一話 僕の決意

それは僕が暁さんに振られる日の前日のこと。



「どうしたものか......」


ベッドに寝転がる僕は手に持つ一枚の写真を見上げ、そんな言葉を漏らしていた。


頭を横にこてんと倒せばそこには一枚の白い便箋があり、それは僕が悩みに悩んだ末に書ききった一枚のラブレターだ。


今日は日曜日で、今の時刻は夜の十二時を回っている。


普段なら睡魔と戦う時間帯となっているが、今は緊張と興奮が重なってか、自分でも驚くほどに目がさえていた。


「ん~~~~」


だが今の僕にとってはそれが苦でしかない。


玉砕覚悟で好きな人への告白を控えた前夜。

高校一年、梨彗 逢冬(15歳)は悶々とした時間を過ごしていた。


「にいさん今いいですか?」


コンコンと扉を叩く音と共に聞こえてきた声に僕は肩をビクッと振るわせた。


「や、やみか。どうした?」


僕はできるだけ平静を装いつつ手に持つ便箋と手紙を枕の下に忍ばせる。


「いえ、起きていられるならば問題はありません。とはいえ珍しいですね。にいさんがこの時間まで起きていらっしゃるのは」

「あっあぁ。ちょっと今日は眠れなくってね」

「そうなのですか。よろしければ私が添い寝してあげましょうか?」

「高校生にもなって妹と寝るのはお兄ちゃん少し恥ずかしいかなぁ」

「ふふふ。恥ずかしがらなくてもいいのですよ? 私、口は堅い方ですから」


軽い冗談を挟んだ他愛もない家族の会話。

だけど、僕が彼女に抱く思いは家族愛と恐怖心の二つだった。何故かは分からない。強いて言うなら第六感だろうか。決して相入れるはずのない二つを思わせる彼女と話すことが僕は苦手だった。


「なんだか眠くなってきたから今度お願いすることにするよ」

「にいさまは本当に恥ずかしがりやさんですね」

「弥美はもう少しお兄ちゃん離れした方がいいと思うけど......」

「私はにいさまのこと、大好きですから。無理な相談です」

「あはは。お兄ちゃん困っちゃうなぁ」

「くすくす。おやすみなさい、にいさん」

「うん。おやすみ」


階段を下る音が小さくなり、リビングのドアが開く音と母を呼ぶ妹の声を聞き僕ははぁ、とため息を零していた。


「ふあぁ......ねむくなってきた」


肩の荷が下りたおかげか、緊張がほぐれたおかげか。先ほどまで感じなかった睡魔がどっと圧し掛かってきた。


ボーっと時計を見るともう少しで短針が一の場所に差し掛かろうとしていた。


ベッドから足を下ろし電気を消しに行こうとすると、枕の下に隠した二つのものを思い出す。


あぶないあぶない。

ラブレターはまだしも、拾った写真がぐちゃぐちゃになったら告白どころじゃなくなるところだった。


欠伸を噛みしめながら二つを取り出し机に置いたところで、猛烈な睡魔に襲われた僕は電気を消すことも無くベッドに潜り込んでいた。




☆彡




すーすーと規則正しい寝息と、カチカチと小さく奏でる時計の音だけが支配する一室にキィという音共に一筋の光が差し掛かった。


姿を現したのはピンクと白色の可愛らしいパジャマを身にまとった少女ーー弥美だった。


彼女は逢冬の横を通り過ぎ机の上にある二つのモノを見つけると、僅かに口角がつり上がっていた。

迷いのない手つきで便箋の封を開き内容を黙読すると、先ほどよりも深くどこか恐ろしさを覚える笑みを浮かべるのだった。




☆彡




「んん......うるさい」


ピピピピ、と耳元で鳴り響く目覚まし時計を叩いて止め時刻を確認する。


デジタル時計には6:30と記されていて、普段より早い時間に起きたことへの疑問を抱く。しかし。直ぐに今日は告白の日だったと思い出す。


欠伸を噛み殺し瞼をゴシゴシと擦りながら階段を降りると、そこには朝ごはんの支度をする母の姿があった。


「お母さんおはよ~」

「おはようあいとーーって、こっち来る前に顔洗ってシャキッとしなさい! ほらほら」

「ふぁ~い」


冷たい水で目を覚まし、ボサボサになった髪の毛を整えてリビングに戻ると二人分の食事を済ませた母が椅子に座って朝のニュースを見ていた。


「あれ、弥美は?」

「あの子は風邪をひいたみたいだから部屋で寝てもらってるわ」

「へぇ今日は傘を持っていくことにするよ」

「まったくよね。珍しいこともあるものだわ」


食事を済ませ制服を身に纏った僕は学校に行く準備をしようとするのだが、ここで問題が生じてしまう。


昨日机に置いておいたはずの写真が無くなっていたのだ。


僕は慌てて部屋を探すが写真は何処を探しても見当たらず、結局写真は断念することとなった。


朝から幸先の悪い話だが今日は一世一代の告白の日だ。申し訳ないけど写真のことは一旦忘れよう、と強引に気持ちを切り替え、僕はリュックを背負い家を出たのだった。




☆彡




僕の通う学校は自宅の最寄り駅から四駅とかなり近場にある高校だ。


ふだんならカップルや友達同士で皆がワイワイしている中を一人ポツンと歩くのだが、今日は早めに出たこともあり、僅かな人数しか目につかなかった。


いつもより二十分程早く学校に着いた僕は手紙の相手である暁さんの下駄箱前に立っていた。


暁 春。

クラスの学級委員長であり生徒会の末端として日々クラスのため学校のために尽力を惜しまない女子生徒だ。人柄は良く頭もいいが、運動が少し苦手でドジな一面がある。身長が150センチと平均をかなり下回っていることがコンプレックスらしいが、クラスの女子からは非常に可愛がられていた。


そして僕もその一人だ。


彼女の優しさに健気さに心を打たれ、こうして今ここに立っている。


息を吸い、吸った以上の量を吐き出す。

人生初の告白だ。今から告白するわけじゃないのに心臓はうるさい程に脈を打ち、手には薄っすらと汗が滲んでいる。


もう一度大きく深呼吸した僕は覚悟を決め下駄箱にラブレターを少し強引に突っ込んだ。


すると後ろから聞き覚えのある声がして僕はそそくさと物陰に隠れる。


息を殺してそっと声のする方を伺うと、そこには下駄箱にあるラブレターを手に持って恥ずかしがる暁さんの姿と、そんな暁さんを弄る志道さんの姿があった。


もう後には戻れない!


腹をくくって教室に向かおうとすると既にチラホラと生徒が登校していたらしく僕のことを奇異なものを見る目で見ていた。

どうやら緊張のせいか体内時計の感覚が狂っていたようだ。


僕は何食わぬ顔でその場から去るようにして逃げた。


だから僕は気づくことが出来なかった。

暁さんが照れた表情の後に見せた青ざめた表情を。





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