第3話 空の頭をなでたくなって、手を頭にもっていったら払いのけられた。

 わたしは、ジャージ姿の空と手をつないで歩いている。小学生だって、男子と手をつないで歩いたり、フォークダンスしたりするのは恥ずかしくて嫌がる。大丈夫だから手を放してと口まで出かかるけれど、やっぱり怖くて大丈夫じゃない。

 外で宙に浮いちゃったら、どうなるんだろう。ずっと高いところまでいってしまうかもしれない。宇宙に飛び出すなんてことはないよね。成層圏だっけ?なにか上空には熱い場所があるらしいから、死んで燃え尽きてしまうだろう。

 くもがふわふわのクッションならいいのに。宙に浮いて行っても、くもはただの水蒸気。わたしを受け止めてはくれない。そう思うと、広い空がおそろしくなってくる。すっごい高い場所に吊下げられているような気分だ。目線を下にして歩く。

 集団登校している小学生たちに冷やかされても耐えた。空は涼しい顔をして歩いている。道端に飴が落ちていて、アリがたかっていた。アリの行列ができている。人も虫も歩いている。わたしと空が手をつないで歩いていたっていいのだ。そうでもないか。

 空が途中、弁当屋でとんかつ弁当を買った。弁当をもってくれというから、店員からわたしが受け取る。そのままわたしが弁当をもって通学再開。弁当の袋からいい匂いが立ちのぼってくる。袋を鼻の先にもってきて、くんくんと匂いをかぐ。

 お腹すいた。それに、足が重い。疲れた。体重が軽くなったと言っても、三キロの重りが足についていたら、三キロの重りを上げ下げするのはわたしの足なのだ。もうちょっと、体全身に重さを分散させてほしい。

 思いが通じたのか、空が小さい公園にわたしを連れ込んだ。手でベンチのほこりを払ってくれる。けっこう紳士のたしなみを知っている。ハンカチはもっていないみたいだけど。

「はー、疲れた。空はこんなのつけていつも歩いてるの?」

 足を軽く上げて、立ったままの空にウエイトを見せる。

「練習のときだけな。意味あるのか知らないけど」

「あるよ。これキツイもん」

「鍛える筋肉とか、どういう鍛え方をするかとか、いろいろあるんだよ」

「ふーん。キツければいいってもんじゃないんだ」

「短距離走の選手とマラソンの選手じゃ体がちがうだろ。あれと同じだ」

「でも、どっちも女子は胸ないよね」

「知るか。早く食え」

「え。これ、わたしが食べるの?」

「そうだよ。朝メシ抜いてきただろ」

「とんかつとは、朝から重たいな」

「だからいいんだろ」

「ちがうよ。ダイエットしたから軽くなっちゃったんじゃないよ」

「食わないならおれが食うけど」

「いただきます。でも、半分食べる?」

「ああ、人が食べてるの見ると食いたくなるからな」

「わかった。じゃあ、こっちにすわって」

 空を左側にすわらせて、とんかつを一切れ口にもっていく。腕に重さがないせいで加減がむづかしい。とんかつは空の唇の横にくっついた。

「茜、おれは別に自分で食えるんだ」

 ウムを言わせずに、そのまま横にスライドさせて口に押し込んだ。空は口のまわりにソースをつけてしかたなしに、わたしにとんかつを食べさせられた。

「どう?おいし?」

「うまいよ。茜の手柄じゃないけどな」

「ん!おいしい」

 なかなかの厚みがあって、お肉がやわらかくて、衣もすこしサクッとする食感が残っていた。空は弁当についていたナプキンで口のまわりを拭いた。

 ごはんも食べる。あたたかくて、粒がしっかりしていて、ごはんもおいしい。

「はい」

 空にもごはんを食べさせる。今度は素直に食べさせられるにまかせてくれた。動物が自分の手からエサを食べてくれるのがうれしいという気分がわかった気がした。空の頭をなでたくなって、手を頭にもっていったら払いのけられた。

「なにしようとした?」

「頭をナデナデ?」

「自分の立場をわきまえたほうがいいぞ」

「ごめんなさい」

 空がわたしの頭をこぶしでグリグリと押さえつける。なんだか楽しい。

 弁当を半分づつ食べた。

「茜、どうだ?」

「うん、おいしかったよ。ごちそうさま」

「そうじゃなくて、体」

「体?ああ、うん。ちょっと重くなったかな」

「そうか、はい」

「はい?」

 弁当のレシート。わたしは首をかしげる。

「おいおい、弁当はおごりじゃないぞ」

「そうなの?じゃあ、半分あげたから、半分だすね」

「おれの間食代を食ったくせに、よくも」

 片手でわたしの両のほっぺをつまんで、口をアヒルにする。わたしはクチバシを開閉する。

「じゃあ、今度差入れするね」

「いや、いい」

 ほっぺが解放された。

「なんでー。わたしの差入れ食べなさいよー」

「いや、刺されそうだから」

「刺されるって。誰も刺さないよー」

「いっただろ、茜は人気があるんだって。確実に男子に刺されるよ」

「じゃあ、試してみよう」

「人の命をなんだと思ってるんだ」

「まあまあ、みんなに差入れすればいいんでしょ?」

「ああ、まあ、そうか」

 声のトーンがさがった。

「残念?」

「そんなことあるか!」

「空にはサクラデンブでハート描いてあげるね」

「やめろよ?そんなこと」

「あはははは、しーらなーい。お楽しみだよー」

 わたしは立ち上がった。ふわっと体が浮いた気がした。

「おわっ」

 声に反応して、空がわたしの手をつかんだ。

「びっくりした。でも大丈夫だったね」

「心臓に悪い。体がもとにもどるまで走ったりするなよ。おしとやかにな」

「おしとやか?それは無理な相談だなー」

 空はあきれ顔で応じた。

 わたしたちは登校を再開した。

「それにしても、なんでこんなことになったんだ?今は二十一世紀だぞ。こんな非科学的な現象が起きるなんて。中世の魔女みたいだな」

「なにそれ、ぜんぜんわかんない」

「茜、お前もしかして、中世からタイムスリップして、もとの茜と入れ替わったとかないよな」

「非科学的ー。ファンタジーの読みすぎじゃないの」

「おれは本を読まないけどな」

「そうなの?本は読んだ方がいいよ。頭よくなるんだから」

「そうか。じゃあ、夏休みになったら読んでみるか。吾輩は猫である」

「小学生かっ」

 わたしは歩きながら、まだ起きないのかな、などと往生際悪く考えていた。

 見上げると、やっぱりくもり空だった。空の手を強く握る。物語だったら絶対晴れているはずなのに。現実は厳しかった。やっぱりこれは夢じゃないかも。

 でも、いいや。となりに手をつないで歩く空がいる。なんだか、幼稚園くらいにもどったような気分だ。精神年齢が、じゃないぞ。

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