15.アキラ、登る。

 地図と精霊さんのナビゲーションを頼りながら、テラに早く薬を届けたいその一心で森の中を駆けていく。


『パキパキパキ・・・』


曲がりくねった巨木の根や鬱蒼と茂る草むら、そして抜かるんだ地面で思ったように歩けない。


道なき道がこれほどまでに体力を奪っていく事実に驚かされながら、たかが道されど道、それを身を持って思い知らされる。


ひたすら進んでいくうちに、僕達は一本の道を発見する。それは低木の小枝はへし折られ、下草は整備されたように生えていない。


「宿主、幸運ですね。この道に沿って歩いていきましょう。さぁ、早く早く。」


そう言われ、僕は精霊さんに急かされて道を走っていけば、樹皮が綺麗にツルっと剥がされて丸裸にされた薄茶色の木。無数の切り傷で半壊気味の樹などを目にする。


「ほほぉぉぉ。この道はどうやら刃鹿のけもの道でしたか。なるほど、なるほど、そして群れは、だいぶ前にこの場所を通ったようですね。」


なぜ精霊さんはそのことがわかったのか、僕は薄々ながら理解する。


足元から伝わるグチャリとした感触。刃鹿のう●ちですね。さては、精霊さんは僕と五感を共有してこの感触から推測したのだろう。


またう●ち踏んじゃったよ・・・。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 そうして、ひたすら走れば段々と森は開けてきて、微かに水の音が聞こえ始める。


『バシャバチャバチャ、バシャバシャバシャ・・・。』


その音に沿うように道なりに進んでいけば、はっきりと猛るように流れる川へと音は変化していき、やっとのことで森を抜け、川岸へと出る。


その川の水は、昨日の雨で茶色く濁り勢いよく流れて往く。


「宿主、後はこの川を渡って、川沿いに歩いていけば村はもうすぐです。」


精霊さんはそう軽く言うが、これはそう簡単に渡れそうな気がしない。


「やだぁ、濁流は泳げる気がしないです。」


そういう結論に至ったので、別の場所の渡れそうな場所を探して下ってしばらく川岸を歩く。


すると、向こうの方でモゾモゾと大きな何かが動いている。すぐに、岩の影に隠れ、その方向を目を凝らして良く見ると刃鹿の群れを発見する。


刃鹿は川のそばで群れを成している。そして、僕の存在に気づいた立派な刃角を持つ大鹿は距離を取るためか、川の方へ渡ろうとする。


群れも後に続くように、川へと入っていく。その中に一匹の若い刃鹿が群れから遅れながらも渡川している。


それを見て僕も渡れそうな場所だと確信して近づいていく。


 しかし、次の瞬間その若鹿は水中に引き込まれる。


「ピィイイイ!! ピィイイイ!! 」


突然の出来事に刃鹿の群れは大パニックに陥る。子鹿は必死に群れに助けを求めるように泣き叫ぶ。


しかし、群れはと対岸へと必死に逃げて若鹿の声など届かない。


一体、何が起きているんだと理解が追いつかない。


見る見るうちに子鹿が溺れている時間が長くなっていく。その光景に五感は嫌な何かを感じとり、警戒感を示す。


その警戒感が頂点に達した時、茶色の物体が濁流から姿を現す。


見たこともない蟹の様な物体は、大きな腕を高く上げ子鹿の脳天に振りかざす。


『ダゴォン!! 』


鈍い骨が砕ける音が遠くからでも聞こえるほどであった。


化け蟹の打撃を喰らった子鹿の顔は右半分がグニャリと歪み、目玉は潰れて垂れている。


「ヴュィィ・・・、ヴュィィ・・・。」


致命傷を負ってもなお、子鹿は仲間に助けを求める。だが、その悲痛な叫びはバケガニと共に濁流の中へと沈んでいく。


荒れ狂う川は、嘘のようにさっきまで生きていた命の痕跡を跡形もなく飲み込んでしまう。思わず、冷や汗が背中を伝う。


それと同時に、五感が過敏に反応し周囲から忍び寄る気配に気づく。


「カサカサカサカサ・・・。」


「カサカサカサカサ・・・。」


その微かな音は森や川から何匹もの化け蟹が迫ってくることを告げる。四方から蟹が迫ってきて、逃げ場は近くの木の上にしない。瞬間、木を駆けのぼる。


「ギッチャン。」


一瞬にして蟹共は、木の下に群がるように蠢きその木の周辺に殺到する。


「あぶないっ、間一髪なんとか逃げれたみたいだけど・・・。」


そう安堵して、この状況をどう抜けだそうかと考え始めたその時。


蠢く化け蟹の中で一番、大きな奴がそのデカい腕を振りかざし・・・、その大きな剛腕を音を立てて、登っていた木に向かって勢いよく叩きつける。


凄まじい衝撃に思わず、木から身を投げ出しそうになる。刹那、電流が全身を伝わり、咄嗟に細い木の枝に足の甲を掛けてる。


僕は頭を下に宙吊りで、なんとか踏み留まった状態。化け蟹の太い腕がすぐそこまで迫っている。


「宿主、またあの攻撃が来ます。すぐに木の上に戻りますよ。」


精霊さんがそう言った瞬間、五感がこの危機的状況を切りぬける方法を思いつく。一か八かその無理難題な手段を僕は実行するしかない。


足の甲で木にぶら下がった状態から、体をくねらせブランコのように勢いをつけていく。遠心力が最大限まで高まった瞬間、化け蟹の大きな一撃が再び木にぶつけられる。


その瞬間、僕の身体は枝を回転していたその勢いそのままに木から飛ぶ!!


廻って廻って廻って、川に目掛けて飛ぶ。そのまま、川の中ほどに落下していく。


「宿主、電矢を撃ちますよ。」


精霊さんは瞬間、考えを僕に伝える。落ちていく中で、矢を構えて弦を引く。そして、水に触れる一瞬、電矢を解き放つ。


電矢は勢いよく川の水を二つに割っていき向こう岸まで届いた後、消失する。僕の身体は着地の勢いままに迅雷の如く割れた川底を走り抜ける。


そのまま、化け蟹から全力疾走して逃げ切るのであった。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 死ぬ気でけっこうな距離を走った後、先ほどのことを振り返る。


自分でも、何が起きたかよくわからないが、これだけは言える。先ほどの行動は尋常ではないほどの反射神経と運動能力だったのは確かだ。


「宿主、さすがです。無事難局を乗り切りましたね。」


そう精霊さんは知らぬ顔でそう語りかけてくる。


「ああ、助かったけど。今のなんだっただ・・・。自分でも信じられないくらいに動けてたんだけど。」


そう質問すると、精霊さんは答える。


「ええ、そうでしょう。そうでしょう。宿主の鋭くなった五感や尋常じゃないほどの運動・反射神経。それこそ私と共生したことによる副産物と考えられてもらっていいでしょう。」


「うっそ、マジ・・・。僕の身体、そんな風になったんだ。神かっこいい・・・。」


僕はその事実を喜ぶことにする。まぁ、電気の心臓で自分が生きているのだし、いっかと納得する。


「ええぇ・・・、宿主、物分かりが良すぎますよ・・・。」


精霊さんは僕の適応力の高さに圧倒されているようだ。


そんなことよりも、集落に急がなくてはそう思いながらその方角へと走り抜けていく。


森を進むほどに、切り倒された木の切り株を発見し、ついには幅の広い道を発見する。その事実は集落は近いということを教えてくれる。


最後のひと踏ん張りと、僕は走るペースを上げる。


それから、しばらくの後いくと見えてくる。集落らしき建物群、それらはテラの家と同様な作りであり、同じ文化圏のようでひと安心する。


そして、集落の入り口らしきものを発見し、その村へと足を踏み入れるのであった。

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