前途洋々

芳村アンドレイ

第1話 ヴィジョン

風景はゆっくりと変わった。焦りの色を一切見せる事なく、頭に侵入しては、幻覚剤をとったかのように視界に入るものがくねり、鮮やかに変色し、姿を改めた。この部屋から眺める美しい庭と山は黒く染まり、荒れ地へとなっていく。恐怖は感じない。変な薬は実際の所とっていないし、前から私は健康だ。そう、ただ感じるのは単純な畏敬。恐れなどは心の奥底で椅子に縛り付けられている。それともこれは副作用だろうか。本当は覚醒剤をとって、それを忘れているだけなのだろうか。

いや、それはない。これはあまりにも優雅で洗練されている。ヴィジョンだ。未来の風景が今、私に哀願している。助けてと。


差し伸べられた幼子の手を無視する訳にはいかない。たった今、これは私の責任になったのだからな。机をかわして、窓へと足を運び、そのまま空を見上げた。黒く塗りつぶされた青空では太陽が小さく怯んでいる、この宙に浮かぶ巨大な宇宙船を見て。雷雲のようにその兵を降らせた。私の美しい日本に。無様な顔をした宇宙人が降り注ぐ。

「占領か...」

総理はそのまま部屋を出て、普通へと戻った廊下を重たい足で歩いた。

棚村は特に信仰心の厚い人ではなかったが、今回ばかりは神からの神聖は天命を受けたのだと思った。総理としては何があっても反撃を成功させなければならない。民衆からは必ず、狂ったのか、とか、バカな事を言うな、とか、税金の無駄遣いをするな、などと非難されるに違いない。むしろこの危機を乗り越えるための武器製作より、政府と国民の説得の方が難しいのだ。

「田中、緊急会議だ、みんなに伝えろ」

大きく偉大な会議室の中で椅子に座る者は少なかった。九人がテーブルの端に集まり、その先端に座る棚村の要件を八人が待っている。

しかし、さすがの棚村もどう話を始めたらいいのかが解らなかった。素直に自分の気持ちと真実を伝えればいいのか、それとも遠回りに目的だけが明らかな方法を取ればいいのか。やはり話す直前の気まぐれに任せるしかない。

「皆、突然ですまない、だが、私は日本にまだ必要なものとは何かについて考えていたんだ。それである事に気付いた。

この国には地球外生命への対処方がない。

それをどう思う?

今恥をかいてでも、後々後悔がないようにした方がいいと、私は思う」

「それって、宇宙人が襲って来た時の為に武器を作りたいと?」

「その通り」

「いや、そんな事出来る訳ないだろ!そもそも宇宙人がいるのかどうかも...」

「だったらお前は絶対にいないと、私に向かって言えるのか?」

「それは...しかし、総理、軍を持つ事が許されない日本でそんな、危ない事はそもそも許されないかと...」

「ああ、たしかにそうだが、アメリカだって宇宙人との接触があった時のプロトコールを用意してある。もちろん防衛だ。それに、プライベートの企業を通して進めていけば問題も減るだろう。私からも、ちょっと気になる事があるから、大統領に探りを入れておくよ」

「だがそこまでする必要があるのか、アメリカもプロトコールがあるならば任せておけばいいじゃないか」

「そういう訳にはいかないんだ。頼む、それだけに関しては、私を信じてくれ」


三日後には棚村の計画は実行されていた。

年々名を上げていき、普通に一般人に知られるようになったIT会社の金朴(きんぼく)社を通して、棚村は一大イベントを始めた。

その名も、「未来に輝け!オーディション」。

背景問わず、個人でも会社でも応募していいオーディションだった。もし、仮にだ、漫画のように宇宙人が地球を攻撃してきたらどんな武器で反撃すればいいのか?賞金百億円!なるべく具体的に詳細を書け。今の核では通用しない相手だと考え、どれほど人間に害をもたらすかも考慮した上で棚村は民衆の想像力を借りた。

もちろん棚村が関わっている事は誰も知らない。

半分冗談である企画だからこそ、いい案が混じってたりする。

「総理、今の所は順調です。アメリカも、まさか本当に作るとは思っていないだろうし、このまま極秘で進めていけば上手くいくのではないかと」

「極秘か...それが出来ればな」

「しかし、百億という数字のおかげか、かなりの応募がもうすでにあります。三日前に始めたばかりだから、ろくなのは入ってなさそうですが」

「一応目を通してくれ。昔考え付いたデザインを今出してたりする企業もあるかもしれない」

「はい」

多少の不安を抱えながらも、棚村はリビングを歩き回った。


開始から四か月。棚村はいつ奇襲が来るのかを分からないまま、誰とも大した相談も出来ずに一気に老いた。

しかし、その頃にもやっと応募数が雪崩のように流れ込み、外国企業からも多数入ってきた。

賞金は四百億に上がる。

金朴の社員を借りても現実的にちゃんと見通せる資料の量ではなかった。落書きに近い応募も、明らかに子供のスケッチは一瞬で捨てられ、気付けばほとんどがそれで、応募を次から次へと捨てる社員もバイト感覚で呆れていた。

パートナー企業にも多少の協力をもらったが、そのみんなは賞金の金が一体どこから来ているのか不思議でならなかった。

そんなある日、棚村の家のチャイムが鳴った。

最近実家に来る人なんて政府の人間しかなく、訪れる前にも必ず電話してくる。事前に連絡が無かったって事は他人なのか、それとも電話出来ない事態だという事だ。


棚村は恐る恐る玄関カメラの画像を確認した。

そこには小柄な男性が一人いるだけ。一見四十代ぐらいに見えるが、顔の若さや、身長も取り入れると子供にも見える。

「誰だ?」

インターフォンに話しかける。男は頭をピクリとカメラに向けた。

「総理、突然ですみません、実はオーディションに出したい作品があったのですが、総理に直接渡した方がいいかなと思って来ました」

「お、お前、何で?」

「心配しないでください、知っているのは私だけですから」

「そうか、じゃあとりあえず中に入れよ」

何なんだこのチビ?どうして私が関係している事が解る?

棚村は焦りだしていたが、すぐに冷静さを取り戻して玄関へと向かった。

男はアタッシェケースを持っており、すぐさまそれを開けては本題に入った。

「僕は大神田と申します。これが僕の応募です。もうお分かりいただけたと思いますが、これを使った方がいいです。金朴さんもかなりの案をもらっていますが、そのどれも時間の無駄だと言えます。総理なら、この資料を見れば理解するでしょう」

男はフォルダーを取り出して棚村に渡した。

「どうしてそれほど自信がある。脅してるからじゃないだろうな?」

「違います。賞金もいりません。ただ、僕なら事は順調に進みますよ」

「まさか、お前も見たのか?解るのか?」

「はい。総理はかなり孤独のようですが、以外と仲間はいますよ」

棚村は資料の数ページを見てはある図形に辿り着いた。

「これ、月に作らせる気か?」

「はい、だが言いましたよね?僕なら順調に進みます」

「なぜそんな事が言える?」

「...米国の支援を頼めるからです。あなたはかなりアメリカの監視を恐れているようですが、僕ならその不安もいりません」

「まさか、君にそんな力があるとは思えない」

「だから、総理の仲間はちゃんといますよ。それに気づいて、集める事が出来るのかが問題です」

「大統領か?」

「はい」

「...」

「不満でも?」

「いや、わかったよ。だがまず、君が本当に大統領を仲間に出来るかを証明してくれ」

「もちろん」

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