第27話:見つめてなんかいないし

 翌朝登校した一匠は、カバンを下ろしながら左側の空席をぼんやりと見ていた。理緒はまだ登校していないようだ。その時後ろ側で、ギギギと椅子が引かれる音が聞こえた。


 振り向くと、席に着こうとしている瑠衣華と目が合った。なぜか瑠衣華はぎょっとしたような顔をしている。


「し、白井君。なんで君は青島さんの机をジーっと見つめているのかなぁ?」

「え? いや別に。見つめてなんかいないし」


 見つめていたのは確かだ。だけど瑠衣華に何を言われるかわからないから、そんなことは認めるわけにいかない。


「見つめてたくせに。目一杯スケベな目で」

「はっ? スケベな目なんてしてないよ。だって赤坂さんは、俺の後頭部しか見てないだろ。目なんて見えないはずだよな?」


 瑠衣華が憎まれ口叩いても、一匠は機嫌を損ねるでもなく、飄々と答える。なぜなら今日の一匠は機嫌が良い。


(青島さん、早く来ないかなぁ。青島さんの顔を見るのが楽しみだ)


「うっ……そ、それはそうだけど」


 瑠衣華はバツが悪そうな顔をしている。どうやらさっきの発言は、一匠の予想通り適当に言ったようだ。


「と、ところで白井君? どうしたの?」

「なにが?」

「何がって……なんかニコニコと笑ってるし。なにが楽しい?」


 瑠衣華は訳がわからないようで、怪訝な顔をしている。


「いや別にー 楽しくなんかないぞ」


(青島さんのことを考えてたら、ついつい顔に出てたみたいだな。気をつけないと……)


 そう思って一匠はキリッと表情を引き締める。


「白井君、なんか変。とうとう頭が壊れた?」

「別にぃ。変じゃないけどなぁ。俺は赤坂さんの言葉に一喜一憂するのはやめたんだ」

「えっ……? それって私なんか、もう相手にしないっていう意味?」


 ──いや、元々俺を相手にしないのは、赤坂さんの方じゃないか。

 と思いながら、一匠はちょっといい格好をして哲学者のような気分で答える。


「いいや。俺は大人になったんだよ」


 瑠衣華は一匠の態度が理解できないようで、ちょっと焦った顔になった。


「あ……あの、白井君?」


 瑠衣華が何かを言おうとした時、ちょうど理緒が登校してきた。


「おはようございます白井くん」

「あ、おはよう青島さん」


 一匠はいつもと変わらぬ態度をするため、冷静に冷静にと自分に言い聞かせる。


「昨日はお邪魔してごめんなさいね。迷惑だったでしょ?」

「いやいや、迷惑なんてとんでもない! 楽しかったよ!」

「そうですか。良かった」

 

 理緒は優しく微笑んでいる。

 いや、ほんとに美人だ。朝から理緒の優しい笑顔に触れられるのは幸せなことだ。


 一匠は改めて、そんなふうに思う。



 やがて授業が始まり、一匠は教師の方に集中していた。その時突然、右の腕をトンと叩かれる感触がした。


 右側を見ると、瑠衣華がこちらを見て、ボソボソと喋った。


「昨日はお邪魔って……なに?」


 理緒との会話を、瑠衣華は気になっているようだ。

 瑠衣華達が帰った後に理緒がルームにやって来たこと。それを瑠衣華に伝えるべきか迷ったが、別に隠すほどでもないと考えて、一匠はシンプルに答える。


「赤坂さんが帰った後、偶然青島さんに会った。それで青島さんも俺たちのルームに遊びに来た」

「ふぅーん……」


 瑠衣華は、ひと言だけ呟いた。そして教壇に向かい、その後は何も言ってこない。


 ただその横顔はこわばって、引きつっているように見えた。


(何なんだろ? 俺と青島さんが仲良くするのは、赤坂さんは気に食わないのか?)


 一匠は能天気に、ぼんやりとそんなことを考えた。しかし授業中だということを思い出して、教師の言葉に集中することにした。

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