第二章7 『明智光秀への依頼』

「おおー、すっごくおっきいわね!」

「まあ、そりゃこの街一番の興行施設っちゅうぐらいだしのう」


 数日後、あし等は国戯館へ足を運んどった。

 そこは円形の西洋風の建物じゃった。建物の縁にくっつくように塔がいくつか建てられとるのは物見やぐらを意識してのことじゃろうか。外壁は白く、球体の上部分を切り取ってつけたような屋根は赤い。

 ぱっと見た感じ、ユウロッペの街に混ざっていてもおかしくないような外観じゃ。


「……この中で行われてるのね。えーっと……にんじん……」

「『人神混合超総合格闘技大会』じゃな」

「そう、それよそれっ! ったく、無駄に長いのよね。もっと覚えやすい名前にしてくれればいいのに」

「あしに言われてものう。……とりあえず今日は」

「思いっきり楽しみましょ! んふふっ、観戦とか初めてだから、すっごく楽しみ!!」


「……あしが言うまでもなかったのう」

「ほら、早くしないと置いてくわよ!」

 駆けだしたトウフウの後を追い、あしは中へ入った。




 コロッセオに似せて作られたかのような、円形の会場。

 その最後列の座席にあし等は陣取っとった。

「うわぁっ、ものすっごい盛り上がりねっ!」

 トウフウが声を張り上げるように言った。

 あしもぶっちゅう声量で返す。


「そうじゃのうっ。地元の祭りの会場だって、こんなに人は集まらんっ!」

「えーっ、なんて?」

「地元の祭りもっ、こんな人は集まらんちゅうたんじゃッ!」

 ほぼ怒鳴る調子で言って、ようやくトウフウは「へえ、そうなんだッ!」と返事をよこした。


 ここ国戯館は、一万をも越える人数を収容する超巨大施設。しかも観客のほとんどが尋常じゃなく大声を発しとって、会場内は蜂の巣をつついたようなざわめきに常に満たされちょる。そのせいで近くにおっても、声を張らんと何を言うとるのかわからんのじゃ。

 天井に取り付けられた照明は太陽をそのまま持ってきたんかっちゅうほど明るい。それが余計に人々の感情を昂らせとるのかもしれん。

 最後列の席じゃき大して気にならないが、最前列の人達は眩しくないんじゃろうか。


 まあ、ほがなこと気にしちょっても仕方ないかとあしは目線を“すてぇじ”っちゅう高台の上へ移した。

 そこでは大太刀を肩に担いだスサノオともう一柱、ヤマドッサンっちゅう衣笠姿のこんまい神さんが向かいあっとる。

 ヤマドッサンは傘を深うかぶっちょるせいで顔がまったく見えず、蓑から伸びた脚は毛が濃ゆく、草履すら履いとらん。なかなか風変わりな出で立ちをしとった。


「あのヤマドッサンって神さん、なんか薄気味悪いわねぇっ!」

「じゃけんど、書契者もおらんのに実力者って言われとるんじゃろっ? きっとしょう(すごく)強いんじゃか!?」

「そうは見えないけどね!」


 そこにもう一人、のしのしと審判のいかつい赤鬼がやってくる。やっこさんは火の玉、つまり我が国の国旗を手に、両者を見やった。

「準備はできてごわすか?」

「ああ、いつでもいいぜ!」

 威勢よく怒鳴るスサノオとは対照的に、ヤマドッサンは声も発さず一度小さく首を縦に振っただけだった。


 それを確認した鬼は国旗を振り、何やら唱えるような調子で両者を呼びあげた。

「かたやぁ、スサノオ。こなたぁ、ヤマドッサン」

 二人は各々の構えを取り、相手を睨みやる。

 赤鬼は一際ぶっとい(大きい)声で、

「バッキャロイ、オコッタァッ!」

 と叫んだ。


 やにわにスサノオが跳躍するかのように踏み込み、ヤマドッサンの目前に迫る。その動きはまさに雷が瞬いたかのようだった。

 ヤマドッサンは蹴りを放って反撃を試みたようやが、スサノオの方が遥かに速かった。

 光速と呼ぶにふさわしい刀の一閃がヤマドッサンの土手っ腹に突き刺さった。血が出ていないからおそらく峰打ちだろうが、その一撃によって勝敗は決した。

 そのちっこい体は高台の端から転げ落ちて、観客席に突っ込んでいった。


「場外っ、そこまでぇッ! 勝者、スサノオぉおおッ!」

赤の声に観客席がわっと沸き上がる。

「はっ、情けねえなあ。もう終わりかよ」

 スサノオは物足りなさそうに大太刀を振り回し、その余裕綽々な様子にますます観客は黄色い声を上げるのだった。


「なんかアイツ、すっごい人気ね」

「流星のごとく現れた新人が無敗で連勝を重ねてるんちや、そりゃ人気も出るじゃろう」

「ふーん。自分なんて弱いって言ってたくせに」

 頬杖ついて頬を膨らませるトウフウ。


 あしはぽんぽんと頭に軽く手を置いて言ってやる。

「強さだけが魅力の指針っちゅうわけじゃないじゃろ」

「えっ、あたしって魅力的!?」

「……そげなことは言っちょらん」

「ぶう、ケチ」


「そう拗ねんで。ほれ、行くぞ」

「行くって、どこに?」

「決まっちょる。スサノオのところじゃ」


 歩き出すと、遅れたトウフウが慌ててついてきた。

「ちょっ、ちょっと待ってよ。どうしてスサノオのところに?」

「次があの青龍……亮大との対戦じゃからじゃ」

「それは知ってるけど。もしかして、激昂しに?」

「半分正解じゃな」

「他にもなんかあるの?」

「もう半分はこれちや」


 あしは風呂敷から一冊の真新しい和装本を取り出した。

「何それ? つい最近、買ったものっぽいけど」

「青龍と亮大についてあしなりにまとめたもんじゃ。敵を知り己を知れば、ってのう」

「ふーん。ずいぶんスサノオに優しいのね」

 どことなく声に嫌味っぽい響きがあったような気がした。


「なんじゃ、トウフウは青龍と戦いたかったがか?」

「そんなわけないじゃない! 継愛と駆け落ちして地の果てまで逃げたいぐらいよ」

「……駆け落ちの意味わかっとるんかおまんは。っと、ここじゃな」


 あしはスサノオの控え室を見つけてノックした。

「誰だ?」

「あしじゃ。ちっくと話があってきた」

「優男か」

「あたしもいるわよ、二人きりになれるなんて思わないことね!」

「ああ、小娘もか。入っていいぞ」

 トウフウが「何よ、余裕ぶっちゃって」とわけわからないことを呟いていたが、気にせず中に入る。


 室内は高級旅籠の一室並みに広く、きれいに掃除されていた。畳も真新しく思わず寝転がりたくなってしまう。

 草履が一足しかないということは、ここはスサノオの個室なのだろう。新人にしてはかなり優遇されているらしい。

 スサノオは口辺の広い萩焼の茶碗を手に、畳の上に胡坐をかいて座っていた。


「おう、よく来たな。まあ適当なところに座れよ」

「んじゃ、遠慮なく」

 あしに続いてトウフウも上がる。

 彼女は相変わらずの仏頂面だったが、机の上で山となっている饅頭を見た途端にぱっと顔を輝かせた。


「わっ、何これっ、すっごく美味しそうじゃない!」

「食いたいなら食っていいぞ。俺様は甘いのは苦手なんだ」

「んじゃっ、遠慮なくっ!」

 両手にまんじゅうを持ち、ガツガツ食らい始めるトウフウ。ああ、こういうのを遠慮なくっちゅうんじゃなと、ちっくと関心してもうた。


「んで、優男。用件はなんだ?」

「次の試合相手、青龍達についてじゃ」

「ああ、そういやそうだったっけな?」

 忘れた風を装っていたが、名前を聞いた瞬間に瞳の奥に宿った鋭い光が、それが単なる振りだっちゅうことを暗に表しとった。


「自信はどんなもんじゃ?」

「決まってんだろ。お前の方こそ、書字者とやらの試験はどんな感じなんだよ?」

「信長が死んだ直後の秀吉並みの調子じゃな」

「余裕はねえけど、決して負けはしねえって感じか。そうなると明智光秀はあの青龍共になるってわけか?」

「できれば、おまんが明智光秀になってくれるとありがたいんじゃがな」


 一瞬スサノオは考え込んでいたが、やがてニヤリと笑い。

「なるほど。信長が死んでくれた方が、天下布武がやりやすいってわけか」

「まあ、そういうことじゃな」

 あしも笑みを返し、饅頭を一つ失敬した。


「となると残るは本能寺の場所だが?」

「決まっちょる。あの“すてぇじ”で、信長を討ち取ってほしいんじゃ」

「意外だな。あの時の剣幕を見る限り、自分自身でぶん殴ってでも反省させてやりたいって感じだったが」

「まあ、自分だけなら、のう……」


 あしは饅頭に舌鼓を打っとるトウフウを肩越しに見やった。

 スサノオは「なるほどな」と頬杖をつき薄ら笑った。

「わかった。俺様が信長の野郎を片付けといてやるよ」

「恩に着る」

「話はそれだけか?」

「いや。実はあしの方で青龍と亮大のことについて情報をいくつか仕入れてきたんじゃ」

「情報だあ?」


 あからさまに不機嫌そうに眉根を寄せるスサノオ。

「んなもん、戦うのに必要ねえだろ」

「己を知り、敵を知ればなんとやらじゃ。それに必要はなくとも、別にあっても邪魔にはならんじゃろ?」

「まあ、そりゃそうだが……」

「じゃあ、茶を飲むついででいいから耳を傾けとくれ」

「わあったよ」

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