第10話 それから

 それからしばらくした或る晴れた日の早朝,悟志は,軟禁されているホテルのような寮を抜け出して,近くにある海岸沿いの防波堤に立っていた。 「あっ,こんな所に居た。」

 そんな悟志を探していたのか,また趣向の違う,大型バイクに跨った朝倉が現れた。

 「どうしたんですか,こんなところで?」

 「いや,たまには風に当たりたいんですよ。いつもホテルの中じゃ,人間,腐っちゃいますよ。」

 「それもそうですね。」

 朝倉は,路肩にバイクを駐輪させると,悟志の居る防波堤に,軽い身のこなしで,ひょいと飛び乗ってきた。

 「それも朝倉さんのバイクなんですか?」

 「そうですよ,いわゆるセカンドバイクという奴です。あれは250CCも日本車です。取り回しが簡単で,乗りやすいんですよ。」

 朝倉は,少し自慢げに,バイクに乗っている素振りを悟志にして見せた。

 「俺を捜してたんですか?」

 「ええ,届け物を持ってきたんですよ。」

 「届け物って何です?」

 「手紙ですよ,大慈院からの」

 「大慈院から,俺に手紙ですか?」

 悟志は,朝倉が差し出した一枚の手紙を,手に取ると,すぐにその内容を確認した。そこには,大慈院とお腹の大きくなった彩花と呼ばれた巫女の姿が大きな写真で映し出されており,一言だけのメッセージが添えられていた。

 『女の子です。天翔くんを許していただき,誠にありがとうございました。  大慈院彩花』

 これ以上はない,幸せそうな二人の表情がそこにはあった。

 「斉藤さん,あのおっかない大慈院が,こんな風になっちゃうんですから,ちょっと笑っちゃいますよね。」

 「そうですか,俺には,ただ幸せそうに見えますけど。」

 悟志は,朝倉の言葉に多くを語らず,簡潔に返事をするに留めた。

 「それはそうと斉藤さん,身体の具合はどうですか?見たところ,結構大丈夫そうなんですけど?」

 「まあ,一応ジーマスターですから,AVさえ見ていれば,自ずと回復力も上がりますから。」

 「全くもって,便利な身体ですねえ。羨ましいですよ。」

 朝倉は,状態を確認するようにして,軽く2,3回と悟志の身体を小突いてみせた。

 「しかし,かのジーマスターをここまで追いつめるとは,大慈院は,まさに最強の強敵でしたね。」

 「そうですか?」

 悟志は,朝焼けの残る水平線の彼方を遠く見やった。

 「本当の強敵という割には,脆いところも併せ持ったような人でしたよ,大慈院さんは。」

 「そうですか?じゃあ斉藤さんにとって,最強の強敵って,どんな奴なんですか?」

 悟志は,しばし胸に手を当てて考えた。しかし,どのように考えても,その答えに該当するような人物は一人しか見当たらなかった。

 「朝倉よ,俺にはお前が最強の強敵(とも)だった。」

 「そう言うと思ってましたよ,私も!」 


ジーマスター(自慰御三家の憂鬱)    完

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