第27話 わたしは霊感が強いから見えるけど、ほかのひとには見えないってこと。頭からあんなに血をだしたら助からないよね、普通。

 遥が買い物から帰ってきた。

「茜、このくらいの大きさでいい?」

 スーパーの袋を突き出しながら歩いてくる。

「わからない。中身を出してボールをいれなくちゃ」

 空と遥とわたしでひとつづつアイスをとる。袋にボールを入れたら、おあつらえむきにすっぽり入って、ちょうどよい大きさだった。ふたりに遅れてわたしもアイスを食べる。

「店員になんでアイス三個で大きい袋にするの?って感じで不審がられたよ」

「そうなの?セルフレジにすればよかったのに」

「セルフレジでも、袋をもらうときは店員を呼ばないといけないんだ」

「買い物してもいつもカバンにいれちゃうから知らなかった」

 運動部の人たちは大声を張り上げながら、練習にはげんでいる。わたしは大声を張り上げたりはしないけど、情熱を燃やして、爆発させて、それを表現する。空も遥も巻き込んででっかい大爆発を起こすのだ。

 食べ終わったアイスの棒は、花壇に刺して自然に返すことにした。三本の木の棒が花壇に刺さった。花や葉に隠れるように。

「さあ、じゃあいくよ。真ん中あたりに絵の具をたっぷりつけるから、そこを狙ってボールを蹴ってね」

「オッケーだ、茜」

 爆発は一つの色ではとうてい表現できない。何色も使う。何度もボールを蹴ってもらう。まずは、黄色にした。キャンバスの真ん中にべっちゃり黄色の絵の具をのせる。

「空、お願い」

 わたしは、キャンバスの横に控えて、次の色の準備をする。ばっしーんと壁にボールがぶつかる。ボールの中につまっている空気にも音が響いて、それがヒューンという音としてあとから聞こえてくる。空は、跳ね返ったボールを靴の裏で押さえた。遥が雑巾でボールにかぶせたビニール袋を拭いてくれる。

 勢いが大切だ。すぐにつぎの色の準備をする。つぎは青にした。キャンバスの真ん中あたり、黄色い絵の具の上に重ねて青の絵の具を塗りたくって合図する。空がボールを蹴りこむ。

 白も同じ。

 赤をやって、終わりにしよう。

 赤い絵の具をたっぷりキャンバスの真ん中あたりに重ねて塗って、少し離れる。最後だからボールがあたって絵の具が撥ねるところを見たくなった。少し離れながら、正面あたりに移動する。斜め後ろで空がボールを蹴る音がする。

 すぐに壁にボールが当たる。

 キャンバスの絵の具が飛び散る。

 おでこに衝撃をうけて、青空を仰いだ。

 あ、飛行機雲


 頭が割れそうに痛い。うめき声が出る。自分のうめき声を聞いて、そのことを認識した。わたしはうめき声をあげていると。

 頭に手をあてる。手触りがおかしい。ぬるっとする。手のひらを見ると、真っ赤だった。

「うわあっ」

 手を払ったら、甲をなにかにぶつけた。

「イッタいよ、茜」

 ぶつかったのは遥の膝だった。

「遥、なんですわってるの」

「茜は、寝てるよ」

「なんで寝てるの?」

 どうやら保健室だ。わたしはベッドに寝ていた。

「覚えてないの?三浦の蹴ったボールをおでこに受けて、のけぞって、そのまま倒れたんでしょうが」

「ああ、青空が見えた。のけぞったのか」

「バッカだねー。ボールが跳ね返ってくるのなんか、何度も見てわかってただろうに。なんであそこに立っちゃったかなー」

「いやー、ボールがキャンバスにあたるところを見ようと思ったら、つい」

「典型的な、あっさり事故死するタイプだね。他人が、なんでそんなことになったのかねーと首をひねる理由で死ぬ」

「まあまあ、そこまでいわなくても。ちょっとドジっただけでしょ?」

「いっとくけど、茜。のん気してるのはいいけど、あんた今わたしにしか見えてないから」

「どういうこと?」

「わたしは霊感が強いから見えるけど、ほかのひとには見えないってこと」

「え、なに?わたし霊ってこと?」

「まあね。手についた血みたでしょ?頭からあんなに血をだしたら助からないよね、普通。保健室で死んじゃってたんだね。体は救急車で運ばれていったけど」

「うっそ、まじ?」

「嘘に決まってんでしょうが。手についたのは絵の具。ボールについた赤い絵の具が、さらに茜の額についたの。それを手で押さえたから手にも赤絵の具がついたんでしょ?」

「そ、そうだよねー。うん、最初からそうだと思ってた」

「うそつけ。一瞬信じたくせに」

「信じてまいもん」

「まいもんって、頭検査した方がいいね。ろれつが回らなくなってる。後遺症が残るかも」

「後遺症ってさ、後に残る症状って意味だから、後遺症が残るって、意味がダブってるよね。頭痛が痛いと同じでさ」

「どうでもいい」

 そっか、われながらバカだなー。空の蹴ったボールがおでこに直撃したのか。あれ?なんかデジャブっぽいな。最近同じようなことがあったような。ダメだ、思い出せない。

「遥、キャンバスどうした?」

「茜がぶっ倒れるという偶然をキャンバスに反映中」

「それって、放置してるってこと?」

「平たく言えば」

「空は?」

 遥は静かに首をふる。

「三浦いってたよ?茜の額にボールをぶつけてしまって申し訳ないって。合わす顔がないから、一生茜には会えないって。だからかわりにわたしが」

「うそっ、うそでしょ?空はそんなこと言わないよね」

「思いっきり信じて必死になっとるやないかーい」

「う、うそ?なんでしょ?」

「わたしにイタズラ好きの中学生がキャンバスに水かけたり、ボールをぶつけたり、はがして踏みつけにしたりするのを止められると思う?」

 わたしは必死に首を振る。

「そういう役目を申し付けてキャンバス様をお守りさせているというわけだよ」

「遥ありがとう」

 わたしは起き上がって、その勢いでまた頭がジーンとするのをガマンしてベッドから抜け出した。

 保健室を出る。

 あ、靴どこだろ。聞いてくればよかった。

 玄関にそろえて置いてあった。つっかけて変なステップを踏みながら、片方づつかかとを靴に押し込む。

 玄関をでてすぐが外の水道だ。空がいた。よかった。

「ああ、茜。大丈夫か?」

「うん。キャンバスは?」

「その顔、大丈夫じゃない。絵の具をまず落とせ。絵は、こんな感じになってる」

 空が両手で紹介してくれる。

「うーん」

 乾くまえに絵の具が垂れて、いくつも下向きに絵の具の跡ができているけど、これは偶然だったり、勢いのせいだったりするから構わない。けど、ほかの欠陥が気になる。

「ダメか?」

「思ったより絵の具が広がらないものだなって」

「サッカーボールならこんな感じだな。壁にボール蹴ったときにできる泥のあとがちょうどこんな感じだから」

 ボールがキャンバスに当たった跡が円形にのこっている。まわりに絵の具が飛び散って模様を作っている。絵の具をたっぷり載せておけばボールが跳ね飛ばして、いっぱいキャンバスに広がると期待したのだけど、ボールの跡のほんの周囲にしか絵の具がのっていない。コンクリートの床に敷いた新聞紙にいっぱい絵の具が落ちている。こっちの方が面白い模様を描いているように見える。

 とりあえず水道の水で顔を洗って、すこしだけ絵の具を落とした。

「なんでこんな小さい跡しかできないの?」

「ボールが硬いからかな」

「えー。じゃあ、やらかいボールじゃないとダメなのかな」

「絵の具をまわりにとばすってことなら、跡の大きさは関係ないんじゃないか?それとも、この跡が重要なのか?」

「うーん、跡はどっちでもいいんだけど。絵の具がびぃやーと広がってほしい」

「水風船に絵の具いれて投げつけるとかは?」

「それじゃ、サッカー関係ないからダメだよー」

「サッカーが関係しないとダメなのか?」

「そうだよ。この作品はねー、いまのわたし自身を表現したいんだ。だから、空を表現するためにサッカーを取り込まないとダメなんだな」

「そうすると、ボールの空気を抜いてやらかくするってのもダメか」

「サッカーするときのボールじゃないとねー」

「壁をやらかくするしかないな、そうすると」

「壁、やらかくなるの?」

「そうだな。走り高跳びするときに跳んだ先に置いておくマットあるだろ。あれを壁の前に置いてキャンバスの布を貼りつけたら、やわらかい壁になると思うけど」

「キャンバスがよれちゃって、いい模様がでないかもなー」

「キャンバスを小さくするとか?」

「えー、絵をさらに重ねる都合があるから小さくしたくない」

「床にキャンバスを置いて上からボールを落とすのは、サッカーじゃなくなるからダメか?」

「ダメ。空が蹴ってくれないと」

「でも、もうアイデアは出尽くしたんじゃないかな。茜がどれかを選ぶしかないと思う」

「今日はここまでだね。よく考えてみる。また試作のときに手伝ってもらうことにする」

「はいよ。それより頭大丈夫なのか?」

「うーん。今日は帰って寝る」

「そうだな」

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