瓦木探偵事務所-3

「今のが『SuperVision』タイトル曲ですね。作詞は被害者の三条昭代。作曲は三条昭代の交際相手、ギター担当の高井平介ですね」

「なるほど、いい曲じゃないか? 歌詞もあまり語らず、世界観に合っていると思うよ。なかなか面白いバンドだったんだね」

 瓦木紗綾は私の言葉を興味深げに聴いて、コクコクと首を縦に振ると、じゃあ次です、と言ってリモコンのボタンを押した。次の一曲は打って変わって、さざ波の音から始まるアコースティックソングだった。歌詞は抒情的で、一組の男女の出会いと、海の見える丘での思い出について綴る曲だった。間奏を挟んでのメインのフレーズは思わず切なさがこみあげてくるような曲だった。曲が終わると紗綾が注釈をいれた。

「二曲目が『海の見える丘』。作詞はキーボードの津野佑香、作曲が三条昭代です」

「ああ、違う人が書いているのか。なかなか趣のある歌詞だったね。何というか、歌詞を聴かせる曲だね。僕はこっちの方が好きかもしれない」

「そうですか、じゃあ次が最後の曲ですね」

 三曲目は今までの二曲とはまた趣向の異なる五拍子の曲だった。歌詞は物語的で、とある国のお姫様の一生を歌う。少しグロテスクさと言うか、恐ろしさを感じさせるような旋律であった。その終わりは無邪気でいてどこか猟奇じみてるようにも聞こえた。聞き終るとすこし寒気を感じたのだ。

「『クロニクル』。作詞は三条昭代、作曲はベース担当の山田忠夫ね」

 瓦木紗綾はそう言いながら歌詞カードの次のページを開いて、そこに写っているメンバーの姿を指差しながら言った。

「ちょっとこれは怖い曲だったね。でも、どうだろう、歌詞は何か関係ありそうに思えるが……」

「そうですね。双子のお姫様が出てきて、片方が虐げられていた。ドラム担当の大平真美の証言だと、姉の晴代は生まれてすぐ父親に引き取られた後、ひどい生活をしていたらしいんです。晴代のもとを訪れた時は浮浪者同然だったそうで。それを昭代がどうにか職につけてあげたと言っていたそうで……。そうやって見るとこの曲は昭代と晴代について歌っているようにも見えますね」

「ウーム。しかし、曲としては、私は『海の見える丘』が好きだな。どの三曲も雰囲気が違って面白いんだが、私はこれが好みだ」

 私はそう言って歌詞カードを一ページ戻してもう一度歌詞を眺めた。三条昭代の歌詞はとても不思議な雰囲気、独特な雰囲気を、世界観を持っているのに対して、津野佑香の歌詞は同情を誘うような歌詞に見えた。

「私もですよ。なかなかこの二曲目はいいと思いますよ。メンバーが亡くなったとすると、もうこのバンドは解散でしょうね。ボーカルが亡くなったんですから、なおさら仕方がない」

 瓦木紗綾はもう一度腕を組むと、反芻するように目を閉じた。窓の外からは電車の走る音が聞こえる。駅のメロディーが心地よい風に乗ってやってくる。それが三回ほど聞こえたところで、紗綾は眼を開けて私に微笑んだ。

「先生。ありがとうございます。やっぱり時には音楽を聴いてみるものですね」

「え、なにか参考になったかい?」

「ええ、大いになりましたよ」

 瓦木紗綾はそう言うと立ち上がってCDを取り出して、後生大事そうにそれをケースに収めた。

 その後、私はその他の、まだ書き進めていないさまざまな事件について瓦木紗綾から話を聞くと、夕方頃この事務所を後にした。




――


 しかし、紗綾にはまだ仕事が残っていた。私を送ると、すぐに警視庁の藤原警部に電話をかけた。三条昭代の父親についてと、三条晴代が花屋に提出した個人情報についてだった。しかしそれは一勝一敗と言う結果に終わった。三条が生まれた北海道の浦尻島は二十年ほど前に災害に見舞われ、様々な情報を喪失したという。その中に三条の母親についてのものもあったのだろう。三条の母の身内についても、その災害で亡くなった者も多く、これ以上辿るのは困難を極めるとのことだった。一方三条晴代の雇用書類の住所欄には昭代の住所が記入されていたという。紗綾は最後にバンドメンバーの住所を教えてもらうと、書架から大きな地図を取り出してきて、それを机に広げて何やら考え始めた。


 その夜、紗綾の部屋の明かりが消えたのは夜中の三時頃であった。

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