4-10

 約束しいていた時間になって、さとりは勇次との待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせていたのは屋上。昼間もそうだが、放課後にも人の気配はまるでない。

 さとりが屋上のドアを開けるとそこにはすでに勇次がいた。屋上の中央に立つ勇次もさとりに気づき、二人の目が合う。

「あ、ありがとう、崎森。来てくれて」

 緊張した様子の勇次の言葉に首を振る。

「・・・・・・あの、さっきの呼び出しって・・・・・・。それに、目・・・・・・どうかしたの?」

「ああ、これは・・・・・・。なんでもない、大丈夫」

 指導室の中で散々と泣いたせいで目が若干腫れている。こんな顔、例え誰であれ見せるのは恥ずかしいが、今このとき、勇次にだけは会って話をしておかなければならなかった。

「でも・・・・・・」

「高木」

 心配そうに詰め寄ってくる勇次を制す。

 そして真っ直ぐに、真剣に、高木勇次の顔を見る。

 言わなくちゃいけない。自分の気持ちを。正直な気持ちを。

 勇次は真剣に告白してくれた。家族になってくれるとすら言った。なら同じくらい真剣に自分だって答えないといけないのだ。

 さとりの雰囲気を勇次も察する。答えが出るのだとわかり、緊張がより一層増したように身を固くした。

 一瞬の沈黙。その間にさとりは大きく息を吸い、そして――。

「・・・・・・――ごめん」

 頭を下げて、そう言った。

「・・・・・・え」

「こんなあたしに告白してくれて、本当にありがとう。でも、高木と付き合うことはできない」

 はっきりと自分の気持ちを告げ、顔を上げる。

「・・・・・・中学のとき、お母さんが死んで義理のお父さんとはうまくいかなくて、でもあたしはずっと家族が欲しいと思ってた。だから家族になるための努力をしてきたつもりだったけど、やっぱりそれもうまくいかなくて。だんだん、自分でも自分がよくわからなくなってた」

 勇次にはいろいろと負い目もある。それに彼の真剣な想いを断るのなら、自分もちゃんと自分の気持ちを伝えないといけない。

「とにかく家族がほしいって、そう思った。じゃなきゃ、完全になにもかもが壊れてしまいそうな気がしたから。そして家族を作る手っ取り早い方法として、あたしは自分で子供を作ることを考えた」

「・・・・・・だから、あのときぼくを?」

「うん。・・・・・・誰でも、良かったんだ、あのときは。・・・・・・ううん、誰でもいいと思ってたのはついさっきまで一緒で・・・・・・だからあのとき、高木を押し倒した。一番仲の良かった男の子だったから」

「・・・・・・」

「ごめん。本当にどうかしてた。最低だ、あたし」

 そんなことにすら気づかず、一時間前までは勇次の告白を受け入れるつもりでいた。過ちをまた繰り返すところだった。

「高木とは確かに一番仲が良かった。でも、あたしは・・・・・・高木に恋愛的な好意を抱いてない。そういう対象には、見てないだ。だから、ごめん」

 どの口が言っているんだと思う。

 気持ちもないくせに勇次を押し倒し、適当な男を捕まえて子供を作ろうとして。なのに今度は、自分は勇次に恋愛感情を持っていないから付き合うことはできないだなんて本当にどうかしている。

 でも気づいてしまったから。知られてしまったから。

 崎森さとり自身の、本当の気持ちを。

「・・・・・・わかってるよ、崎森がぼくのことを好きじゃないことくらい。でも、それをわかったうえでぼくは崎森が好きなんだ。崎森が寂しそうにしているのは、見ていて辛いんだ」

「・・・・・・高木」

「今は、それでもいい。ぼくのことを好きじゃなくても、嫌いじゃないのならそれでいい。いつか必ず、近いうちに崎森に好きになってもらうから」

 勇次の気持ちも言葉も嬉しく思う。

 だって自分はおかしかったから。あんなことをして、嫌われてもなんら不思議はなかったから。

 でも勇次は、それでも、と言ってくれている。その言葉には本当に感謝しかない。

「誰もいないのならずっとぼくが側にいるから。寂しいのならぼくがその穴を埋めてみせるから。だから――っ」

「・・・・・・違うんだよ、高木。確かにあたしはずっと寂しかった。でもね、今はもう、言うほど寂しさを感じていないんだ」

「・・・・・・え?」

「さっきの呼び出しね、昨日の夜ホテル街にいたことがバレたんだよ。その件で呼び出されて、その場には義理のお父さんもいて。ちょっと問題になってた。なにをしてたのかとか、どういうつもりだって訊かれたけど、あたしはなんかもうどうでもよくて、早く話を終わらせたかった」

 一度ゆっくりと目を閉じる。

 するとそのときの光景が、そのときの言葉が、鮮明に思い出される。

「きっと誰もあたしの気持ちなんてわからない。理解してくれない。そう思ってた。でもね、そんなあたしの気持ちを全部わかって代弁してくれた人がいたんだ。辛い気持ちを全部吐き出していいって言ってくれた人がいたんだ」

 あのとき、全てが変わった。

 あの一時がなかったら、きっとさとりはなにも変わらないまま勇次の告白を受け入れて、歪みを抱えたままずっと生きていた。

「その人のおかげでね、少し変わったんだよ。これから、義理のお父さんと話すことになってるんだ、二人で。ちゃんと話し合って、互いの気持ちを隠さずにぶつけて、それからこれからのことを話そうって。家族のことについて、話そうって」

 その結果がどういう風になるのかはまだわからない。

 でも昨日までと比べたら凄い進歩だ。

 全てがうまくいくとは限らない。でもこれから作っていくのだ。さとりと、真一郎の生活を。家族としての生活を。

「だから、今はあんまり寂しくないの。切羽詰まっているわけでもないの」

 それも勇次の告白を受け入れることができない理由の一つだ。

 そして思う。

(ああ、本当に、あたしは最低で身勝手で・・・・・・)

 だからこそ高木勇次の想いには応えられない。彼の真剣な気持ちに甘えることは、もうできない。

「本当に、ごめん。高木の気持ちは、言葉は、嬉しかった。それは本当。でも今のあたしには資格がないから。それと、高木に恋することは、きっとできないから」

 責められても仕方がない。怒られて、罵られても仕方がない。

 それだけのことをさとりはしてしまった。高木勇次の気持ちを踏みにじり、弄んだ。だからこそこれ以上、彼のことを利用することはできない。

 しては、いけないのだ。

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