第5話 雲行き

 学校のない休日の昼下がり。

 エリザとともにレッスンのために大通りのお店をいつものようにウィンドウショッピングしていたところ、雨が降り出してきてしまったので、急遽きゅうきょ雨宿りのためにカフェテリアでお茶をすることになった。

 人数分の紅茶とともに、ミアの前には湯気とともに夕暮れ色のシロップが輝くワッフル、エリザの前にはクリームの中に宝石のように散りばめられたフルーツが鮮やかなパフェが置かれている。

 当然、甘いものが苦手な俺は紅茶だけだ。


「師匠、夕飯前にそんなに食べていいんですか」

「え、ふぉーひてどーしてですか?」

「マナーレッスンをしてるんですから、食べ物含んだまま話さないでください。これで夕飯もしっかり食べたらお腹を壊してしまわないかと思ったんです」

「ごきゅっ、大丈夫ですよ。このくらいで壊れる胃ではないですし、日ごろからこうして鍛えていれば胃もたれしません」


 いや、逆に負荷が常にかかって疲弊してしまうのではないだろうか。

 怪しい言い草のミアに対して、その向かいではエリザが実に幸福そうな顔でパフェを細いスプーンで口元へと運んでいる。

 どうしてこうも女性って、甘味が好きなんだ……。


「ここのお店って友人から教えてもらったんですよ。来てよかった」

「ですね、こんなにおいしいなんて、その友人さんに感謝ですね」


 お互いのスイーツを交換して堪能したところで、食後のお茶を飲んで一息つく。

 窓の外はまだ雨が降り続いていた。


「止まないですね。今日はこのままお開きにするしかないですかね。来週がもうエナの祝祭日だったので、品物を決めて包装やメッセージもどうするか細かく決めていきたいところだったのですが」

「大丈夫。もう、相手の好みもわかったし、何を贈るのかもう当たりもつけているから、時間はかからないわ」


 自信満々に話すエリザは、最初会った時のやる気のなさが想像できないほど生き生きとしていた。


「先生と会った最初の日にお店でいろんな品物を見て回ったことから、具体的に贈り物をイメージできるようになったの。自分でも人を見るときの視点が変わった気がするわ」

「意図を汲み取ってくださってうれしいです。自分で変化を感じ取れるのも、自信につながりますしね」


 確かに、ミアがこの場面の時にはどんな物を贈ったらいいか、と問いかけながら話していると、エリザはこうした方がいい、と即座に答えられるようになっていた。

 成長と言えば、成長だ。

 ……ん? 成長?


「そういえば、エリザって、毎年どんな物を贈っていたんだ?」


 問いかけると、聞きたくなかったものを聞かれた、というようにエリザが表情を変える。


「確かに、参考までに聞いてみたいですね」


 師匠からもそう言われ、逃げ場がなくなり、視線をそらしながらおずおずと話し始める。


「えっと……男性のプレゼントに時計がいいって聞いたの。ただ、みんなと同じものを渡されたら、嫌だろうなって思って」

「まあ、もらうだろうな、人気の奴ほど。そうか、わかった、腕時計や懐中時計だと被る可能性があるから置時計にしたとか?」


 奇をてらって斜め上の物を狙うのは、よくおかしがちな失敗だ。予想して言ったのだが、事実はさらにメトロノームのように真反対に斜めをいった。


「違う、柱時計をあげたの」

「柱……」

「時計……ですか」


 俺が絶句しつつ、ミアがつぶやく。

 いやいやいや、ちょっと待った。一瞬、人の身長ほどもある立派な木製の柱時計が思い浮かべたが、さすがにそこまでじゃないだろう。


「柱時計っても壁時計とか? さすがに相場からしたら高価だけどまあ、無くもない……」

「違う、人の身長ほどもあって、マホガニー製の立派なもの」


 否定しようとしたら、俺がイメージした柱時計そのものがエリザの口から飛び出てきた。

 やばい、擁護のしようがない。

 俺とミアの視線にいたたまれなくなったのか、さらにエリザが言葉を紡ぐ。


「贈り物を選ぶときにメイドにアドバイスを求めたら、自分が欲しいと思ったものを選ぶといいって言われたの。それで、家の中を物色していたら、柱時計が寿命で新しいものが欲しいと思って」


 で、柱時計をプレゼントした、ということらしい。

 自分が欲しいと思うものを渡すのも悪くはないが、それはあくまで趣味や嗜好が似通っている場合の話で、自分が生活上必要と思った物と贈り物として欲しい物はまた違う。アドバイスしたメイドもそんなことになるとは思わなかっただろう。


「ちなみに、プレゼントされた柱時計はどうなったのですか?」

「もらうわけにはいかないからって送り返されたわ。もったいないし、ちょうどいいからそのまま家で使い続けているけど」


 それは、贈られた側も災難だっただろう。というか、エリザがいかに贈り物に関してセンスがなかったのかがわかる。

 隣を見れば、さすがにここまでとは思わなかったのか、ミアも眉根を寄せていた。


「ま、まあこの話はこの辺にして、先生、また明日も……」


 と、話そうとしたところで、カフェの入り口に着けられた来客を知らせるベルが鳴った。入ってきたと思しき、雨にぬれた一組の男女が俺たちの座っているテーブルを横切る。

 エリザと同じくらいの年代だろうか。カップルなのか、男側が女性をしっかり腕を引いている。

 興味さそうに眺めていた視線を正面に戻すと、エリザの表情が目を丸くしたまま固まっていた。


「エリザ?」


 目の前で手を振って声をかけると、ようやくエリザが気づき、慌てて立ち上がった。


「ちょっと、今日はこの辺で失礼するわ。先生、また明日も同じ場所で。じゃあね」


 言うだけ言うと、エリザは自分の荷物を持って立ち上がり、さっさと店を出ていってしまった。

 なんなんだ、いったい。


「師匠、じゃあ、俺たちも」

「待ってください、レガロ君」


 店を出るために立ち上がろうとした俺の腕を、さっとミアがつかんだ。


「ちょっと出るのは後にしましょう」

「師匠?」


 問いかけるも、師匠は答えずにそっと口元に指を立てた。

 何かやり残したことでもあるのだろうか。

 意図がわからずとりあえず座る。そして、耳をそばだてると先ほど通り過ぎたカップル、その女性の方が真剣なトーンで話す声が聞こえてきた。


「エナの日の前に、私たちの関係を明かすって本当なの、リーダム?」


 女性が呼びかけた名前を聞いて、驚きで目を見開く。それは、まさしくエリザが贈り物を準備している相手の名前だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る