前に捨てられていた――分かっているのはそれだけ。本当の親が生きているのかどうかも全く分からない。年齢も、あくまで施設の人がそう数えたからに過ぎず、本当に十二歳かどうかも分からないとマキトは言う。


「考えるの面倒だし、それでもいいやって思ってるんだけどな」

「……結構ドライなのね」


 心の底から年齢には興味を持っていないマキトの様子に、アリシアは少しだけ引いていた。

 しかし今は大して気にするべき問題でもないため、ここも流すことに決める。


「まぁ、いいわ。それより、もう一つ気になっていることがあるの」

「気になっていること?」

「マキトがどうしてこの世界に来たのか」

「――あぁ、そういえばそこらへんも、全然分かんないな」


 言われてようやく思い出した――そんな反応を示すマキトに、アリシアは少しだけ表情をピクッとさせる。

 むしろそこが一番気にするべきことではないのかと、そう思った矢先に――


「こーゆーのって、普通にあり得ることなのか?」

「……普通はないわね」


 あっけらかんと聞いてきたマキトに、アリシアは重々しく答えた。

 なんでそんなことを普通に質問してくるのか。少し考えればあり得ないことぐらい分かりそうではないか。それとも十二歳の男の子とは、大体こんな感じだったりするのだろうか。

 そんな悶々とした考えがアリシアの中で展開されてゆく中、マキトはのほほんとスライムと顔を見合わせながら苦笑する。


「何せ俺、こっちの世界に飛ばされた時のこと知らないしなぁ。寝て起きたら、いきなりって感じだったし」

「あぁ、そうね。マキトからすればそうなるのね」


 頭が痛くなる気持ちに駆られるが、マキトの言うとおりであることも確かだとアリシアは思った。

 とりあえずこのまま話を進めていこう――アリシアはそう思った。


「昨夜遅くに、眩しい光の柱が森の中で発生したの。それで私は気になって、その場所に行ってみたら……マキトが意識を失って倒れていたってワケ」

「光の柱?」

「えぇ。あくまで私の推測だけど、それは異世界召喚魔法だと思っているの」


 異世界からヒトを転送してきた魔力の光だとすれば、一応の辻褄は合う。それだけ強力な魔法であることは、アリシアも知っていることだった。


「でも、もしそれが本当だとすれば、尚更信じられないわ」

「なんで?」

「異世界召喚の魔法は、それだけ難しいと言われているモノなのよ」


 アリシアは異世界召喚魔法について、習った知識をそのままマキトに教える。

 色々と難しい用語を出さざるを得なかったが、とりあえず非常に危険な魔法だということだけは、マキトも理解できた。


「そんな危険な魔法で、俺はこの世界に飛ばされて来たってことか?」

「あくまで私の推測だけどね。でも……」


 アリシアは俯きながら顔をしかめる。


「もしそうだとしたら、マキトがあの場所に飛ばされた理由が分からないのよね」

「何で?」

「普通なら儀式している場所に飛んでくるはずだもの」


 世界のどこかで、誰かが異世界召喚をこっそり行った可能性はあるだろう。しかしそれが成功したならば、普通は儀式を行ったその場所に降り立つ。仮にどこかしらで失敗したら、そもそも召喚自体されない形で終わる。

 つまり今回のマキトの場合は、召喚に成功したにもかかわらず、別の場所に降り立ったということになる。

 故にアリシアは疑問に思えてならなかった。

 この時点で既に、習った異世界召喚儀式の基本から、大きくかけ離れてしまっているからである。

 つまりこれは普通ではない。

 異世界召喚とは別の何かがあるのではと、アリシアは考えていた。


「……たまたま偶然そうなっただけ、ってことはないのか?」


 戸惑いながらマキトが問いかけると、アリシアは表情を変える。


「この世に奇跡や偶然なんて存在しないわ」


 アリシアは言い切った。完全に声色も変わっており、それはまるで有無を言わさないという感じを前面に出していた。


「少なくとも私は錬金術師として、奇跡や偶然なんて信じない。マキトが別の世界からこの世界に来たのには、必ず何かしらのワケがあるはずなのよ!」


 言い終わってから二秒後ぐらいに、アリシアは我に返った。目の前には呆然としているマキトとスライムの姿。それを見て彼女は、自分がしでかしてしまったことに気づいた。


「――ゴメンなさい。つい大きな声を出してしまったわ。驚かせちゃったわね」

「あ、いや……」


 急にしおらしくなったアリシアに戸惑いつつ、マキトは今の彼女の言葉で気になる部分を問いかける。


「それよりも……錬金術師?」

「うん。それが私の職業なんだけど、もしかして錬金術師を知らない?」


 マキトはコクリと頷いた。ここでアリシアは気づく。マキトのいた世界には、もしかしたら錬金術師が存在していなかったのかもしれないと。


「それじゃ、折角だから――」


 今から私の錬金術を見せてあげる――そうアリシアが言おうとした瞬間、グゥという音が鳴り響く。

 何の音かと思いきや、マキトが腹を押さえていた。


「……お腹空いた」

「あぁ、そう言えば丸一日、何も口にしていないんだもんね」


 それは確かに無理もないと思いつつ、アリシアは立ち上がった。


「少し早いけど夕食にしましょう。話の続きは、その後でゆっくりとね」


 夕食というアリシアの言葉に、マキトとスライムは、揃って表情をキラキラと輝かせるのだった。


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