第24話 【取り残された者たち】

 練兵場まで戻り、本城に繋がる門を通って先へ進むと、戦場の剣戟の音と怒鳴り声が段々遠くなっていく。

 むしろ場違いなほどに静まり返った内庭を横切って本城に辿りつくと、入り口の大きな鉄の扉が僕たちを出迎える。


「ガルム、お願い」


 押しても引いてもビクともしないその扉に、イリスが素直に前を譲ってくる。


 彼女の腕ならこのくらいの扉、簡単に斬り裂けそうだが……ここを防御の拠点にして立て篭もるんだ。壊したくはないんだろ。


「くうぅ………ッ!」


 取っ手を掴み、力を入れて内側に押して行くと、金属が軋む音と共に扉が少しずつ開かれていく。

 その隙間を通り、僕たちが中に足を踏み入れると案の定、人っ子一人いない広々としたホールが姿を現した。


「本当にヤツら、どこに行きやがった……」


 壁際に、一定の間隔ごとに設置された松明。

 その明かりを頼りに周りを見渡してエダンが、そんなことを言っていた時だった。


 ―ー静寂に包まれたホールの奥から、何かの物音が聞こえてきた。


「足音……?」


 イリスがそう呟いて、僕たちを見ては唇に人差し指を当ててみせる。

 互いに頷き、音がした方に足音を殺して僕たちが近づくと、奥の通路から東宿舎のリーダー、ディンが出てきた。


「……やぁ、皆さん。ご無事でなによりです」


 いつもの顔に張り付いた笑みを携えてそう話した男は、片手に短剣を持っていて、その体は埃や炭などで酷く汚れていた。


「あなた、ここで何してるの? 答えなさい」


 警戒するように剣を構えるイリスに、ディンは自分の短剣を懐に戻し、両手を上げてみせる。


「あぁ、誤解しないでください。僕は帝国兵の方たちがコソコソと怪しい動きをするものだから、気になって後をつけて来ただけです。……そういう性分なので」


 相変わらず薄く笑いながらそう答えるディンという男に、僕たちを代表してイリスが聞き返した。


「帝国兵……? ここに帝国兵たちが来てるの?」

「まあ、正確には来ていた……って言葉が正しいですけね。それより、外はどうなってるんですか? あなた方がここに来たってことは――」


 ――帝国兵たちが来ていた? 


 その口ぶりだと、今はもう、ここに彼らはいないように聞こえる。

 ……いったい何かどうなっているんだ?


「察しの通りよ。もう城壁を守るのは無理ね。今からここで篭城することになるわ。それより帝国兵たちは? どこに行ったのよ?」


 続くイリスの問いに、ティンは肩を竦めたあと、僕たちを手招きしてきた。


「まあ、言葉より見るのが早いでしょう。ついて来てください」


 彼の誘いに少し躊躇いはあったが、もたもたしている暇もない。僕たちはディンの後を追って歩き出した。


 ホールから繋がる狭い幅の通路は、赤い絨毯が敷かれた場所だった。

 通路の壁に部屋などはなく、窓の一つすら存在しない。

 あるのは通路の両端に、帝国の騎士像が一つずつ置かれているだけだった。


「……なんだよ。行き止まりじゃねぇかよ」


 通路の突き当たりまで進んで立ち止まるディンに、エダンが文句を言ってくる。

 だがディンは壁に掛けられた松明を一つ抜いて持つと、前にある騎士の青銅像の剣を手で触れた。


「まあ、見てください」


 そう話したディンが剣の柄を少し引き抜くと、その騎士像が後ろに退かされる。

 ――そして、地下に繋がる階段が姿を現した。


「隠し通路……?」


 眉間に皺を寄せてそう呟くイリスに、ディンが頷きながら先に階段を下り始める。


「はい、その通りです。ついて来てください」


 僕たちは互いに顔を合わせて、彼の後ろをついて階段を下りる。


「暗いですから足元に気をつけてください。それと天井が低いから、そこにも注意が必要です。特に、そこの背の高い方はね」


 最後は僕の方を見て、ディンがそんなことを言ってくる。

 確かに天井が低く、僕の場合は腰を屈めないと通れそうになかった。


「ジメジメして気持ち悪い場所だな……まさか看守のヤツら、こっから穴でも掘ってフォルザの壁まで逃げたって言うんじゃないだろうな?」


 僕の後ろでついて来るエダンが、そんな軽口を叩く。

 それにディンがまた肩を竦めて答える。


「そうだったら、もう少し可愛げがあったんですがね……着きました」


 階段が終わり、ディンが立ち止まって前方を松明で照らす。


 ……四角い空間に、その床には円が描かれていて、その中にはよくわからない文字がビッシリ詰まって書き記されていた。


「まさか、魔法陣ですか!? す、すごい……っ!」


 それに一番最初に反応したのは、意外にもルシの方だった。

 前に出てきて床に膝をつき、書かれた模様を見ていく彼女に、僕は声をかける。


「わかるのか?」

「いえ、詳しくはわかりませんけど……多分この術式からして、今は使われてない古代のもののようです。それもワープ、いや……多分ゲート関連の術式ではないでしょうか……」


 興奮気味で早口で喋るルシは、さっきまで倒れる寸前だったのが嘘のように生き生きとしていた。


「……なるほど。帝国兵たちはここからフォルザの壁まで、魔法陣を使って移動したってことね。……相変わらずやり口が汚いわね」


 最後は眉を吊り上げてそう話すイリスに、ディンが頷きながら補足を加える。


「はい。ワタシの班は今晩、物資を運ぶ担当でしてね……。戦況が不利になった後、彼らが次々とこの本城に集まってくるのが気になりまして」

「後をつけて来てみたら、ここを発見したってこと?」


 話を遮って口を挟むイリスの言葉に、彼がゆっくり頷く。

 そしてその話を聞いてやっと理解が及んだのか、エダンが悔しそうに壁を叩いた。


「くっそ、アイツら! 本当にオレたちを見捨てて自分たちだけ逃げてたのかよ……ッ!」


 歯軋りするエダンと違い、僕は裏切られたとかの感情より、やっと合点がいった気がしていた。


 今までのゼラド兵士長が言っていた数々の言動。そして帝国兵たちの態度……思い返せば、彼らは最初から僕たち志願兵を捨て駒として使うつもりだと、そして別にそれを隠そうともしていなかったことが分かってしまう。


「なあ、それならこれ、オレたちも使えないか? どっかに飛ばしてくれる魔法装置ってことだろ? ならこっから脱出できるんじゃないか?」


 僕がそんなことを考えていると、急に閃いた顔でエダンがそう言ってきた。

 だがルシが首を横に振って、それを否定する。


「ダメです……。もうこの魔法陣にはこれを動かせるほどの魔力は残っていません。それに、多分ですけど……これと対をなす魔法陣がどこかにあって、その反対側の承認がなければ、このゲートは開かないと思います」


 そう言ってゆっくり体を起こすルシに、イリスもまた同じ意見を述べてきた。


「当然ね。もし誰でも使える魔法陣を残してたら、ここを通って魔物が直接フォルザの壁まで侵入してしまうわ。そんな間抜けな真似を、あのレシド帝国がするはずないわよ」

「たっく、あの豚将軍……最初から気持ち悪いヤツだと思ったんだ! 看守長の旦那も、こんな卑怯な奴とは思わなかったぜ!」


 壁に拳を叩きながら怒っていたエダンが、急にまた僕たちを見て言ってくる。


「じゃ、じゃさ! みんなでここに隠れれば良いんじゃね? あの隠し通路の出入り口を戻せば、朝になるまでは隠れられるんじゃないか? なっ!?」


 名案を思いついたと言わんばかりに、弾んだ声で僕たちを見回すエダンに、イリスがため息をついて答える。


「エダン、あなたね……ここにいったい、何人くらい隠れられると思うのよ」

「それは……あっ、そうか」


 周りを一度見渡して、エダンがハッとなって急にしおらしくなる。


 イリスの言う通り、この空間はぎゅうぎゅう詰めで人を入れても精々が数十人程度が限界の狭い場所だった。


 さっきまでの戦闘で死んだ人を除いても、ざっと見た感じでまだ百以上の志願兵たちが外で戦っている。彼ら全員をここに収容するのは土台無理な話だった。


「それに、ここの隠し通路を塞ぐ方法ですが……開くのは手前の像を触れるだけですが、閉じるには通路の入り口……反対側の像に触れる必要があるようです」


 そこにディンまでそんなことを言い出してくると、エダンは完全に項垂れてため息をつくしかなかった。


「はあ……なんでまた、そんな面倒なことを」

「まあそういう訳で、ここに隠れてやり過ごすは不可能ですね。あの手の魔物は低脳ですが、だからといって馬鹿でもない。普通に階段がある場所くらい、ものの数分で探し出してくるでしょう」


 そんなディンの話に、皆が口を噤んで押し黙る。

 そしてその沈黙を破って、ディンがイリスに聞いてきた。


「それで、これからどうするつもりですかイリス嬢?」

「……まずは上に戻るわ。外の兵士たちを中に入れて、門にバリケードを作って塞ぐ。やることは山積みなんだから」


 そう言って先に歩き出したイリスに続き、僕たちも彼女の後を追って動き始めた。




##########



《辺境の歌》1部の話は、あと2回で完結となります。

(10月16日に、最終話が投稿される予定です)


 今まで《辺境の歌》の話を読んでくださった方々のおかげで、ここまで続けることができました。誠にありがとうございます。

 そして最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします!


 そして今後の予定ですが、10月19日(月曜日)から、

 以前、投稿していた物語、《悪魔との対話》の、第2部の話を投稿していこうと思います。

 ジャンル的には現代ファンタジーで、女性主人公の物語となっていますので、ご興味のある方はぜひご一緒してくだされば嬉しいです!


《悪魔との対話》

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054897161828

 (詳しい話はその都度、近況ノートにてお知らせできるようにしておきます)

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