第16話 家にあがるとき靴下を脱いだら、お母さんが世界に絶望した顔をしていた。わたし悪くないのに。

 片づけをして、次の試合の学校のためにベンチをあける。みんなは校舎の軒下に荷物を置いていた。下はコンクリートだけれど、乾いている。みんなが着替えるのを背中を向けて待つ。

 一年生をつかまえて差入れを食べさせる。

「じゃ、このおにぎりのお重をもってね。みんなにひとつづつだよ?ズルしようとしたら大声をあげて、わたしがぶっとばすから」

「はい」

 大真面目に返事しないでよ。ぶっとばすなんてことしないよ?冗談だよ?前半の大声が効いているのかもしれない。やれやれ、サッカー部に伝説をつくってしまったか?

 わたしは、たまご焼きのお重をもつ。今回は出血大サービス。たまご焼きまでつくってきたのだ。

「茜、その足どうしたんだ?泥だらけだぞ?」

「ちょっと、わたしの足鑑賞しないでくれる?お金とるよ」

「まあ、いいから。足はなんでそんな泥跳ねらかしてるんだ?車で送ってもらったんじゃないのか?」

「あの、いま試合してる黄色のユニフォームがさ、水たまりの中走ってわたしの横通り過ぎてくから泥跳ねたんだよ。ぶっつぶしてやるって思ったけど、対戦相手じゃなかったから仕方ないね」

「いや、ぶっつぶすよ」

 空が怖い。暴力とかそういう意味じゃないよ?問題起こしたら大変だよ?

「次、あそことやるから」

「あ、そうなの?じゃ、わたしの仇をとってくれー」

「おお、まかせておけ。なっ?」

「ぶっつぶす」

 みんなが声をそろえた。なんでもいいや。やる気倍増効果があったみたい。

「すると、このおにぎりがよっちゃって形が悪くなっているのも、あいつらのせいなんだな」

「いや、それは。傘さして車おりようとしたときにお重を傾けちゃったから」

「あ、そっか」

 あれ?急に興ざめ?みんな黙っておにぎりに噛りついた。

 雨の中、わたしはお母さんの迎えを待つ。先生はおにぎりをつまんだあと早々に帰っていった。サッカー部のみんなはカッパを着て自転車で帰るんだけど、わたしの迎えがくるまで一緒に待ってくれた。

「みんな、色紙ありがとね。部屋にかざってるよ」

「おれたちも、茜の写真大きくして部室にかざってるよ」

「げっ、飾るのは勘弁してよ」

「だって、女神だからな。はずしたら悪いことが起こりそうだよな」

 うんうんとみんなして空に同意する。

「大会が終わるまでだからね。終わったらはがしてよ?回収にいくからね」

 不満げなはーいという声が聞こえた。

 お母さんの車が門をはいってきた。わたしはみんなに手を振って車に乗りこんだ。手を振って見送ってくれるのを窓から眺めて、試合に勝てたよろこびが込み上げてきた。次も勝ってまた元気に見送ってもらいたいものだ。

 家にあがるとき靴下を脱いだら、お母さんが世界に絶望した顔をしていた。わたし悪くないのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る