簾藤エメは物語る①

 菅原要という人物は、私から言わせて貰えば異常な人物に他ならない。


 吸血鬼のお前が言うなと思う人物も多かろうが、実際問題彼は普通ではないから仕方がないのだ。私が吸血鬼という、人外で、規格外な存在で、人間とは相いれない物であるということを踏まえた上で私はこう言っている。


 そもそも私には、彼がどうして私の事を好きだと言ってくれるのか理解できない。


 彼は初めて会った幼少期の頃は、そんな素振り微塵も見せていなかった。むしろ私の事は大いに警戒しており、私が折角話上げてもどこかよそよそしい態度で、冷たい物だった。


 それが変わったのは、きっとが起因しているのだろうが、それは今語るべき事柄ではないだろう。


 何せ今回の話で、彼の対応などどうでもいいのだから。ここで重要なのは、初めて出会った当初から私という存在に警戒を払っていたという事実だ。


 私が要と初めて出会ったのは、幼稚園の星組の時。年齢で言えばおおよそ5歳くらいのことだ。


 その頃の私と言えば、案の定他の子供と容姿と一線を画しており、まるでお人形さんの様に可愛らしい子だと近所で評判であり、プライドの高かったあの頃の私としては当然の事であると思っており、むしろ人間という存在そのものを見下していた。


 はっきり言ってしまえば近所でどうこう言われていたかなど、全く気にしていなかった。吸血鬼の特性上耳もよかった為、自然と周りがそう噂にしているのを耳にしただけで、興味も特になかった。


 だからと言って人間を襲うような真似もしなかった。襲おうと思えばできたのだろうが、しようとも思わなかった。まさに無。あの頃の私には何もなかった。


 欲しい物も、好きなものも、嫌いなものも、心惹かれるものも、拒絶するものも、何もなく、ただそこにいるだけの、置物と何ら変わらないそんな存在だった様に思う。


 でもこれはあくまで私の考えであり、人間社会は助け合いの社会であり、周りの人間との調和の社会。


 調和を乱すものは良くも悪くも目立つ。例え自身にその気がなかったとしてもそれは周りに確実に影響を与えてしまう物なのだ。


 どうしてそのような話をしたかと言えば、私がこの調和を乱すものに他ならないからだ。


 これは吸血鬼という特性上、仕方がないことなのだろうし、あの意地の悪い親はそれをわかったうえで、面白半分で、私を人間社会の中に放り込んだのだろう。


 今となっては感謝しているが、もし私が菅原要という異常者と合わなければ、この考えはきっと今とは別の、それこそ真反対のものへとなっていただろう。


 閑話休題。そんな調和乱しまくりの超問題児の私と違い、この時の要は周りとうまくやっていた。それこそ今の私の様に一番の人気者は間違いなく彼で、私は日陰ものだった。恐ろしい程、今とは真反対の情況。


 そんな彼だったからこそ、私は何の気まぐれか、彼に話しかけてみたわけだ。


 その時の要の顔は、まるでこの世ではない物を見た、人間の本能的な恐怖からくる怯えに怯えきった顔をしていた。あのいつも澄ました、作り物めいた表情をしている彼の人間としての表情が後にも先にもあの瞬間だけだっただろう。


 それを当時五歳のガキがするというのだから、異常以外の何物でもない。何せ要は、五歳にして私という化け物の本質に、人間の大人ですら騙される私の化け物としての部分に気づいたのだから。そんな奴、要以外いない。


 だからこそ私は興味がわいた。空っぽの器の中に、要という私よりも異常な存在が入ったことによって、今の私は出来上がり、仕上がった。


 その意味で言えば、要は私の第二の親と言えるのだろう。同世代。まして人間であるところの彼にそういうのは、吸血鬼としては恥ずべきことで、もし同胞に知られようものならば一生の笑いものにされるような事柄であるのだろうが、そんな事私にはどうでもいい。


 だって私の本質は、結局の所変わっていないのだから。変わったのは、要という人間に固執しているというだけ。彼以外の人間も怪異もそれこそ自身の両親ですら私にとっては、どうでもよく、周りの人間とうまくやっているのだって、彼がそう望み、私が応えているからに他ならない。


 そう言った意味では、私の好みは最早彼の、要の色に染まっているというか、頭なんていつも要の事を考えている。要が望むのはどういう私で、どういったことをしたら要は喜んでくれるのかとか、要は私のどんなところを好きなのかとか、そんな事ばかりを考えている。


 でも不思議な事に、彼の前に立つとどうも私はおかしくなってしまう。胸の内でこれほど要の事を考えているというのに、どうしても彼の喜ばないであろう、冷たい、それこそ昔の彼が私にしたような事をしてしまうのだ。


 何度優しく接しようとしても、私はうまくできない。むしろどんどん酷くなっている。そのせいで、今日彼に酷いことをしてしまった。もしあれのせいで彼が離れてしまったら、私にはまた何もなくなってしまう。そんなの御免だ。だからこそ私は、彼の気持ちを必死に繋ぎ止めねばならぬというのにこの体たらく。あまりの酷さに笑えてくる。


 それと同時に、本来人間を支配すべき側である私の心を、こうまで縛り上げ、締め付けている彼は異常なのだ。誰になんと言われようと彼は、異常なのだ。


 私のこの胸の内から湧いてくるこのあたたかな気持ちも、彼があの女と話している時に、胸の内から湧いてきたこのどす黒い感情も、彼が私を好きだと言ってくれるその言葉も、全てが異常で、本来吸血鬼である私にはなかった感情。


 異常が、異常で、異常な彼がくれたそんな異常な思いも、恋と呼ばれるこの気持ちも、ここまで人間に恋焦がれ、すべてを捧げてもいいと思ってしまっている私自身も異常で、この異常を治すすべはもうない。


 私が彼という異常な存在と出会ったときに、吸血鬼であるところの私は死んだ。他ならない彼の手によって殺されてしまった。世が世なら彼はヴァンパイアハンターとして呼ばれてもいいそんな偉業なのだが、要はそんな自分の行いに全く気が付いていない。それどころか私のこの気持ちにすら微塵も気づいていない。鈍いにもほどがある。


 同じベットで、私程の美少女が裸で寝ているのだ。男で、しかも性欲が有り余っている男子高校生なら襲ってもいいところなのだ。実際私はそれを期待しているというのに、要は安眠し、私の身体に微塵も触れようとしてこない。


 そんな彼のあまりのチキンっぷりに内心酷くため息をつきたい気持ちが抑えれないのだが、異常者であるところの彼に、常識を求めた私のミスなのだろう。


 そもそもどうして私は、彼から行動に起こしてもらおうと思っているのか。そんなに期待しているのなら自分からしてしまえばいいだけの話。


 そうだ。そうしよう。今日の夜、私は彼を襲う。吸血鬼なのだから別に人間を襲ったところで異常ではない。むしろ人間である彼が、吸血鬼の私を襲うほうが異常なのだ。


 そうと決まったら善は急げだ。未だ何処を歩いているのかわからない、あの異常者を迎えに行くとしよう。何、あいつの匂いは覚えている。すぐに見つける事が出来るだろう。


「ふふ……ふふふふ……ふふふふふふふふふ……」


 今から夜が楽しみだ。 

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