第26話 心配だった


 目を開けると見慣れない白い天井が視界に入ってきた。視線を部屋に飛ばしてまずはここが何処なのかを確認する。だけど白いレールカーテンが邪魔で何もわからない。部屋は俺以外にも誰かいるのか人の気配がする。

 そのままゆっくりと身体を起こすと真っ白なシーツが視界に入って来た。


「ここは?」

「あら起きた? 保健室よ」


 するとカーテンの隙間から白衣を来た中年の女性がこちらを見てそう言ってきた。

 保健室の先生だ。


「全く急に倒れたって言われたから心配してみれば、住原君昨日から何も食べてないでしょ。とりあえずそこにあるおにぎり食べなさい」


 そう言って先生は俺の枕元を指さす。

 そこにはコンビニの袋に入ったおにぎり二つと飲み物が一本入っていた。


「それ本当は先生のお昼ご飯だから。後でご両親にお代は請求するから気にせず食べていいわよ」


 逆にそう言われると食べずらいのだが、言われてみれば昨日どころか育枝と喧嘩した日から何も食べていない。

 そうだ。

 育枝が帰って来るかもと思い、食べずにずっと待っていたんだった。

 それに食欲もわかなかった。だから別に飲んでいれば問題ないと思っていたんだった。

 俺はコンビニの袋に入ったおにぎりと飲料水を取り出して、食べて飲む。


「昨日は妹。今日は兄。貴方達は私のお昼ご飯を奪う兄妹なのかしら?」

「えっ?」

「えっ? って何も聞いてないの?」

「はい」

「何があったかは知らないけど妹さんは何が原因かは知らないけど、かなりショックを受けているのか昨日倒れたくせに食べなかったから強引に口の中に入れて食べさせたんだけど?」


 お前はちゃんと一人で食べるよなと言う視線を向けられた俺は急いでおにぎりを口に入れていく。流石に力技で食べさせられるのは嫌だった。てか育枝なにやってるんだよ。全くそれならそうと言えよ……ってそうか俺のせいで何も言えなかったのか。


「あのね、一応言っておくけど妹にはご飯を作ってあげなさいよ。幾ら自分が食欲ないからって妹にまで苦労をかけるのは良くないわよ?」

「すみませんでした」


 育枝はどうやら先生には何も話していないようだ。


「意外に住原君は素直なのね。一応このあとお昼休み終わりで今日は帰りなさい。担任の先生には私から伝えておいてあげる。それと妹には私から言うけど今日は一緒に帰りなさい。二人共正直体調良くないんでしょ。主に食べてないせいだけどね!」


 要は食べてないせいで余計に体調不良を起こしていたのか。

 なんとも情けない。

 それにしても今は育枝とはまだ会いたくないというか心の準備がな。

 ちゃんと向き合うと決めた、だけどいざ言おうと思うと心がぶれる。

 失って気付いた。

 いつも隣にいて当たり前じゃない。隣にいてくれてありがたいのだと。

 なにより大切な存在だからこそ緊張してしまうのだ。

 でも見た感じ先生がイライラしている気がしなくもしないし。

 ここは何か上手い言い訳の一つでも考えて見るか。


「ところで寝ている時にうなされていたみたいだけど何か嫌な事でもあったの?」

「いえ、ちょっと昔の事を思い出してというか何と言うか」

「そっかぁ。なら人生の先輩として一つ良いことを教えてあげる」

「はい」

「逃げるのは誰だって簡単にできるわ。だけど逃げていてもいつかは負ける。だったらいつかは立ち向かわないと勝利の二文字は永遠に来ない。だから怖いだろうけど悪夢とも時には勇気を出して立ち向かいなさい。そうすればいつかは勝てるわ」


 そうだ。逃げるのは簡単。

 だけど怖くてもいつかはこの現実と向き合わないと本当に取り返しのつかない事になるかもしれない。

 今ならまだ間に合うのか?

 いや間に合うかじゃない、育枝と向き合ってまずは仲直りをするんだ!


「わかりました。ありがとうございます」

「悪いけどなにかあったらここにある内線で先生呼んでくれる? 何処かの兄妹が二日連続で先生のご飯食べたから食堂で軽く食べてきたいんだけど?」

「は、はい。本当に妹共々すみませんでした」

「ならよろしくね」


 チャイムが鳴り、四時間目が終わる。

 すると白衣を来た先生はお財布を持ち保健室のすぐ近くにある食堂へと歩いて行った。それと入れ替えるようにして白雪が保健室に入ってくる。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 そのまま俺を見つけた白雪は早歩きで俺の所へ一直線に向かってきた。


「大丈夫なの?」


 まさか走って来てくれるぐらいに俺の事を心配してくれているとは何とも幸せ者なんだ。

 これならご飯食べなくて正解だったな。

 俺はポジティブにこの状況を考える事にした。


「うん」

「そんなに慌ててどうしたの?」

「そんなの心配したからに決まってるでしょ」

「……ゴメン」


 白雪がまさかここまで人思いだったなんて何か意外だな。

 もっとこうサバサバしているかと思っていただけに尚更。


「それとこれを渡しに来たの」


 白雪はそう言って手に持っていたルーズリーフを差し出してくる。

 それは左上をホッチキス止めされており三枚の紙。


「言ったでしょ。私は私なりの方法で助けてあげるって。私にできる事は物語を創造することだけ。でもそれだけじゃない。私は今の住原空哲を主人公にした物語を書いたわ。これが上手く行く保障は何処にもない。だけどこうならないとも言い切れない。私が知っているのは育枝と言う口が悪い女の一部分だけ。だけど私の想像力がもし足りていれば希望はあると思うの」


 まさかと思い俺が一枚目のルーズリーフに目を通す。一枚目には全体の概要が書かれていて、この物語がどういった結末を迎えるのかまでを書いていた。


 俺はその時驚いてしまった。


 俺の心理描写を書いた部分が正に今の俺と殆ど一緒だった。育枝が妹と言ってないせいで所々違和感はあるがそれでも的外れな事は一切書かれていなかった。


「嘘だろ……すげぇ……」


 気が付けば俺はそう言っていた。

 これがプロの想像力ってやつなのか。

 最早【奇跡の空】なんかちっぽけと思えるほどの完成度だった。


「私は住原空哲と言う人間をずっと見てきた」


 白雪が隣で補足をしていく。


「だから住原空哲を中心に二人の関係性を客観的に見た時これならと思った。あくまで育枝と言う女は架空に近い。だけど住原空哲を大好きだと仮定すればある程度の人物像は想像できる。人生は芝居でも演技でもない。一人一人の生きざまを描いたストーリー。だったら自分が主人公になってヒロインと仲直りすればいい」


 なるほど、そうきたか。

 てかマジですげぇよ、白雪。

 まさか自分を主役にして物語を作っていくなんて発想すらなかった。

 だって小説は作者が出てこないこれが大前提で作られていくからだ。

 まさかその常識を打ち破るなんてな。


「主人公は俺ってわけか」

「そう、これは住原空哲だけの物語。やれとは言わない。だけど人の心情を動かすのであれば心理学を使えばいい。だけど最後は住原空哲の言葉で貴方自身の想いを伝えるの。どう、試してみる価値はあると思うわ?」


 恐らく最後の空行これが俺の言葉になるのだろう。

 まずは育枝に話しを聞いてもらえる環境を作らないといけない。それである程度お互いの緊張が解ければしっかりと話しを聞いてもらえる。頭ではわかっていたけど、それができるかずっと不安だった。だけど今最後の瞬間がハッキリとイメージできた。


 そう言えば俺あの日こう宣言したな。


 ――さぁ、俺が主人公の物語を今から始めよう!


 だったらそれはまだ続いている。

 これは冒頭から少し進んだ所なんだ。

 だったらやるしかねぇだろ!


「ありがとう、白雪!」


 俺は力強い声で返事をした。


「やっと元気になったのね。ったく世話焼かせないでよね」

「これも全部白雪のおかげだよ。俺は凡人だからこそ一人では限界がある。だけど白雪が勇気をくれた! 本当にありがとう!」

「そ、そんな急に褒めないでよ……照れちゃうわ」


 白雪は手で自分の長い髪を触り始めたかと思いきやそれを胸の前へと垂らしてクルクルと指で巻いては離してを繰り返し始めた。


「流石プロ作家。こんなの白雪にしかできないぜ!」

「そ、そうね。まぁ私にかかれば……これくらい余裕よ!」


 プロとしての意識かそれとも純粋に恥ずかしがっているだけなのかはわからないが白雪は素直に俺の言葉を受け取ってはくれなかった。


 それにしても一瞬目を通しただけでもわかる。

 かなり作り込まれていると。

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