第5話『襲来』

『…………』


 もう、なにも聞こえない。そのクロ助だった獣の亡骸はカードを一枚遺して、灰になった。


 その灰は風に紛れて飛んでいった。その様子を呆然と眺める僕の隣で手を合わせて瞑目するアルカが、苛立ち紛れに言った。


「せめて手くらい合わせないよ。クロウ」


 僕の横に降り立ったカラスが数匹、火を眩しそうに眺めてガアガアと鳴いている。


「……さっきの人は、クラウンズの人だったっぽい」


「クロウ?」


「大丈夫、やり返そうとかそういうのは思ってない。思ってないよ」


 大嘘だ。本当は殺してやりたいと思っている。クロ助はここ二年ずっと一緒に居た、何者にも代えがたい親友のように思っていた。


 だけど、クロ助は最後に『逃げろ』と言った。


 たぶん、クロ助にはそいつから逃げなければいけない相手に見えていたのだろう。墓守のじいちゃんを殺した後、僕やアルカの方へと狙いを定めると思ったのだろう。


 だから飛び込んだのだろう。クロ助は頭が良いから、死ぬと分からなかったなんてはずはない。


 じゃあ僕はどうすればいい。立ち向かってクロ助の死を無駄にすることは、賢明とは言えないだろう。


「なぁ、じいちゃん?」


「……なんだ」


 墓守のじいちゃんも、火を眺めていた。墓守のじいちゃんはクロ助をかなり気に入っていたみたいだったし、庇われたことを何も思わない訳がない。


「あのさ、さっきの人は誰?」


「さてな。ジョーカー狂いの大馬鹿の一人だろうがな」


「ジョーカー……狂い?」


「あれはジョーカーのカードに取り憑かれた阿呆どもの集まりじゃろう。くらうんず、と名乗ったか」


「知っ──「知ってるの!!?」


 アルカが僕の言葉に被せるように話題に食い付いた。僕も、墓守のじいちゃんが知っているのは驚きだった。


「……儂はよそもんだからどんな奴らか知っとるが……知っとると言っても表層的な所だけじゃぞ」


「それでもいいの、おじ様!! 教えて!!」


 アルカが墓守のじいちゃんの手を握りしめて、ぐいと前へ出る。それほど興味があるなら仕方あるまい、と墓守のじいちゃんは満更でもない様子で語り出す。


「奴らはジョーカーの保護を謳ってる集団らしい」


「それは知ってる、盗み聞きしたから」


 アルカは悪びれもせずに言う。盗み聞きしたのかよ、それ……と視線を送ったら睨まれた。


 何よ、文句ある? といったところだろうか。おー、こわこわ。


「じゃが、保護をするのはジョーカーのカードだけなのじゃ。それ以外はどうでもいいと思っている。だから、周りを脅して、壊して……。そんな奴らじゃと、噂でな? ま、この村にはそれすら知らぬものしか居ないがの」


「「…………!?」」


「何より、このような辺境では未だにジョーカー自体災厄の元と見られがちじゃしな。それが狙われたところで、然して抵抗は無いじゃろうな」


 ────


 その言葉が脳裏に甦る。確かにそんな厄ネタ、どうなったところで気にするところではない。


 だからひょっとして、いい奴らなんじゃないか?


 そういう疑いが僕のなかで生まれた。だって、不吉なものを持っていって貰えるのなら、いい奴らであるかもしれない。何でそんな不吉なものを欲しがってるのかが不思議ではあるものの。


「だが、そもそもジョーカーってなんじゃと思う? のう、クロウよ」


「不吉なカード、じゃないのか?」


 墓守のじいちゃんは瞑目して、指を振る。違うと言わんばかりに。


「あんなもの。単なるトランプカードの一枚じゃよ。ただちょっと特殊なだけじゃよ」


「ちょっと特殊なだけ……?」


「カードの仕組み。覚えとるか? 五十二種のカードしか持てない、というのは」


「同じマークのカードは二枚持てない、だっけ? たしか、同じ符号のカードは能力の交換は出来てもそうしたら元の効果が消えちゃうってやつ? 知ってる知ってる」


 答えたのはアルカだ。僕は二枚目のカードを持つつもりがなかったからあんまりちゃんと覚えてなかったのだ。


……それだけじゃ。ただそれだけで不吉と謗る因習が生まれとるだけじゃ。それでどこに不吉な要素があるものか」


「なんか、おじ様……怒ってない?」


「……過去の事じゃ。今はなんとも思っとらん。今に何か思うことは、儂自身に許しとらん」


「えっと……」


 この口ぶり。昔、墓守のじいちゃんにジョーカー絡みの何かがあったことは確実だろう。アルカはそれも気になるのか、聞こうとしたところで当の墓守のじいちゃんから遮るように言う。


「そんなことを知らんでもよいじゃろう。それよりも、クロウ」


「……なに?」


「あの子……?」


 ────その言葉で、僕の中で今日の一連の出来事が完全に繋がった。


「じいちゃん、クロ助のトランプは?」


「ここじゃよ」


「ありがとじいちゃん!! 行ってくる!!」


 墓守のじいちゃんからクロ助のカードを受け取る。そして僕は悪魔書庫の方へと走り出した。


 ◆


「アルカ、ついていくかどうかは君次第だが……君はおそらく、クロウについていった方が良いだろうよ」


「いや……マギアって人。女?」


「そうじゃよ」


「ふーん……」


「乙女心は大変じゃな」


「別に。クロウは両親居なくて大変でしょ。村長の娘が気にしてあげないと駄目だから」


「で、一度家に戻るのか」


「そう。パパに色々聞いてくる。カラスちゃんたち、伝書カラス頼まれてくれる? んじゃ、行ってきますね」


「行ってきなさい、アルカ」


「…………」


「…………さて」


「七年前は、穏便に済んだがの…………今宵は……間違いなく嵐になる、かのう?」


 ◆



「────マギア!! 無事か!!?」


「うわっ!? ど、どどどどど、どうしたんだい、そんなに慌てて……キミこそ大丈夫か……?」


 マギアは静かな書庫で優雅に本を読んでいたのだろう。マギアが目を白黒させて本をお手玉して取り落としていた。


 対する僕は、森を全速力で突っ切ってきてかなり呼吸が乱れている。


「だい……じょぶ……それよりも、マギア。ここには誰も来てない!!?」


「キミ以外来てないさ、ここ何年もね。だいたい、どうしたんだいそんなに慌てて……」


 心配するような目だ。そりゃそうだ、息も大荒れ、服もその辺の枝に引っ掻けて所々裂けてるし、そういや一回転けた。ボロボロじゃねぇか。


「マギアは、外に出たいって言ってたことがあった、よね」


 まだ呼吸は整っていない。それでも、息を整える時間を惜しんで口を動かす。


 ────


 おそらく、間違いなく。あの村には誰もジョーカーは居ない。そして、こんなところにずっといるマギアのカードを僕は知らない。マギアの口から語られていないからだ。


「そうだけど……」


「い、今じゃ、だめ、かな?」


「駄目だね」


 きっぱりと、マギアは断言した。


「……なんで」


「だって、ボクと一緒に居たら不幸になってしまうから」


「そんなことない!!」


 僕は即座に言い返した。するとマギア何故か泣きそうな顔で言い返してきた。


「キミは分かってない!! ボクはここを出てはいけないんだ!! ここを出たら、キミを不幸にしてしまう……だから!!」


 それは、ジョーカーだろうか。でもだからって、どうしてそんな泣きそうな顔で言い返してくるのか、不思議で堪らない。だって────。


「マギアと一緒にいて不幸になったなんて、一度も思ったことない」


「……っ!!」


「だから、マギア。一緒に、外に」


 僕がマギアへと手を伸ばす。


 マギアは、僕の手に向けて戸惑いながらゆっくりと手を伸ばして。


 手が、重な────。



「────少し遅かったみたいじゃねえの、ガキ共風情がてこずらせやがって……なぁ?」


 声に振り返ると、凶悪な笑みを浮かべた赤服が書庫の入り口に立ち塞がっていた。

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