四話

 風天巧が鳳炎剣の贋作を造り始めて十日目の朝、穆哨は孔麗鱗たちに呼び出され、洞窟の外に作られた簡易的な鍛冶場に赴いた。

 そこで穆哨はようやく風天巧と再会した。ここ十日間ずっと缶詰で作業していたにもかかわらず風天巧は清涼な空気をまとっている。しかしその顔は高揚に包まれ、達成感と自尊心がない交ぜになった輝きを放っていた。

 風天巧は穆哨たちを順に見回すと、満面の笑みを浮かべて大きく息を吸った。

「諸君!」

 この男でもこれほどまでに興奮することがあったのかと、穆哨は半ば呆気に取られて風天巧を見ていた。それと同時に、穆哨は初めて風天巧の鍛冶師らしい一面を見たような気がした――見覚えのある赤い鞘から赤銅色の剣を引き抜くその仕草は、その仕事をする者ならではの純然たる誇りと自信に満ち溢れている。

「どうだ、そっくりだろう! まさか五行神剣の贋作を作る日が来ようとは思いもしなかったが、我ながら会心の出来だ」

 そう言って風天巧が差し出した剣は、言われても分からないほど鳳炎剣に酷似していた。穆哨たちは剣を交互に手に取り、軽く振って感触を確かめ、食い入るように細部を見つめたが、全体の重さや長さ、鞘の赤、柄の感触と彫り物の精巧さ、刃の赤銅色にいたるまで、本物の鳳炎剣とまるで同じだ――特に鳳炎剣を実際に持ったことのある孔麗鱗と穆哨はその出来栄えに舌を巻いた。さらに穆哨は、柄を持った瞬間に、体内に燃え盛るような気の流れが生まれるのを感じていた。振ってみよ、と孔麗鱗が命じるままに穆哨は山肌の一点を狙って技を放った。体の中心から腕を通り、剣を伝って射出された気が炎をまとう感覚は、東鼎会で初めて鳳炎剣に触れたときに感じたそれと全く同じだ。あまりに似通った使い心地に、穆哨は感嘆する一方で首をかしげずにはいられなかった。

「たしかに見事ですが……これでは本物と区別がつかないのではないですか?」

「良い質問だ。たしかに、お前にとってはどちらも差異はないだろう。だが……」

 待ってましたとばかりに答えた風天巧は、穆哨から剣を受け取ると流れるように構えて振り抜いた。すると、剣から一筋の熱気が放出され、穆哨が狙い作った穴の隣に新しい穴ができたではないか!

 穆哨たちは思わず驚きの声を上げた。この場では穆哨にしか使えないはずの剣が風天巧にも使うことができる。五行神剣に関しては絶対に起こり得ない、誰にでも使えるという特性こそがこの剣を贋作たらしめていたのだ。特に穆哨は風天巧が鳳炎剣を使えないのをその目で見ている。それだけに彼の驚きは孔麗鱗と楊夏珪よりもはるかに大きかった。

「この通り、この鳳炎剣は火の功体を持たぬ私でも扱うことができる。誰にでも内功を殺傷能力に転化することが可能とあれば、これはとは言えるまい。だろう?」

「素晴らしい! さすがは天下の風天巧よ!」

 孔麗鱗が賞賛の声を上げる。己の要望を満たす完璧な一振りを前にして、彼女は完全に勝利を確信していた。

「やはり我が得物を作らせただけのことはあるわ。阿哨、お前は風天巧とともに今すぐ旅の準備にかかれ。明朝にここを発ち、示し合わせたとおりに動くのだ」

「かしこまりました」

 穆哨は間髪入れずに応じた。やがて実を結ぶであろう勝利の光景が、自分にも見えたような気がした。



 かくして五行神剣を巡る江湖のあり方は大きく変化した。現存する神剣のうち、蛇眼幇の孔麗鱗が一振り、東鼎会の魏龍影が一振り、二振りを正派の欧陽梁が所有していたが、このひと月で神剣は孔麗鱗と欧陽梁の独占するところとなり、魏龍影は失った神剣の奪還を目指して手の者を送り出している。孔麗鱗もまた魏龍影と東鼎会を叩くために動き出した――穆哨は偽の鳳炎剣を携え、龍を釣りあげて仕留めるための「生餌」として江湖に放たれたのだ。

 曇り空が白い光を帯びて明るくなるころ、穆哨と風天巧は蠱洞居を出た。まずは東へ流れる川を目指して南下し、そこから川伝いにあえて東に向かう。一度東鼎会に姿を見せれば、あとは逃げるふりをしながら蠱洞居に向かって引き返し、敵を死地へと誘導すればいい。穆哨は白い布で覆った鳳炎剣といつもの愛剣を背中で交差させ、いざというときまで鳳炎剣は抜かないことに決めていた——いくら贋作といっても、軽率に神剣を使っては魏龍影たちに自ら手の内を見せるようなものだ。

 しかし道中、それらしき人物を見かけることはなく、二人とすれ違うのは皆北に向かう商人や役人ばかりだった。

「どういうことだ、これは」

 訝しむ穆哨に、風天巧はふむと呟いて閉じた扇子をあごに当てた。

「玉染から蠱洞居までは距離がある。さすがの魏龍影もこのあたりまでは手を伸ばしきれていないか、あるいは」

 風天巧はそこで一旦言葉を切ると、今しがたすれ違った馬車をちらりと振り返った。

「この道を行く者の中に奴の手先が混ざっているか、だ」

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