運命の日 4

 「わぁ、見てください。こんな重そうな岩も持ち上げられますよ!」


 そういってヴァージニアは泉の傍にあった大の男が数人がかりで動かせそうな岩を軽々と持ち上げて思案顔のレイチェルに突然備わった怪力を見せつけていた。


 「はいはい、分かりましたから、はしゃがないで下さい」

 

 恐らくヴァージニアに力を与えているのは、あのペンダントだろう。

 だが、ヴァージニアからペンダントを受け取ったレイチェルには全く何の恩恵も与えてはくれなかった。

 泉の仕掛けから考えても、あの異常とも言える力を引き出す条件は『魔力がない』で事で間違いないとレイチェルは確信していた。


 「魔力がない人に向けて残した? ですが、一体誰が……?」


 答えがあるとしたら今自分が持っている巻物、そして今の王家の物とは少し違う紋章だろう。あの紋章がどの家の物か判れば由来も明らかになるはずだ。それに、あの力があれば、もうヴァージニアを『無能』呼ばわりする者はいなくなるはずだ。そうレイチェルが考えていると――。


 「はぁ、面白かったです! でも返さなければならない物ですからそろそろ……」


 「今なんて言いました?」


 「ん、面白かったって……」


 「そこじゃないです! その後! 返すと言いましたか!?」


 「だ、だって、これはきっと大事な物なんですよ。だったらちゃんと正当な持ち主に返してあげなければ……。レイチェル、頭を押さえてどうしたんですか? ひょっとして風邪をひいちゃいましたか!?」


 「ずぶ濡れの姉さまに風邪の心配をされたくないです。全く本当にこのお人よしのおバカさんは……」


 今まで魔力がないと馬鹿にされてきたのを見返すチャンスをあっさりと捨てるという理解しがたい言動をする姉を珍獣を見る目つきでみてレイチェルはため息をついた。


 (そう、こういう人なんですよね。なんでこんな人がエイルムスというクズから生まれた落ちたのやら)


 レイチェルはこれまで姉とは父も違う赤の他人なのではないかという疑いを何度も抱いていたがその思いは益々強まった。

 母と無理やり引き離され、荒んでいた自分に笑いかけてくれた姉。

 暴力を伴う激しい拒絶、更にヴァージニアに魔力がないと知り何度も(今では自責の念から思い出したくもない程の)心を抉る様な罵倒をした自分に手を伸ばし続け抱きしめてくれた優しい姉。

 父、いやウルフェン家の全てが憎いレイチェルだが、ヴァージニアにだけは家族としての親愛の情が生まれていた。


 (本当に姉さまは私の想像の斜め上を行く人ですね)


 それが楽しくもあり、そして厄介でもあるのだがとレイチェルは声に出さず、代わりにまたこれ見よがしにため息をついて見せる。


 「ええ、何か間違った事を言いましたか!?」


 「間違っています。何もかも大間違いです!」


 「そ、そんなぁ~」


 落ちこんで涙目になっているヴァージニアにレイチェルは自分の考えをゆっくりと述べ始める。

 

 「姉さまは返すといいましたが、まずそれが正しい事か分かりませんよ。これ見よがしに紋章が記されていますから、何処かの由緒ある一族が隠したのは間違いないでしょう。でも、ここに隠す意味が分かりません。魔力の泉は神聖な場所として常に中立、特定の家が管理するはずがないんです。ですから、もし自分の子孫に残すのなら他のその一族ゆかりの場所を選ぶはずです」


 「たまたま他に場所がなかったとかじゃ……」


 「却下です。あんな大がかりの仕掛けを作るだけの人材を用意していたのですよ。箱はここに隠さなければならなかったのです。仕掛けが作動するカギとなる存在を見つけ出し確実にその人の手に渡るようにするにはしかなかったんです!」


 「それが私? いえ、もしかしたら代々魔力の低い家系が……」


 「この魔力の質を重視する王国で、わざわざ魔力の低い子を望んで生み出し続ける奇特な家があるわけないでしょう! 例えあったとしても力をもたらすペンダントを第三者の為に手放す理由がないです」


 「ほら、遺産争いとか色々面倒な事があって……」


 「却下です。特定の誰かに残すのなら魔力だけでなく血にも反応するようにするはずです。明確に継がせたい相手がいるのなら絶対にそうするでしょう」


 「えっと、それはたまたま私が血を引いていたとか……」


 「なら、姉さまが貰っても問題ないですよね。姉さまは正当な後継者なのですから♪」

 

 今まで見たことのないほどの輝やかんばかりの笑顔を見せるレイチェルに上手く誘導された事にヴァージニアが気づいた時には後の祭りだった。


 「でも、でも……」


 「まぁ、詳しい事情はこの巻物に書かれているでしょう。それをみてから判断するとして……問題は助けがいつ来るかですね」


 唯一の出入り口にみっちりと詰まっている土砂を見てレイチェルはため息を漏らした。

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