第7話

 始まりの街アルカディアから東に位置する街アイディールに移動した私とセシルは、上級職クエストを受けていた。

 闘技場で勝ち進んだおかげでセシルのレベルは15に達し、その後もレベル上げを進めたおかげで晴れて上級職に必要なレベル20に到達していた。


 上級職とはその名の通り、基本職から派生する上位の職業。

 選ぶと職業に応じたステータス補正が付いたり、アビリティポイントを溜めると新しいスキルを覚えたりする。


 上級職になっても基本職のスキルも合わせて取得できるから、レベルさえ到達していれば選ぶデメリットはほぼない。

 唯一、一度選ぶと変更が不可能ということ以外は。


「うーん。悩むなぁ。どれにしたらいいと思う?」

「え? クエスト受ける時に決めたって言ってなかったっけ?」


 目の前に現れたポイズンスパイダーを倒しながら、セシルは後ろにいる私に振り向いてそう言う。

 上級職の説明をした時に、すぐに『よし! 決めた!』と言っていたから、てっきり決まったものだと思っていた。


 ちなみにポイズンスパイダーは今受けているクエスト【アークタランチュラ討伐】のダンジョン【蜘蛛の森】に居るモンスター。

 紫と黒のまだら模様をした大型犬くらいの大きさの蜘蛛で、間近で見るとかなり怖い。


 それをセシルは事も無げに倒していく。

 私が後方から投げている強化薬のおかげだ。


 名前の通り毒があるけれど、セシルはほとんどの攻撃を受けたり避けたりしているからまだ毒状態になったことがない。

 毒になったら【解毒剤】を使ってあげようとたくさん作ったのに、無駄になりそうだ。


「それがね。サラさんを護りたいから【重騎士】一択かなって思ったんだけど。こうやって敵と戦うと、攻撃する方が結果的に護れるのかなって」

「え……? えーっと、そうだね! 守りは私が色々と薬で対応できるし、攻撃できた方がいいかな!?」


 突然の発言に声が上擦ってしまった。

 変だと思われなかっただろうか。


 きっと今は顔が真っ赤だけれど、幸いセシルはまた敵と戦うために前を向いていてこちらは見れない。

 危ない危ない。きっと変な意味はないはず。変に反応する方がおかしい。


 ちなみにセシルが選択出来るのは三つ。

 一つ目はセシルが言った【重騎士】。


 護りを固めるスキルを多く覚えて、味方を攻撃から守るのが主な職業で、通称タンクと言われるものの一つ。

 その代わり敏捷などが犠牲になるけれど、攻撃もそこそこにはできる。


 二つ目は【聖騎士】。

 回復魔法や補助魔法、アンデットに特効の神聖魔法などを覚える魔法戦士。


 とにかく見た目と名前がかっこいいので、人気の職業だと思う。

 味方を守ることに関しては【重騎士】に劣るけれど、回復などを自分で使えるので耐久力は高め。


 三つ目は【竜騎士】

 こちらは攻撃特化の職業で、範囲攻撃なども覚える優れもの。

 特に槍の最強スキルと言って過言ではない【青龍破】を覚えるために選ぶプレイヤーも多い。


「それじゃあ、【竜騎士】になるかな。ドラゴニュートで【竜騎士】って、なんか面白いね」

「うん。なんか面白い。でも、他にもたくさんいると思うよ」


 そんな無駄話をしている間も、セシルはどんどん色んな種類の蜘蛛たちを蹴散らしていく。

 蜘蛛たちは八本の脚を器用に動かし素早く動くし、おしりから糸を出して絡め取ろうとしたり、自分の移動に利用したりする。


 勢いよく飛びかかり、強力な顎で噛み付こうとする蜘蛛をセシルはカウンターぎみに槍で突き刺す。

 別の、動きを制限しようとする蜘蛛が吐いた糸は、まるで着地点を予想しているかのように身を躱す。


「はっ!」


 見えない位置の頭上から落ちてきた蜘蛛に一閃。

 地面に着く頃には蜘蛛の体は二つに分かれていた。


 いくら私の薬の効果があるとはいえ、やはりセシルのプレイヤースキルは別格だと思う。

 何か現実で武道でもやっているのだろうか。


 まだ始めたばかりでこれなら、きちんと練習を積めばどれほどになるのか。

 今から将来が楽しみだ。


「着いたみたいだよ? それじゃあ、行ってくる」

「うん。気を付けてね。薬は惜しまずに使っていいから」


「分かった。そうさせてもらうよ。じゃあ、後で。できるだけ早く終わらせるから」

「あ、待って。一応もう一度一通り薬使っておこうか。あと【天使の吐息】も」


 【天使の吐息】というのは、使ったあと徐々に回復する効果がある薬だ。

 その上位には【女神の吐息】がある。


 ところでどうして一緒にダンジョンを進んできたのに、ボスモンスターがいるところには入れないのかと言うと。

 それは私とセシルがパーティを組んでいないから。


 このゲームはレベル上位者がモンスターを倒して下位者のレベルアップを手助けすること、つまりパワーレベリングができないようになっている。

 パーティのレベルが一番高い者に合わせて経験値が減るからだ。


 レベルカンストの私がパーティに入ると、この辺りのモンスターでは経験値は貰えない。

 するとセシルのレベル上げに効率が悪いから、私はパーティを組まずに後ろから薬をセシルに投げるだけ。


 ボスモンスターの所へは、邪魔が入らないようパーティごとに隔離された場所に飛ぶ。

 一人で討伐が難しかったらパーティを組むけれど、おそらくセシルは難なく倒すだろう。


 私は安心した心持ちで、脱出用のアイテムを使い外に出る。

 ダンジョンのボスを倒したら、セシルも外に転送されるからだ。


 正直、私は今、ユースケとこのゲームをやっていた時より何倍も楽しいと感じている。

 やっていることはそこまで変わっていない。


 ユースケの時も後ろから薬を投げていただけ。

 あの時も、パーティを組むとユースケが受け取る経験値が少なくなるからという理由で、パーティは組まなかった。


 ボス戦だけは、パーティを組んで一緒に入ったっけ。

 ああ。嫌だ。せっかく楽しい気持ちだったのが、ユースケのせいでまた嫌な気持ちになってしまった。


 考えないようにしないと。

 そう思った頃には、随分と時間が経っていたようだ。


 下を向いていた私の顔を、身体を折り曲げ覗き込むセシルの顔が間近にあった。

 驚いて思わず声をあげそうになったけれど、何とか踏みとどまる。


「大丈夫? なんか考えごと? 難しい顔をしていたけど」

「あ、ううん! 大丈夫。あ、おかえり。早かったね。それで。セシルは無事に終わった?」


「ただいま! もちろん! サラさんの薬のおかげで、今回も楽勝だったよ!」

「そう。良かったね。そして、上級職おめでとう!」


 嬉しそうに笑みを作るセシルに、私もさっきまでの重たい気持ちは消え失せ、自然と笑顔になった。

 それにしても、顔は竜なのに、何故かセシルの笑顔を見ると、飼ってる犬の喜んでいる顔を思い出すのは何故だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る