武官

「そちらが、宣旨を賜ったという者であろうか?」

 哢の前には、三人の官吏。いずれも無骨そうで、この星には珍しい武官であると見受けられた。それでも他の星に比べて武力は多いほうで、血気盛んな者たちが互いに切磋琢磨していると聞く。ゆえに、金と朱の武装飾から覗く鋭い眼は、先程寄越された小官たちとは全く違っていた。今日はとてつもなく騒がしい。一旦家へ帰ったものの、父の土産の朝食は喉を通らなかった。せっかく鮎まで付けてもらったのに。

「え、……はい。哢と申します。あの――」

 行き違いにでもなったのだろうか。哢は先刻の訪問者と同じ受け答えをし、次いで事の流れを再度説明しようとする。しかしそれは武官の一人に遮られた。

「哢殿、聞けばお父上は歴史学者だとか。朱雀について調べていたのでしょうか?」

「それは……、そうですけど。父を、呼び戻しましょうか?」

 嘴は小官に付き添って、自身の眼でも確認したいと勇んで朱雀の元へと出発していった。哢は少しだけ忠告したが、きっと星長の命で動いている官吏たちなら悪いようにはならないだろう。

「いえ、それには及びません。お父上は、では、朱雀に敬愛を示していたということですね?」

「? その、そう、ですかね」

 質問の意図が分からず、曖昧な返事をする。確かに間違ってはいないが、その意味を把握できない。この遊星の民であれば、朱雀に対して何も――具体的には敬意を――思わないことはないはずだ。

「可哀想に。哢殿、お父上を想うのも分かりますが、偽りはいけないことです」

「偽り……? 何を言って――」

「しかし子が父を想う心中、分からぬともない。いまならまだ星長が収めてくれよう。お前たち」

 言われて、控えていた二人が、哢の脇を抱える。動きを封じられるのは、今日だけですでに二度目だ。

「えっ? 何? 何なんだよ!」

「特別に星長の前で注進することを許そう。連れていけ。丁重にな」

 これのどこが丁重なのか。哢は足をばたつかせるが、やはりこちらもびくともしない。一度目が蔓(つる)だとするならば、今回は岩石に挟まれたようだ。無骨な筋肉は熱く、それでいて硬い。何を好きこのんで何度も男に抱かれなければいけないのか。それにこんな無頼漢に。哢は心中で、自分の境遇を想って泣いた。

 通った道は、人気がなく寂れている。長の官吏なら堂々と公道を歩けばいいのに、と哢は思った。自分で言うのも何だが、やはり年端の行かない少年を連れて――正しくは連行しているところを見られたくないのだろう。抱えられている以外は特に危害を加える様子はない。とっくに諦めて、足はぶらりと下ろしている。そろそろ脇が痛くなってきた頃に、裏門へと招かれた。

 入ったのは、星長の庁(ちょう)。長年使われている気配はなく、あちこちに草が生い茂っている。そこに踏み分けられた新しい足跡があった。恐らくはこの武官たちが哢を拉致するために作っていったのだろう。それにしては倒されている数が多いように感じるが、考えたところで答えが出ないのでどうしようもない。訊いたところで教えてももらえないだろう。

 一般的な赤土の岩壁に包まれた庁邸(ちょうてい)は、それでも良く管理が行き届いており、さすがトップが住まう場所だと実感させられる。

「風切(かざきり)は戻っているか?」

「ここに」

 呼ばれた部下は、素早く応(いら)えを発する。コバルトの髪を靡かせて、風切は爽やかに跪いた。他の武官と比べて軽装だが、しっかりと守るべきところは金属を被せてある。

「湿地に向かった小官には、話は付けてきたか?」

「ええ、事が事なので、上官に任務を移動させたと、帰っていただきました」

「して、朱雀は?」

「目撃はしておりません。縄張りである湿地に足を踏み入れますと、獣者に勘付かれる恐れがありましたゆえ」

「……そうだな。万が一ということもある」

 彼らは、朱雀の誕生を隠したいのだろうか。それとも朱雀は、本当は産まれていないのだろうか。少しばかりの時間、地に下ろされた哢は、脇を押さえながら考える。経験の乏しい頭では理解し難い会話だ。

「して、翼帯(よくたい)様。そちらの少年は、もしや」

 そうか、この大漢(おおおとこ)は翼帯と言うのか。比べて華奢な風切は少し顔を上げて、哢を見遣る。黒い瞳に見つめられて、少年は改めて唇を引き結んだ。民にとって長は味方のはずなのだ。多少手荒な真似をされたが、命までは取られない――はずだ。

「例の少年だ。これより鶏頭様へ謁見へと参られる」

「やはりそうでございましたか。では改めて湿地へと走り、状況を確認して参ります」

「ああ、頼んだ。急ぎでな」

 短く返事をし、鼠のように裏門から出て行く。驚くことに風切は、哢より足が速かった。あっという間に消える風切を横目に、哢は再度腕を引かれて歩かされる。驚きの声を小さく上げたが、呆気なく無視された。

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