後輩ちゃんは新入社員/先輩さんは教育担当

遊良

prologue

第0話

 突然だが、花金である。

 花の金曜日。一部では死語ともされるこの用語。割と社会人では未だに使われている。

 完全週休二日制である企業戦士サラリーマンが明日のことを気にすることなく、夜遅くまで楽しめる花々しい日ということから来ている。

 そんな日を迎えた彼もまた、どこか浮かれた空気を出しながら、定時まで残り一時間の業務を消化している際にそれは起こった。



鳴海なるみ。今週もご苦労さん。来週からなんだが、お前に一人付けることになったから、よろしくな」



 はい、これ資料。と言いながらクリアファイルに数枚の紙資料が挟まった状態で、彼のデスクに置いていく男がいた。



「あーはい。ありがとうございます。………いや、ちょっと待って下さい橋下はしもとさん」



 自然な流れで現れ去っていく上司の姿に思わず一度スルー仕掛けたが、なんとか呼び止めることに成功した彼。



「ん? なんだ?」

「いや、なんだじゃなくて。どういうことですか? 急に一人つけるって、なんでです?」

「あー。やっぱ説明いるわな。ちょっとあっち、来れるか?」



 わかりました、と一言了承しながら、パーティションで区切られたエリアに移動し、そこにある長机に向かい合わせで二人は座る形となる。



「いやな。簡単に説明すると新入社員がうちのグループに配属になったんだわ。それである程度仕事馴れて来ていて、下に誰も付いてない奴を見繕った結果、鳴海に任せようかという話になったんだよ。一応俺と高岡GLグループリーダーで話し合った結果だからな?」

「…そうだったんですか。…あれ、でもこの資料の人…」



 事情を聞きながら彼は、先程与えられた資料を見ながらふとした疑問を口にする。



「……女性社員ですか」

「あー。うん、まあそうだな。そこまで年も離れてないし、お前話しやすいタイプだから彼女にも変なプレッシャー感じさせずにやれると考えているんだが…」

「そう評価されているのは嬉しいですが…。そういえば桐原きりはらはどうなんですか? 女性社員同士で組ませる方が良いのでは?」



 同じグループに所属する、仕事の出来る同期を思い浮かべながら提案する。しかし、上司から返ってきたのは苦笑いだった。



「確かに桐原は仕事が出来る。だが今日日きょうび様々なハラスメント問題がある中で、桐原の下に来る女性社員がメンタル的に弱いと少し不安があってな。いや、今のところその新入社員にその傾向は無いんだがな? 念のため、もう一人の同期入社の男性社員を付けることになっているんだよ。ソイツはだいぶお調子者らしいから、桐原の下くらいが丁度良さそうだってな」

「……なるほど。まあ、確かに誤解のされやすい奴ではあると思いますが。そうですか…」



 確かに桐原きりはら 琴音ことねという女性は、仕事が出来る正にクールビューティーという単語が似合う人だ。

 物事をハッキリと誰に対しても言ってしまう点は彼女の美点でもあり、欠点でもある。

 現に、彼女のことを良く思わない人は大体が舌戦で言い負かされる者が殆ど。

 見た目が良い分、そのギャップに心を折られる人も少なくは無いと聞いたことが彼にもあった。

 とはいえ、



「…俺は桐原ほど面倒見の良い奴、見たことないですけどね」

「大卒の若い子にを理解してもらうのは、無理があるってことだわな。流石に」



 さも、俺達は理解しているとばかりににやりと笑う橋下の顔を見て、少し安心しつつ、諦めを付けた。



「わかりました、降参です。同期入社の後輩の面倒を、同期入社の先輩社員が見るってことですね。良いんじゃないですかね」

「お前、諦めたらホントあっさりしてるな。そんな投げやりに返されると不安になるだろ」

「だったら担当変えますか? 俺は構いませんよ」

「馬鹿言うな。他に候補は居るにしろ、俺自身はお前が一番やれる奴だと思ってるっての」

「買い被り過ぎですね。──っと。定時のチャイムですね。帰ります」



 おう、改めてお疲れさん。と一言貰い自席に戻りPCをシャットダウン。机周りの整頓を行い、勤怠処理をしつつ帰路に着く。



 次週からの、初めての部下との日常を頭の片隅で描きながら。


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