第3話 隣の席の梨彗君

【暁さん視点】


 隣の席の梨彗君はいつも一人だけど物腰が柔らかく、話していて楽しいクラスメイト。


 そんなふうに考えていた時期もありました。


 今朝、昇降口で舞花に拘束されていた私が開放されたのは遅刻生を急がせる先生のおかげでした。

「朝からお前たちは何をやっている」と先生には呆れられ、一年生のフロアである四階まで駆け上がったせいで朝から息絶えだえですが。


 私は委員長として生徒の模範となくてはならないのですが。息を切らし、ホームルームを告げるチャイムと共にドアを乱暴に開け放った私は果たして委員長なのでしょうか?


「……お、おう。暁が時間ギリギリなんて珍しいな。遅刻ではないから早く席につきな」

「あ、ありがとうございます」


 先生の前を屈んで進み窓側に辿り着くと1番後ろの席にある私の席に向かいます。

 その際、隣の席の梨彗君と視線がぶつかり、彼はスーッと視線を逸らしました。疚しい気持ちの表れでしょうか?


「梨彗君おはようございます」

「あ、おはよ……」


 それだけ零すと、彼はもう話すことはないとばかりに外を眺め始めました。

 これは黒いですね。


「暁ほんじゃあ挨拶頼むわ」

「は、はい!」


 すっかり忘れてしまっていた委員長業を思い出し、私はリュックを足元に置いたまま「起立」と号令をかける。


 ガラガラと音を立てて周りが立ち上がり、当然梨彗君も立ち上がります。周りが皆立ち上がったことを確認し「気をつけ、礼」と言ってホームルームが始まりました。


 とは言っても今日は特に話が無かったらしく、ものの数分で終わり一限までの時間がかなり空いてしまいました。

 一限目の古典の準備を机上に揃え友人の元へ……は行かず今日は梨彗君を観察することにしましょう。もし、梨彗君が性に溺れた肉食獣ならば、少しでも対策が出来るように何か弱みを握っておかないと。


 普段はしないのですが、机に突っ伏し寝たフリをして梨彗君をじっと見つめます。

 その際机の僅かな冷たさが私の温まった体温を適度に冷ましてくれます。あまりの気持ちよさに眠たくなりますが、そこはグッと堪えました。



「ーーん。暁さん」


 肩を叩かれ目を覚ますと、どこか落ち着きのない様子の梨彗君が私を見ていました。そんなに慌ててどうしたのでしょうか。私は朦朧とする意識の中、体を起こすと厳しい事で有名な古典の先生がこちらを物凄い形相で睨んでいました。ん? 睨まれてる!?


 時計を見れば一時間目が始まっているではないか。


「起立ッ!!」


 くすくすと周りの笑う声が今日に限っては鮮明に聞こえてくる。恥ずかしい。


 ……私は委員長。

 クラスの模範となる生徒です!



 ☆彡



 観察。弱みを握る。私は負けない!


 そんなことを息巻いて始まった月曜日の朝。

 しかし、現実は厳しく、一限目を除いた全ての授業が移動教室でありその全てで梨彗君とは別の教室。


 まずい。このままだと私は対抗ひとつ出来ず梨彗君に凌辱され……ッ!


 考えがいけない方向に向かったところで私は首を横に振ってその全てを振り払う。


 時刻は四限の授業を経て四十分の昼休み休憩中に入ったところ。正面に座る舞花と弁当を広げながら放課後のことを考えていた。


「いっそのこと梨彗君の彼女になっちゃいなよ」


 舞花がとんでもないことを言い始めました。


「愛のない恋人なんてやーだよぅ」


 私はそれを全力拒否。

 だって恋人はじっくりコトコトなるものだから。

 共通の好きなものがあって、お互いの秘密を知っても認め合えるような仲でありたい。無言で過ごす二人の時間が心地いい関係なんてのもいいなぁ。


 舞花の視線を感じて見てみれば隠しきれないにやけ顔でこちらを見ていた。


「な、なに」

「いやぁ。相変わらず春ちゃんはロマンチストだなぁと思って」

「しみじみ言わないで。あと、おじさんくさいよ」

「春ちゃんのぴゅあぴゅあ恋愛を間近で見ていられるならおじさん扱いされてもいいも〜ん」

「ぴゅあぴゅあじゃないし!」


 そう言って私はお弁当の卵焼きを一つ口に放り込む。ご飯が進まない甘い味付けが口に広がった。


「でもさぁ実際問題どうするつもりなの?」

「舞花ちゃんにボコボコにしてもらうとかはどう?」

「それは最終手段だよ」

「最終手段なんだ」


 冗談で言ったつもりだったが彼女の中ではその選択もあるらしい。

 格闘技を齧っている舞花はそんじょそこらの男性よりかは強い……と思う。少なくともクラスの男子に負けることはまず無いだろう。


 口では彼女なんだの言いながらもちゃんと考えてくれるのが志道 舞花という友人だ。


「いっそのこと昔の春ちゃんに戻ってみるというのは?」


 藪から棒に彼女はなんてことを言い出すんだ。

 それは梨彗君と付き合う以上の悪手だと言うのに。


「今は冗談言ってる時じゃないから」

「冗談のつもりじゃないんだけど?」

「それはもう最悪だよ」


 昔の私。

 それは思い出しただけで死にたくなる黒い思い出。


 こうも鮮明に思い出してしまうのは今朝同封されていた写真の影響か。


 そう考えていた所で鞄から携帯の通知音が鳴った。


 今は舞花と話している最中なので、緊急の案件か否かを確認するために画面を開く。こじれる前のキレイな私と舞花とのツーショットが画面一杯に表示された。その中央、映し出された文字を見て私は目を見開いた。


『初めまして。梨彗 逢斗の妹です』

 という一文と添付された一枚の写真。


 すぐさま携帯のロックを解きメッセージアプリを起動する。

 送り主の名前は『やみ』というらしく彼女を現すアイコンは何故か一面黒一色だった。そして送られた画像を見て私はこの人物が本当に梨彗君の妹だということを確信した。こんな写真を撮れるのは親族以外ではありえない。


 放課後に近づくにつれて不安は募る一方だったが、この写真と舞花がいればなんとかなるのではないだろうか。


 昼休みと同時にいなくなった梨彗君の席を見て私は笑みをこぼした。














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る