第2話
乗務員の放送が流れた直後。
とてつもない轟音とともに船が大きく傾き始める。
「「きゃあああっ!」」
という女子生徒たちの悲鳴が上がるのもつかの間。
俺は信じられない光景を目にする。
「船が傾いてんだけど?まじスゲー‼︎」
「よっしゃ‼︎記念写真撮ろうぜ。こんな経験、滅多にできねえしよ!」
「一輝、あなたバカじゃないの?」
「いいじゃねえか
「なんであーしまで……はぁ。ほんっとお調子者なんだけど」
上村の誘いに呆れながらも記念撮影に入ろうとするクラスメイトたち。
そこには黒石、香川、大原の姿もあった。
おいおいおい……こいつらマジかよ。
人ってのは大きな危機にあったとき、それを過小評価することがある。
心理学用語で正常性バイアスってやつだ。
だが、船が大きく傾き始めた状況でSNSにアップするための写真を撮影し始める行為はどう考えたって異常だ。
危機感が薄いにもほどがある。
本来なら放っておく俺だが、命が関われば別だ。
人の純情を弄ぶようなやつらでも、彼らを大切に思っている存在はいる。
俺にとって上村たちは塵であろうと親御さんにとっては宝物。かけがえのない存在だろう。
だからこそ、
「バカかお前らっ! 船が傾き始めてんだぞ! 急いで救命胴衣を身につけろ!」
「ああ? ぼっちが偉そうに指図してんじゃねえよ。……って、そういうことか。おめぇも記念撮影撮りたいってか? 正直に言えば一緒に――撮るわけねえだろボケっ!」
俺の肩に手を回すフリをして殴りかかってこようとする上村。
この状況でよくケンカを売ってこれるな。
他人より動体視力がいい俺はスローモーションのそれを躱そうとした次の瞬間。
――ガタンッッ‼︎
船はこれまで以上に大きく傾き始めた。
上村の拳は俺が躱すまでもなく、空を切る。
「ねえ、これって本当にヤバいんじゃないかしら?」
と黒石。遅えんだよバカ野郎。
「だから急いで救命――」
胴衣を付けろ。そう言い終えるより早く、
「安心しろ司。俺が守ってやるからよ。とりま部屋に戻ろうぜ。俺が送ってやるからよ」
おい、嘘だろ。まさか本気で部屋に戻ろうとしてんのか⁉︎
「ちょっ、ちょっと待て上村。この状況で部屋に戻るのはマズいだろ」
「さっきから妙に絡んでくんじゃん。えっ、もしかして緊急事態にヒーロー気取りか? ひゅーかっこいい。けどマジうざいんだわ。だいたい乗務員も言ってだろ。部屋の方が安全だから戻れって」
「だが、この揺れは普通じゃない。最悪のケースを考えておくべきだ。俺は正直この船が沈むと思っている」
「船が沈む……? あっはははっ! ありえねえっての! ドラマや映画の見過ぎだろ。タイタニックじゃねえんだから。乗務員が部屋にいろ
「たしかに言われた通りにしたい気持ちはわかる。けど自分たちの命は自分で守らねえと」
救命胴衣を全然着用したがらない上村たちに説得を試みる俺。
たしかに乗務員はプロだ。けれど彼らだって人間だ。ヒューマンエラーだって起こす。
船が大きく傾き始めているのが何よりの証拠だろう。
言われたままのことをすればいいってのは思考を停止させている。
「うっざ。もういい。いくぞ司、理沙、結衣」
「おい上村‼︎」
俺の呼びかけむなしくクラスメイトたちは次々に部屋に戻っていく。
馬鹿か馬鹿か、馬鹿かっ‼︎
どうして誰も俺の言葉に耳を傾けてくれない!
クソッ! 不貞腐れていても仕方がねえか!
俺はクラスメイトたちと間逆――救命胴衣が保管されている方に駆けつけた。
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