第二十三話 訊いて訊いて!


              ☆☆☆その①☆☆☆


 鈴が転がるような、亜栖羽の可愛い笑い声に、育郎は「?」顔。

 長い黒髪がサラりと靡いて良い香りが漂い、腕に押し充てられた双乳がプヨんと柔らかく弾む。

「!」

 健康的で温かい少女の身体に、男性の本能が思わず強く強く、刺激をされた。

「あわわっ–ぁぁ、亜栖羽ちゃん…?」

 慌てる青年に比して、少女は無垢で嬉しそうな微笑みを、グっと寄せてくる。

「えへへ♪」

「わわっ!」

 もう大人の男性としての余裕なんて無し。

 少女の純真さに振り回されるだけの、むしろ無垢な二十九歳。

「私のこと、そんなに気にしてくれてたんですね~☆ あはは」

 大きな瞳をキラキラさせて無邪気に笑いながら、抱き付く美顔は肩の少し下という近距離。

 まつ毛の数まで数えられるような近さで見つめられると、心臓がドキンっと強い鼓動を打った。

 このままキスしたい–。

 そんな想いも、急速に強くなる。

 青年の欲望に気づく事なく、少女は正直な想いを話してきた。

「私のこと、何でも訊いてくれていいんですよ? 答えられること、全部答えちゃいますし! 今日の事とか♪」

「きょ、今日の事…?」

 何か失態を–。

 育郎の不安が、ある意味で的中する。

「私、恋愛映画よりもキッズアニメとか好きです。あ、もちろんオジサンが連れて行ってくれるところでしたら、ドコでも嬉しいですけど♪」

 重要な情報が二つもパスされて、青年は慌てて受け止めて整理する。

「えっと…キッズアニメって…日曜の朝とかに放送してる…?」

「はい♪」

 今日の映画は、楽しんでもらえたとはいえ、亜栖羽の好みとは違うらしい。

「珈琲よりも紅茶が好きですし、お茶はもっと好きです。食事は、パンよりもお米派です。でも オジサンが連れて行ってくれた珈琲は、凄く美味しかったです♪」

「そ、そう…ですか…」

 今日のデートコースを頑張って設定した育郎の想いもあって、亜栖羽は喜んでくれている。

 しかしお付き合いをしてゆくには、相手の事をちゃんと知ってゆかないと無理だ。

「なんか、色々と空回りしちゃったかな…」

「いいえ。オジサンが私の為に考えてくれたデート、すっごく嬉しかったですし、楽しかったです♪ ただ私はこういう女の子ですって、オジサンに知って欲しかったんです♪」

 そう告げる亜栖羽の眼差しが、柔らかく潤み、安心感を隠さない優しい光を魅せている。

「亜栖羽ちゃん…」

 これだけ自分の事を話すにも、結構な勇気がいる事を、育郎は就活などの実体験で、イヤというほど味わい、泣いている。

 そんな想いも手伝って、亜栖羽が今まで以上に愛しく思えた。

 思わず真剣に見つめていたら、亜栖羽が何かを察した様子。

「………」

 少女は恥ずかしそうに視線を逸らすと、意を決したように瞼を閉じて、美顔の正面を向けた。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「!」

(こ、この仕草は…!?)

 彼女いない歴→年齢である育郎でも、解る。

 映画や漫画などで何度も見た、キスOKのサイン。

 本当に?

 いいのかな。

 自分にこんな瞬間がくるなんて。

 キスが下手で叱られたり。

 緊張で鼓動が高鳴りつつ、色々な思いが脳を駆け巡る。

「ぁ…ああ…ぁ亜栖羽ちゃん…っ!」

 詰まったり声が裏返ったりしながら、少女の名前を必死に呼んだり。

「………」

 亜栖羽は目を閉じたまま、頬を上気させて、育郎に全てを委ねていた。

 抱き付いた腕が、小さな身体が、僅かに震えているのが伝わる。

(こ、ここまでっ、してくれているんだ…っ!)

 もし下手だと叱られたら、許してくれるまで謝ろう–。

 謎の決意を固めると、育郎、人生初のキスへとチャレンジ。

 向き合うだけで、全身が緊張。

 無駄に力が込められて、体中の筋肉が、野生のゴリラもドラミングに虚しさを感じるレベルで力んで、盛り上がった。

 両手どころか顔や背中にも汗が吹き出し、心臓が、早鐘を撃ち続ける。

 ドキんドキんドキんドキんドキんっ–!

(落ち着けっ、落ち着けっ、心臓が五月蠅いっ!)

 般若がキスをせがむような恐ろしい顔を、少しずつ近づけると、亜栖羽の温かい吐息を感じた。

(亜栖羽ちゃんの、顔がっ、近くに…!)

 亜栖羽ちゃん、いい匂いだな–。

 僕は臭くないかな–。

 余計な心配が頭を過りつつ、二人の唇が静かに近づく。

 あと三センチ。

 二センチ。

 一センチ。

 唇や頬に、少女の体温が感じられる。

 息を止めて、そして。

 ……ちゅ。

 亜栖羽の小さくて柔らかい唇と、育郎の大きくて意外と柔らかい唇が、ツンと触れ合った。

(–っ!)

 初めての、キス。

 二人の身体が、一瞬だけピクっと反応。

 そのまま、数時間のような数秒が流れる。

 マンションの向かいの道路を、静かに車が走り去る。

(…………キス……。亜栖羽ちゃんと…キス…っ!)

 思考が停止している脳が、ようやく動き始めた。

 どのタイミングで唇を離せば正解なのかわからず、息が苦しくなったところで、唇が離れた。

「「っぷはっ–はぁ、はぁ…」」

 二人とも、息が限界だったらしい。

「あ、亜栖羽ちゃん…えっと…」

 嬉しいのに、なんだか申し訳ない気もして、でも謝るのも違うと思い、言葉が出ない育郎。

「…初めてだったから、下手だったら ごめんなさい」

 そう告げる亜栖羽は、恥ずかしそうに耳まで真っ赤だ。

「ぼっ、僕の方こそっ–ぼ僕はもっとっ、亜栖羽ちゃんとのキスっ、上手くなりますっ!」

「は、はい…えへへ♪」

 微笑む亜栖羽は、優しい月光を浴びて、キラキラと輝いていた。

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