第5話

「あ、やってるやってる。どれどれ?」


 闘技場の戦闘は、任意のプレイヤーが観ることができる仕組みになっている。

 横から覗いたり、上から見下ろしたりと、自由に場所も移動出来る。


「はぁっ!!」

「ぐはぁっ!」


 今セシルが戦っているのは【魔術師】、名前の通り魔法を使う遠隔攻撃職。

 近付かれたらまずいのはあっちも分かっているのか、手数で牽制しようしたみたいだけど無駄だった。


 相手の方がレベルが高いけれど、敏捷はセシルの方が上。

 そもそもプレイヤースキルに雲泥の差がある。


 魔法を使った後の硬直時間を見計らって、間合いを詰め一閃。

 耐久力の劣る【魔術師】には致命傷だ。


 今のが決め手となり、間合いを常に自分の有利に置いたセシルが圧勝を決めた。

 これで10勝、とうとうDランクに上がったみたい。


 さてさて……ここからが問題だ。


「サラさん! どこ行っちゃったかと思ったよ。もう、置いてかれたかと!」

「え? ああ。ごめんごめん。ちょっとね。はいコレ。強化薬。次からDランクでしょ? 多分これがないとキツいよ?」


「それサラさんが作ったの? 要らないよ。いや、タダじゃ貰えない。そういうためにサラさんを誘った訳じゃないから。それをタダで貰ったらクソ野郎と一緒になっちゃう」


 あー、予想通り。

 逆にそれが嬉しい。


 これで『ありがとう!』って貰われたら、これっきりにしようと思ってた。

 今セシルが言った通り、同じことの繰り返しになるんじゃないかって不安があった。


 だから、もし私から貰うことを少しも躊躇ちゅうちょしなかったら、ここで離れるつもりだった。

 私も少しは大人になれた、世の中には人を物としか思わない人がいるってことを知ったから。


 まだ甘いと言う人もいるかもしれないけれど、ひとまずセシルを信じてみようと思う。

 でも今度は慎重に。どちらかだけに頼るような関係にならないよう。


「うん。だからね。タダであげるって言ってないでしょ? 私が作った薬だけど、素材分だけ払ってくれないかな?」

「素材分だけ? でもそれじゃあ、結局タダ働きじゃない? ダメだよ、そんなの」


「どうして? クランを作ることに私は関係ないの? だったらここでセシルと別れる。だってそんな関係おかしいでしょ?」

「う……確かに……じゃあ、素材分だけ払うから、売って……ください!」


 これでいいんだと思う。

 もしこれで私が薬の値段で売ったら、何かが違う気がする。


 本当はタダであげてもいいんだけれど、このお金は私とセシルの間の信頼の証。

 しばらくの間は、だけれど。


 クランを設立して、人が増えたらどうやって負担を分配するかその時にきちんと相談しよう。


「じゃあ、素材分だけね。えーっと、全部で1万ギラかかったよ」

「え!?」


 私の言った金額を聞いて、セシルは驚いた顔をする。

 ドラゴニュートの驚いた顔、というのは面白い。


 分かってたことだけど、セシルはまだ薬の適正価格を知らない。

 下手な武器や防具を買うより高いのだから驚くのも無理はないけれど。


「たぶん、さっき勝った分の報奨でちょうど1万ギラ貰ったでしょ? それに合わせて買ったんだから。褒めてね?」

「す、すごいな……色々と。まぁ、サラさんが言うなら間違いないだろうし。はい、って。どうやってお金渡すの?」


 プレイヤーと取引をしたことも無いのも想定済み。

 私から取引の申し込みをする。


 これでセシルが答えれば、取引の画面が表示される。

 個人の取引は、あげる物や金額をそれぞれ選び両方が合意したらそれでお終い。


「これでオーケー。闘技場だと私が使ってあげるわけにはいかないからね。あ、だから【薬の知識】の効果は無いからね」

「ああ。分かった。ひとまず使わずにどこまで行けるかやってみるよ」


「うん。頑張ってね」

「じゃあ、行ってくる」


 今回【神薬】ではなく【強薬】を渡した理由は、二つ。

 一つは、【神薬】だと素材分すらセシルには払うことが出来ないから。


 今回払ってもらった金額は大体市場価格の半額。

 それだけ安くできたのはひとえに私のスキルのおかげだ。


 それでも【神薬】を買うのは無理。

 そんな金があればクラン設立の必要資金など既にあるということ。


 二つ目は単純に今のセシルには、【強薬】の方が効果が高いのだ。

 何故ならレベルが低くステータスが低いから。


 【神薬】は割合上昇で、ステータスが高ければ高いほど効果が高まる。

 一方【強薬】は定量増加だから、ステータスが低いほど効果が相対的に高くなる。


 レベルが上がっても低いステータスには【強薬】の方がいいのだが、何でも一番がいいと言うユースケは、全て【神薬】を使うと言って聞かなかった。

 もしこっちの言い分を聞いてくれたら、もう少し薬の量を増やせたのに……っと危ない危ない。


 また思考が流れていってしまった。

 気を付けないと。


「あ、そうだった。セシルの試合!」


 私は慌ててセシルの試合を観に行く。

 相手は【盗賊】の上位職【暗殺者】、すばやさと手数が特徴の職業だ。


 Dランクには上位職に転職したプレイヤーが出始める。

 それに最初から当たるとは運が悪い。


 相手は敏捷をあげる強化薬も使っているようだ。

 体の周りにキラキラとエフェクトが出ているから。


 一方セシルは初めは本当に使わずに戦う気だろうか。

 どの強化薬のもエフェクトは見えない。


「くそっ!!」

「むだだっ!」


 セシルが狙いを付け槍を突き出すが、相手は余裕で交わし両手に持つ短剣で切りつける。

 それを柄で何とか弾こうとするが、速さと数の前に圧倒され、いくつか食らってしまう。


「はっ! 薬も使わずに勝てるほどDランクは甘くねぇんだよ。貧乏人か驕ってんのか知らねぇが、ちゃんと用意してからまた来な!」

「そうか……それは俺が悪かったな。きちんとサラさんの言うことを聞くべきだった。カンストしてるってことは知識量じゃあ敵うわけないんだよな……」


「何ブツブツ言ってやがる! これで俺の勝ちだ!!」


 相手はスキル【五連撃】を使ってきた。

 両手で使えば一度に十の斬撃が襲ってくる。


 しかしセシルはそれを見事に全て受け躱した。

 セシルの身体からはいくつものエフェクトが表示されている。


「舐めていたわけじゃないんだ。ものを知らなかっただけ。教えてくれてありがとう。だが、俺の勝ちだ!!」


 攻撃を全て受け止められ、驚き距離を取った相手に、セシルははっきりとそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る