第5話

「……ん、らくん、田村くんっ!」

「はっ!」

 誰かの呼び声で夢の世界から帰還する。


 目がさめるとそこには必死な形相で俺をゆする村間先生がいた。

「先…生…?」

「良かったぁ!やっと目がさめたんだね」


「ちょっ!」

 村間先生は俺の意識を確認するや否や、ぎゅっと抱きついてくる。

 初めて経験する女性の柔らかさに思わず鼻血が出そうだ。


「よかった……本当によかった……」

 強引に引き剥がそうかとも思った俺だが、抱きついてくる先生の身体は小刻みに震えていた。

 ……ぼっちの俺でも心配してくれる人がいたんだな。


 先生から伝わってくる体温は色んな意味で温かった。

 とはいえ、人の温もりにずっと浸かっているわけにもいかない。

 なにせ俺が目がさめた場所は――、


「無人、島だよな、やっぱり」

 全身にまとわりつく砂。潮の匂い。

 容赦無く照りかかる陽光に生い茂った森林。


 ……なるほど。そういうことか。

 視覚情報から現況を推察する俺。


 ようはあれだろ。漂流だろ?

 救命胴衣もなくよく生き延びれたもんだ。しぶといね俺も。

 って、ちょっと待て。


 俺が無人島に漂流しているのはまだわかる。

 けどなんで村間先生が俺と一緒にいるんだよ。

 そう聞いてみると、


「……田村くんを放っておけなくてその……ごめんね。助けてあげられなくて」

「まさか俺の跡をつけて来たんですか⁉︎ 何考えてるんです! 救命ボートが来てたでしょう⁉︎」

 村間先生を道連れにしてしまった罪悪感からか、彼女に当たってしまう。


「ごめんなさい」

「ごめんなさいって……下手したら死んでたんですよ⁉︎」

「そうだね。でも教師は生徒の命を預かってるの。見捨てることなんてできないよ。それに田村くんだって黒石さんたちを助けに行ってたじゃない」


「それは……」

「はい。これでお互いさま。私たちは人を助けようと思って行動したんだから、その私たちが言い争っても仕方がないでしょ?」

「そう、ですね」


 目の前の女性はとても大人に見えた。

 心の奥底で新任教師だと、大学を卒業したばかりだと思っていた自分が恥ずかしい。

 彼女はもう立派な教師だ。それも教師のかがみになるような。


「救命胴衣を配るときはすみませんでした。生徒なのに命令口調になっちゃって」

 俺の謝罪にぽかーんとする村間先生。

 その反応は予想外すぎる。


「えっ、なんで田村くんが謝るの? むしろ偉いじゃない」

「えっ?」

 今度は俺がぽかーんとする番だった。


「あの状況下で冷静に、それでいて必死に他人のために走り回っていたんだよ。私なんか先輩先生の指示を待っていただけなのに。けど田村くんは自分が正しいと思ったことを迷わず行動に移してた。私なんかよりずっと大人だよ」


 ……やっべ。なんだこれ。ちょっと褒められただけなのに涙が出そうなくらい嬉しい。

「ありがとう……ございます」

「――もしかして黒石さんたちに救命胴衣を渡せなかった?」


 俺から離れて少し悲しそうな笑顔を浮かべる村間先生。

 このときの俺は心が弱っていたのかもしれない。いや、もしかしたら村間先生にだけは嫌われたくないと思ったのだろう。

 気がつけば俺は上村から受けた仕打ちをありのまま話してしまっていた。


「なにそれ。お姉さん本気で我慢できないかも。もし再会したら殴っちゃうかも」

 シャーっと髪を逆立てキレる村間先生。猫みたいだ。

「おっ、落ち着いてください。たしかに俺も上村のことは許せませんけど……」


「たしかに今のご時世だと物理的な暴力は問題になるわよね。だったら精神的な暴力を」

「ダメですよ村間先生。俺のために怒ってくれたのには感謝しますけど、それより今は――」


「――あれ? もしかしてあれ田村じゃねえか?」

 俺以外の男の声がして急いで視線を向けると、そこには上村とその友人、中村。さらに黒石、香川、大原の姿も見えた。


 生きていたのか。

 心のどこかで安堵するとともに、面倒なやつらと遭遇してしまった。

 そう思う俺だった。

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