第2話 やあ! 仕事

 だから、と身を乗り出して訴えた。


「大学は出ていませんけど、魔術は使えます。特に防御魔術ならかなり得意です。他の基礎的な魔術についても、運用に関する免許を十三種まで持ってます」

「はいはいミルカ・ハッキネンさん。あんた、オルトラの出なんだってね? あんな田舎で発行されてる紙切れみたいな免許をいくら持ってきたところで、誰も雇ってはくれまいよ」


 ハローワークのおじさんは取りつくしまもない。どこかの門徒でもなければ大学を卒業してもいないあたしは、大都市アルハンゲリスクでは必要とされていないらしかった。


 だからなんだと言うのだ。


「掃除でも皿洗いでも何でもします! あたしでも働ける場所はありませんか」

「ないね」


 にべもなく言い捨てておじさんは、あたしの後ろの男性に目をやる。面談は終わり、という合図だ。

 食い下がろうと思ったけれど、並んだ男性の舌打ちに怯んだ。あたしはすごすご椅子から立ち上がり、ブースを後にする。


「……あたしができる仕事くらい、あるはずだよ」


 ハローワークの空気は淀んでいる。失業者の吹き溜まりなのでまあ、分からなくはないのだが、オフィスがモノトーンすぎるのもこの陰鬱いんうつさに拍車をかけていると思う。

 花とか飾ればいいのに。あたしだったら窓辺に花瓶を置いて、野の花なんか生けるけど。今の時期ならサルビアなんか可憐でいいかも知れない。


 そこまで妄想して、ああここはアルハンゲリスクだったと気づく。ミネルヴァはアルハンゲリスクの上にあるわけだが、真上にどっかりと存在しているわけではない。それではアルハンゲリスクに日差しが差し込まない。


 日照時間を確保するために、ミネルヴァはぐるぐると回転するようになっているのだ。まるで太陽みたいに。それでも秋が近い今の時期、一区画に当たる日光はほんの僅かなものだけれど。


 狭くて、暗くて、湿っぽいハローワーク。長居したくはなかったが、そろそろ働き始めないと宿代が払えない。あたしはしゃがみこんで、下の方に追いやられた求人票にもじっくりと目を通し始めた。



 小銭を数える。あと一週間は同じドミトリーに泊まっていられるけれど、ご飯は三食パンとチーズで済ませるしかなくなった。粗食はいつものことだが。


「ほんとうに、仕事ってないんだなあ」


 九割の求人票が、大卒か、十三門閥と呼ばれる魔術の門徒であることを最低条件としている。あたしは大卒ではないのでまずここで弾かれてしまう。

 十三門閥は魔術の開祖に携わったとされる人々の祖先である。開祖ということなのでもうざっと二千年近く前から続いている集団ということになるだろうか。

 個人的には眉唾モノだが、彼らがそう主張するんならそうなんだろう。


 術士になりたければ、この十三門閥のいずれかの門徒になるのが一番近道だ。そこで学び、国家試験を受けて免許を得ることで術士を名乗ることができる。お偉方の覚えめでたくそこで背番号を貰えれば、門閥に所属することの恩恵を得ることができる。

 恩恵の中でも最も大きいのは職業面だろう。十三門閥はギルドというネットワークを構築していて、その中で仕事を斡旋しあったり、婚姻関係を結んだりしているんだそうだ。


 もちろん門閥に入らなくても魔術の勉強はできる。けれどギルドの恩恵を受けられないため、学べることが限られてしまうし、就職の機会も少ない。だから術士になりたければ小さな頃から門徒になって、研鑽けんさんを積むのが一番手っ取り早い。


 けれど門閥に入るにはお金が必要だ。八人家族が十年は楽に暮らせるほどの高額を要求されるので、あたしは門徒になるのを諦めざるを得なかった。

 だからあたしとばあちゃんは、自分たちで魔術を勉強する方法を選んだ。基礎しか分からなかったけれど、基礎ばっかり続けていたせいで、そこそこの魔術ならば扱えるようになった。独学にしては異様な数の免許を持っているのも、基礎を重視したおかげだ。

 まあ、門閥に入っていないので、免許なんか紙切れみたいなものなのだが。


 話を通常の就職活動に戻そう。

 ここアルハンゲリスクでは、九割が大卒か門徒であることを要求している。では残りの一割と言えば、勤務地もろくに書かれていないのにやけに高給な怪しい求人とか、肉体労働が必要とされるようなものばかり。


 そもそもここは国王陛下のお膝元、天下に名高い魔都アルハンゲリスクである。メイドがやるような仕事は全部、チェス盤に似た自動文様展開盤というものがやってしまうので、人間様の出番はないのだ。


「えー……っと?」


 これは、まずいのでは。


 別のハローワークも当たってみたが、同じことだった。門徒でないというだけで追い出されたり、面と向かって娼館へ行ってみればなどと言われたり。何という品位の無さ。都会は人をすさませる。

 でも、今はちょっぴりでもお金があるから、えり好みできるのかも知れない。お金がなくなってお腹が空いたら、あたしも飾り窓のドアを叩かざるを得なくなる。『空腹は悪魔よりも手ごわい敵だ』とは、ばあちゃんが残した至言のうちの一つである。


「レストランのウエイトレスになるのにも大卒資格が必要って、おかしいよねえ」


 アルハンゲリスクは大都市だ。頭上をミネルヴァに占められているがゆえに、神性絡みの職業が多く発達している為である。

 転じて言えば常時戦闘態勢にあるということなので、高度な技術を持つ高給取りの人間が多く集まっているということなわけで――。


 正直言って、選ぶ都市を間違えた感じは否めない。

 けれどばあちゃんは、頼るならばアルハンゲリスクのシロという人に限る、と言っていた。だからあたしはわざわざこの都市に来たのだが、まさかそのシロなりし人物が数年前に他界しているとは思いもよらなかったのだ。


 ばあちゃんめ。今更恨んでも仕方がないが。


 とにもかくにもお金がない。宿泊しているドミトリーのオーナーは、あたしに細々とした仕事を回してくれるとは言っていたが、やはり仕事を見つけないことには始まらない。

 戻る場所はもうないのだ。あたしは気合を入れ直して、薄っぺらい毛布をかぶり直した。

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