隠れ居酒屋 凛

オッケーいなお

第1話 隠れ居酒屋 凛(りん)

ここは駅近くの飲み屋街から少し歩いたところにある『隠れ居酒屋 凛 』。

表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る。

その名のごとく、隠れ居酒屋なのである。

小さな店の中は、黒を基調としたモダンな雰囲気の落ち着いた空間。

カウンター5席、4人掛けのテーブル席がひとつある隠れ家的な居酒屋。

マスターが一人でやっている。

休みは気まぐれ、ほとんどがやっている。


マスター「いらっしゃいませ。」

女「あの、一人なんですが大丈夫ですか?」

マスター「大丈夫ですよ。と言うよりは、うちに来るお客さん、ほとんど一人で来られる方ばかりなんですよ。」

女「よかった。」

マスター「どうぞ、こちらに。」

女「じゃあ、ビールお願いします。」

マスター「少々お待ち下さい。」

女「雰囲気のいいお店ですね。」

マスター「ありがとうございます。」

女「壁のボトルは?」

マスター「はいっ!ビールお待たせっ!」

女「プァ〜!美味しい!」

マスター「壁のボトルはお客様のキープなんですよ。」

女「!?あの古いボトルは?」


壁の棚には何本もボトルが並んでいる。

よく見る焼酎のボトルから、見たことないくらいの古いボトルまで。


マスター「あっ、これは15年前のです。」

女「えっ?もしかしてそのお客さん、15年も来てないんですか?」

マスター「はい。」

女「じゃあ、なんで残ってるの?」

マスター「待ち合わせなんです。」

女「えっ!?待ち合わせ?」

マスター「はい。約束。ですね。」

マスター「あっ、この先はまだ内緒です。」

女「内緒って、聞いても私関係ないし。」

マスター「そうともかぎりませんよ。」

女「えっ?」

マスター「いえっ、あ、これよかったら召し上がって下さい。サービスです。」

女「えーっ、ラッキー!」

女「美味しいー!」

マスター「ありがとうございます。」

女「ここ気に入りました。」

マスター「いつでもいらして下さい。」

女「私、れいこって言います。よろしくお願いします!」

マスター「こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。」

れいこ「この店休みは何曜日ですか?」

マスター「とくに決まってませんよ。ほとんどやってます。」

れいこ「へー、じゃあいつでも来れる!」

マスター「はい。あっ、霧の日は…いや、いつでもお待ちしております。」

れいこ「霧の日?」

マスター「いや、ただでさえ目立たない所にあるので、迷わないか、と。」

れいこ「大丈夫ですよー!」

マスター「ええ、そうですね。」

れいこ「あーっ、最終のバス!」

マスター「今からなら間に合いますよ。」

れいこ「じゃ、お会計を。」

マスター「それでは…」

れいこ「じゃあ、マスターまた来ます!」

マスター「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」


れいこはこういう自分だけの隠れ家のようなお店を探していたのだ。

バスを待つ時間潰しに歩いてみたら、たまたま裏路地で発見したのだ。

それからは時間があれば立ち寄った。

隠れ居酒屋にも慣れたある日。


れいこ「あー、霧がすごいな。せっかく早く仕事終わったから、行っちゃおー!」


マスターが言ってたように、霧が出ると周りがよく見えなく、なんとか裏路地に入る。

もう迷う事はないだろう。


れいこ「あれ?あっ、あった。」


霧のせいで外観もよく見えなかったので、一瞬違う店かと思ったが、間違いない。


『隠れ居酒屋 凛 』


ガラガラ


マスター「いらっしゃいま、あっ、いらっしゃいませ。」

れいこ「ヤッホーマスター!」

マスター「…」

れいこ「マスター?」

マスター「あっ、すいません。なんかボーっとしてしまいまして。」


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。」

男「一人なんだけど、大丈夫ですか?」

マスター「はい。こちらにどうぞ。」

男「お隣失礼します。」

れいこ「あっ、はい。」

男「ビールお願いします。」

れいこ「マスター、私もビール!」

マスター「はい。ビール2つ。」

れいこ「なんか一緒にでてきたし、隣あわせたのも何かの縁、かんぱーい」

男「あ、かんぱーい」

れいこ「話しても大丈夫ですか?」

男「ええ。一人だし。」

れいこ「私、れいこっていいます。」

男「僕はゆうです。」

れいこ「うるさいおばさんだなって思ってるでしょー。」

ゆう「そんな、おばさんだなんて。」

れいこ「ゆうくんは何歳?」

ゆう「22歳です。」

れいこ「若い!」

ゆう「れいこさんは、」

れいこ「なに?レディに歳聞くの?」

ゆう「あ、いえ!」

れいこ「冗談よ!35歳よ!」

ゆう「えっ!もっと若く見えますよ!」


隣り合わせた13歳下の男の子。

それでも、話は盛り上がって。

時間を忘れるかのように。


ゆう「今日はホント楽しかったです。」

れいこ「ホント?いつでも相手するよ。」

ゆう「うれしいです。」

れいこ「私はよくここに来てるし。」

ゆう「実は僕、今日がこの国で過ごす最後の日なんです。」

れいこ「どーいう事?」

ゆう「明日海外に行くんです。」

れいこ「いつ戻るの?」

ゆう「早くて10年、長くて20年」

れいこ「わっ!その頃私おばあちゃんになってるじゃない!」

ゆう「またいつか、必ず会いましょう。」

れいこ「その頃おばあちゃんよ。私。」

ゆう「構いません。楽しかったから。」

れいこ「じゃあ、約束!」

ゆう「はい、約束!」

マスター「じゃあ、これはその時まで。」

れいこ「気をつけて行って来てね!」

ゆう「はい。それでは。また!」

れいこ「マスター、今何時?」

マスター「22時半ですよ。」

れいこ「あっ、最終のバス!」

マスター「お会計はさっきお連れの方が。」

れいこ「うっそー!お礼言ってないやっ。」

マスター「ありがとうございました。帰り道くれぐれもお気をつけて。」

れいこ「マスターまたねっ!」


店の外はまだ霧の中で視界は悪い。

バス停までも歩きにくい。


れいこ「あ、バス。間に合った。」


霧の日から数日後。

この前とは違って綺麗な星空の下、れいこは隠れ居酒屋に向かって歩いていた。

霧が出てないだけで雰囲気も全然違う。

前回と店の外観も違って見える。


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。」

れいこ「こんばんはー!」

マスター「お待ちしておりました。」

れいこ「私を?」

マスター「はい。」

れいこ「えっ?」

マスター「今から話す事は、驚かずに聞いていただければ。」

れいこ「なんの話?」

マスター「前回のご来店覚えてますか?」

れいこ「そりゃ、数日前の事だし。」

マスター「この居酒屋は、霧の日には少し変わっていて。」

れいこ「そうかな。普通に感じたけど。」

マスター「時間の流れが少し。」

れいこ「時間?」

マスター「あなたは数日前とおっしゃいましたが、実際は15年前なんですよ。」

れいこ「全然意味わからない。」

マスター「あなたがこの前入ったこの店は、15年前の店なんです。」

れいこ「わかるように説明してっ!」

マスター「このボトルを見てください。」

れいこ「えーっ、古いボトル。あっ、名前が書いてる、ゆう。えっ!?」

マスター「あなたにとっては数日前。でも私やゆうさんにとっては15年も前の事。」

れいこ「それって!?」

マスター「あなただけ、一時的に時を超えてあの日の店にいらっしゃったのです。」


ガラガラ


マスター「いらっしゃいませ。」

男「こんばんは。」

マスター「さっ、お待ちですよ。」

男「お隣失礼します。」

れいこ「あっ、はい。」

マスター「れいこさん。約束。」

れいこ「!?」

男「僕です。れいこさん。」

れいこ「ゆう、くん?」

ゆう「はい。お久しぶりです。あっ、先日マスターから聞いて、れいこさんにとってはそんなに久しぶりじゃないですねっ。」

れいこ「ホントにゆうくん!?」

ゆう「はい。僕の方が2歳上になっちゃいましたけどっ!」

れいこ「あ、ゆうくんだっ!」

ゆう「あの時の約束!」

れいこ「うん!」

マスター「もうこのボトルはあなたがたには必要ありませんね。」


カタンッ


マスター「このボトルは私からです。」

ゆう「マスター!」

マスター「この新しいボトルは、お二人のこれからを刻んでいって下さい。」

れいこ「マスター、ありがとう。」

ゆう「また会えましたね。」

れいこ「うん。また会えたっ。」


この隠れ居酒屋にはたくさんの不思議な出会いがある。

『いらっしゃいませっ。』

今日も訪れる人たちにまた新しい出会いが。


第2話に続く




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