誕生

 その女の子はアイリと名付けられた。

 父親のヨシュア、そして母親のイリスの名前にちなんで村長が名付け親となった。

 そして他の子どもたちと同じように、村のみんなから祝福された。

 真っ白な肌に金色の絹のような髪、瞳はどこまでも青く、真冬の澄んだ空のようだった。笑うと天使が微笑みかけてくるようで、その顔を見ているだけで誰もが日々の農作業の疲れを忘れ、幸せな気分になった。


「元気に育ちますように」

「聡明な子になりますように」

「竜のご加護がありますように」

 アイリが産まれてひと月後、村の人々は昼の作業を終えると、こぞってアイリのもとを訪れ、お祝いの言葉を口にしていった。

 ヨシュアは訪問客のひとりひとりに話しかけ、またイリスもその横で相槌を打ちながら愛想よく笑っている。イリスは産後の肥立ちもよく、すっかり以前の体力を取り戻していた。

 村の人々には赤ワインとちょっとした軽食が振る舞われ、女も男もよく日焼けした顔をさらに赤くしながら談笑している。小さな村であるがゆえに農作業は忙しく、こうして人々が集まって話す機会はほとんどないばかりか、繁忙期には隣人と話す余裕すらない。村の人々は久しぶりに訪れたこの束の間の特別な時間を心から楽しんでいた。

「今年は麦の育ちもいいし、おまけにこんなかわいい子が村に来るなんて、いい年になりそうだ」

「これであんたたち男がもっとしっかりしてくれれば言うことないんだけどね」

「まったくだわ」

「わははははは…」

 そんな村の人々をかき分けるようにして、ひとりの男が部屋の中に入ってきた。胸には赤い布でくるまれた子どもを抱いている。

「ヨシュア、おめでとう!」

「おぉ、レイじゃないか! 遠いところわざわざ来てくれたのか」

 その男はヨシュアとイリスの古くからの友人であるレイトスだった。

「村に用事もあって寄ってみたんだが、ちょうどいい時に来たみたいだな」

「今日がこの子のお披露目の日なんだ。ぜひ顔を見ていってくれ。ペレスもずいぶん大きくなったな」

 ヨシュアはレイトスの太い腕に抱かれた丸くふっくらとした顔の赤ん坊を見て言った。

「あぁ、今日でちょうどふた月になる。さっきまでは起きてたんだけど、一日中寝てばっかりなんだ。おとなしくしていてくれるから苦労がなくていいんだが、もうちょっと元気があってもよさそうなもんなんだけどな」

 レイトスはそう言いながらアイリの眠る揺りかごを覗き込んだ。

「それは贅沢ってもんだ。今は静かに眠ってるけど、うちは元気がありすぎて困ってる」

「お互いないものねだりというところか…。それにしても、イリスに似て美人な赤ちゃんだなぁ」

「まあ、いつからお世辞を言うようになったの」

「お世辞なんか言うもんか」

 レイトスは胸のポケットから革の小袋を取り出し、中から金色の細い鎖をつまみ上げた。そして、おだやかに眠るアイリの顔の脇に、首から下げたときの“V”字型になるように静かに置いた。鎖の先に付いたペンダントは、いびつな形をした緑色に光る宝石だった。

「ヨシュアやイリスのように、賢く丈夫に育ちますように。竜のご加護を」

 ちょうどその時アイリは目を覚まし、ペンダントを見て満面の笑みできゃっきゃと喜びはじめた。

「本物の緑竜石りゅくりゅうせきじゃない。このペンダントってひょっとして…」

「ああ、うちのヨメさんから渡してくれと頼まれたんだ」

「こんな大事なもの、もらっていいの?」

「どうしてもヨシュアとイリスの娘に持っていて欲しいって。こいつが持っていても仕方ないしな」

 レイトスは相変わらず眠り続けている息子を顎でしゃくってみせた。

「ありがとう。一生大事に持たせるよ。ところでレイ、その…奥さんの様子はどうなんだ?」

「相変わらずってとこだな。あんまりかんばしくはないけど、おとなしくしてればそのうち良くなるだろう」

「そうか、お大事にな。あとで薬を渡すからしばらく待っててくれ」

「そんなつもりで寄ったんじゃなかったけど、いつも悪いな」

「お互いさまさ。気にしないでくれ。お、そうだ、ワインを飲んでいかないか?」

「せっかくだけど今日はやめとくよ。酔っ払って帰ったら何を言われるか」

「それもそうだな」

 ヨシュアとレイトスは若いときの苦い思い出を頭に思い浮かべ、お互い苦笑した。

「あのときはまいったな」

「ほんとに」

 そんなことを言ってはふたりして顔を見合わせている。

 イリスは「パパたちは何を話してるんですかねぇ」とアイリに言葉をかけながら、揺りかごから抱き上げた。その笑顔はほんとうに天使のようで、何度見ても自然と笑みがこぼれてしまう。その小さな手は金色の鎖をしっかりと握りしめ、離そうとせず、ぶら下がった緑色のペンダントは、淡く光りながらゆらゆらと揺れ続けた。

 「この子、ペンダントを気に入ったみたいね」

 「そりゃよかった。これで帰って怒られなくてすみそうだ」

 「レイさん、今度は何をやらかしたの?」

 「まぁ、ちょっとね…」

 「あんまり心配かけるんじゃないぞ」

 大人たちはわははと笑い、声に驚いたペレスもさすがにむにゃむにゃと目を覚ましたようだったが、あたりを見回し父親の顔を確認すると、またすぐに目をつぶってしまった。その様子を見ていた大人たちは、ひときわ大きな声で笑い合った。

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