終焉の後に

酔いどれ森の石食い鬼――前編


 吹き抜ける早朝の風が濃い酒の香りを連れている。

 人も獣も魔物も、花たちもケラケラと笑いフラフラと酔いどれる。

 酔いどれ森のあちこちから湧く酒は魔素を含んでいるが、あの最後の大災害の日から徐々に魔素の量は減ってきている。


 あの日からひと月が経ち、酔いどれ森と人間たちとの関わり方はかなり変わった。

 何と言っても、アズマ国の城主が幼い息子に変わった事が大きい。息子は巫女に謝罪し、巫女が必ず不自由なく暮らせるようにすると約束した。

 巫女もそれを受け入れたが、体が不安定で人の姿だったと思えばすぐに青炎龍になったりする。なのでせっかくゲンが完成させた『人の姿を与える腕輪』を、キビキは巫女に譲る事にした。

 だからキビキは、今日も熊の外套を羽織って走る。


「おぅ、キビキ。今日も行くのか?」

「あぁ、ヨネジ。当然だろ? 今はどこも人手が足りないんだからな。ちょっと木材運びを手伝いに行くんだ」

 キビキがそう言って笑うのを見ると、ヨネジはいっそう嬉しそうに言う。

「早く帰って来るようにな。昼までにはシッコク城の城主が来るんじゃからな」

「すげぇ爺さんなんだろ? わざわざ来なくていいんだよ。別に、怒ってないし」

「これは城の方の都合なのじゃ。ケジメを付けねばならんのでな」

「それじゃあ仕方ねぇな」

 キビキは答えてから、今日の約束であるミバナ国に向かう。


 その前に、とキビキは葡萄酒の湖に立ち寄る事にした。底が抜けてしまったけれど、湖は今もある。たくさんの人間たちが魔法を使って補強してくれたのだ。

 湖は今、巫女のいた神域を底に沈めてより深く大きな湖となった。透き通る美しい赤色が、思い出を優しく包み込む。

 その横には宣言通り、モロコの店舗があった。


「おい、モロコ!」

 かつてキビキの家だった魔物、ムギ。キビキが入り口に立つと、ムギは枝先を垂らしてきて遊んでくれとせがむ。

「あとでな、ムギ」

「なんだい? アタイはシッコク城の城主様に売りつける商品の準備で忙しいんだけどね」

「天馬たちの傷薬を買いに来たんだけど、あるか?」


 モロコは「それなら」と言いながら机の下からひょっこりと顔を出す。

「サツマのとこのあの若いの、あれが卸していったばかりさ。けど、そのまま自分で治療しに行ったよ」

「あぁ、それならいいか」

 キビキは答える。そこへ強い風が吹き、キビキのフードを脱がしていく。


 キビキは魔物になった。体を覆う宝石の中に魔物石が混じっている。けれど何らの不都合もキビキは感じていなかった。

 ゲンや仲間たちがいつもと何も変わらないからだ。


「しかし、この森も変わるのかいねぇ? せっかくアタイの独占市場だったのにさ」

「せこい事を言っていると商品を作ってやらんぞ」

 急にそんな声が聞こえた。キビキが振り返ると、そこに居たのはゲンだ。ゲンは大きな箱を抱えている。


「冗談だよ。変わらない物なんかありゃあしないんだからさ。それ頼んでた魔具かい? 仕事が早くて助かるよ」

 モロコが目を輝かせて、ゲンの持って来た箱に飛びつく。その中には、あの時に魔素を閉じ込めたたくさんの雹から作った首飾りやらベルトなんかが入っていた。


「ゲン、一人か?」

 キビキが聞くと、ゲンは「息子なら工房で短剣を作らせている」と答えた。

「へぇ、ちゃんと教えてあげてるんだ? すっげぇ喜んでるだろうな」

「あぁ。長生きするんだって、水がわりに光酒を飲んでるぞ」

「なんだそれ」

 三人で笑い合い、それからキビキはミバナ国に向かった。

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