13.アキラ、食べてもらう。

 乾いたの血の匂いが僕の意識を目覚めさせる。パッと目を開けば、そこにはウサギの首と死体が転がる。


それを見た瞬間、自分がバケモノを殺したと理解すると同時にテラのことが心配になる。


彼女の元へと身体は勝手に動く。自分の身に起きている異変など気にも留めずに。


先ほどまでの雷雨は嘘のように収まり、静まり返る。その中を僕は駆ける、駆け抜ける。


そして、テラを探し出す。彼女の意識はないが、微かに呼吸はしており、傷口の出血も収まっている。なんとか、危機を脱したかと僕は一安心する。


そして、身体の違和感にやっとここで気付く。


胸の部分がなんだか、変だ。そう思い、胸部に目をやるとぽっかりと服に穴が開いていて、そこが青白く光輝いていた。


目の前の摩訶不思議な状況に言葉が詰まる。


「えっ・・・なにこれ・・・」


触ると指先が中に入ってビリッとした。そして引き抜くと指先に血が付いていた、こわっ。


頬をつねる。


「痛い・・・夢じゃない・・・」


ますます訳がわからなくなり、僕は少し考えて答えを出す。


「よし。まぁ、よくわからんけど生きてるし、とりあえずは結果オーライ!! 」


すなわち、考えることをやめたのである。


 とにかく家に帰ろう。そう思い、テラを担ぐ。


あれ、そういえば、ハチの姿がない。ふと、周囲を見渡すとハチらしき足跡が地面に残っている。それは、洞窟の方へと続いている。


ハチを置いていくわけにもいかず、テラを抱えたままその方向へと向かう。そうして、彼女の腕を切り落としてしまった洞窟に辿りつく。


早くこの場から離れたと思いながら、ハチの足跡を追って洞窟の中へと進んでいく。途中、明らかにテラの腕を切り落としたと思しき、血痕を発見する。


それを僕は直視することができず、思わず目を背けてしまう。少し見ただけなのに、あの時の瞬間がフラッシュバックするような感覚に襲われる。


胸が張り裂けそうな思いになる。今はそれを考える時じゃない、そう思いその現実を先送りにする。


そうして、洞窟内の奥へと進んだ先に、白い巨大な骨が横たわる。



 そうしては、ハチは骸のそばに寄り添っている。


悲しげな声をハチは出す。


「クゥゥゥン・・・」


まるで、それは母親に甘える子供の様で、それを見てこの遺体の骨がハチの親だと悟る。


その光景を僕は見てなにも言えなくなる。あまりにも残酷な親子の再会に言葉が出てこない。


しばらくの後、ハチは立ち上がってこちらへと向かってくる。


どうやら、ハチは気持ちに一区切りつけたような雰囲気で近づいてくる。


そうして、僕たちと一頭は帰るべき場所へと戻っていく。この旅で僕たちはあまりにも多くのものを失ってしまう。


僕は心どこかで異世界を舐めていたかもしれない。その結果、テラに取り返しのつかない傷を追わさせてしまう。


自分の驕りに後悔の念と言う十字架を背負う。だが、いくら悔いても彼女の腕は戻ることはない、その罪は決して重くはならない。


彼女の鼓動を感じながら、僕はテラの失った身体の一部の代わりになることを誓う。それがせめてもの彼女に対する罪滅ぼしになると、身勝手に自分に罰を科すのである。


その帰り道は、長くつらいものだった。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 そうして、あまりにも多くの物を失った旅は、テラの家に着いたことにより終わりを告げる。


彼女をベッドに寝かせた時、ずっと目を覚まさないでいたテラの声が聞こえる。


「アキラ・・・、グニブートィルキ」


そう言って、彼女は右手で静かに僕の髪を撫でる。テラは精いっぱいの笑顔をしていて、まるで僕を許すかのように温かな眼差しをくれる。


自分の腕がなくなったことより、他者を優先する彼女の心は僕を包み込むようで、その優しさに僕の瞳から涙が溢れ出る。


「ごめん・・・ごめん・・・。本当にごめん・・・。テラ・・・ごめん・・・」


取り返しのつかないことをしたことへの懺悔、彼女を守り切れなかったことへの後悔、彼女の未来を奪ってしまったことへの贖罪。


テラのためにこの身をすべて捧げることと誓い、涙を拭く。その様子を見た彼女は安心した顔になる。


『ぐぅ~~~』


テラのお腹が鳴る。


すぐに彼女のために、僕は料理を作る。


慣れない調理に手こずりながら、テラのために必死に料理を作る。風邪をひいた時、おばあちゃんが作ってくれたお粥を再現しようと頑張る。


しかし、出来上がったのは粥というには、水っ気が多過ぎる物で味も無味に近いものだった。


その出来に申し訳ないと思いながら、テラの元へと運びスプーンで掬い食べてもらうとする。


テラは笑みを浮かべながら、それを食べる。いつもとは立場が逆転したことに気付き、ふと、二人して笑う。


「アキラ、ファーニフユディナ。イイヒイイヒ」


テラはそう言って、僕の頭を撫でる。言ってる言葉はわからないが、優しい言葉であることを感じ、ずっと、落ち込んでいた自分に笑顔が戻ったことに気付く。


 その後、テラは食事を食べ終わり横になる。やっと、ひと段落ついた僕は、外に出て自分の身に何が起きているのか考える。


胸に開いたはずの大きな穴は変わらずピカピカと輝く青白い光で塞がれている。光は何かが流動的に、とても速く流れている。あの時確かに胸を貫かれたはずで、まず血が全然出てないのがおかしい。


思えば、大切なことをいろいろと考えずにここまで来ていた。


「やっぱりこれ変だよなぁ・・・というか、なんで生きてるんだろう」


そう考えていると、家の中には大きすぎて入れないで、外で待機していたハチが近寄ってくる。そして、横転がり腹を見せる。


おお、うい奴め・・・。腹をくすぐっていると、


「宿主は、ネコ派ですか? イヌ派ですか? 」


「えっ・・・と、そうだな、僕はイヌ派だな・・・」


え!? 今の誰? あまりにも自然な会話に時間を置いて、驚きがやってくる。


「いやですね~~~。私のこと忘れちゃったんですか? 宿主は、お忘れさんですね」


その言葉を最後にしばらく声が途絶えた・・・と思った僕の輝く胸から青白い光が放出された。驚くより先に知ってる現象に出会った興奮が勝った。


これは放電現象だ・・・!


何かが、目の前に電気で形作られていく・・・

・・・

・・・

・・・


「よぉ~~っと!さぁ、宿主、私のこと思い出しましたか?」


それは青白く輝く羽根の生えた小さな、美しい女性だった。ビリビリユラユラと不安定だがそのフォルムは確かに女性。民族衣装らしき服を着てるから幸いなことに全裸ではなかった。


おそらくまともな人間ではない。手のひらサイズの成人女性がいるわけ・・・もしかしたらこの世界にはいるかもしれないが今のところ不思議な存在と断じて良いだろう。


何より空を飛んでいる。妖精か?とも思ったが曖昧なその羽根は虫よりも鳥に近い気がした。


忘れられるわけない印象的なこの姿、彼女は・・・


「いや誰だよ!!」


全く見覚えがない。ますます混乱する。宿主ってなんだ。


「ハァ・・・、宿主。本当に覚えてないんですか。しょうがないですね・・・、ちょっとビリってしますけど、我慢してくださいね」


直後、体に鋭く断続的な痛みが走り、遅れてバチィと破裂音が響いた。


「あ・・・がっ・・・!?」


夜空の下で成人女性との濃密な電撃プレイが始まった。受けは僕、彼女は笑いハチは吼えてる。理不尽だった。


いきなり襲ってくるとは何て奴、あのバケモノの仲間だったのか?しかし時すでに遅く、体中を走り抜ける不快感と一緒にある情景が浮かび上がってくる。


これは僕の・・・記憶・・・?


∴ ∴ ∴ ∴ ∴ 


 気が付けば、僕は雷雨の空を仰向けで見上げる。冷たい雨が擦り傷を弄ぶるように降る。


「ハァッ!! ケホケホケホ・・・、ハァハァハァ・・・」


途切ていた酸素が全身を巡り意識が徐々に戻りかけながら、あのバケモノの姿を探す。


焼け焦げた木々の中心に、不自然に動く青紫のウサギが、足掻き苦しみながら、雨に打たれながらその体をどんどん膨れ上がっていく。


それがあの巨大な体のバケモノの本体だと、それが水に覆われる前に射らねば手遅れになると直感する。


なぜ、生きているのか、身体の違和感、まったく今の状況が理解できない。だが、これだけはわかる。今、矢を射らなければ奴は倒せない。


それさえわかれば、十分だ。


弓に一矢を番え、渾身の力で弦を引く。 


さすれば、全身全霊の力が矢に流れ込み、尖端から黄色い火花が散る。


瞬間、矢を放つ! 金色の一閃! 雷光と轟音が響き、膨れ上がるウサギの本体目掛けて、馳せる!!


『バァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!! 』


衝撃音と共に、醜く吸収されていた水が弾け、青紫色の本体が地面に叩きつけられる。


僕は決死に走り、そいつに近づく! 落ちていたナガサを拾い上げ、ウサギの首を断ち切る!! 


「キアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


バケモノの悲鳴の断末魔は一瞬で消え去り、代わりに赤い鮮血が空高く吹き出る。それを僕の意識は消えゆきながら見つめていく。


∴ ∴ ∴ ∴ ∴ 



思い・・・出した・・・


僕は何もわからないままあのバケモノによくわからない力をぶつけて、そのまま気絶したんだ。


彼女はこれを思い出させるために僕に電気ショックをしたんだ、どういう能力かわからないけど感謝しなければ・・・


あれ?


「何もわからなかったんだけど?」


「えぇ!?じ、じゃあお話しましょう」


もごもごと言ったはずなんだけどなとか言い訳してるが断言できる、言ってない。だけど


「・・・通じてる」


遅れて気づいた。この世界で、初めて、まともに言葉が通じたことに。そして彼女のさも当たり前のように放たれた一言は新たな謎を呼ぶ、否、この世界の核心に迫るものに違いなかった。


「 私は雷の精霊なんですけれど 」

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