FUSHIN-SHA


 幾度も見直すが、これと言った原因、証拠になりそうなものは見当たらず、3人の表情や言動に焦りや苛立ちが現れ始めたその時。


「なんだこいつ…」


 50代の刑事が画面の端を指差し、呟く。


 周りで多くの人間がバタバタと倒れていくなか、一点を見つめ、微動だにせず立ち尽くす女性らしき姿が画面端に、微かにだが見切れていた。


 指の先にいるその女の姿を見た瞬間、3人は胸の奥に、得も言われぬ不気味さ、不安感が込み上げてくるのを感じたようで、部屋の空気が変わる。


「止めますか?」


「いや、そのまま流してくれ」


 救急隊が駆けつけ、真横で救命活動が繰り広げられる最中も、女は変わらず立ち尽くしている。まるで何も見えていないし、何も聞こえていないかのように。


「なにこの人…」


「なんだか気持ち悪りぃな」


 そのまま数分が経過すると、騒ぎの中、女は画面の外へ消えていった。


「うん。もう一度5分前からだ」


 5分前から映像が再生されると、すでに女は同じ場所で同じように立っている。


「いつからここに居るのか知りたい。5分前から少しずつ巻き戻してくれ」


「はい、では倍速で逆再生します」


 街の流れが巻き戻され、多くの通行人が背中を前にしてウネウネと行進するなか、その女は何をするでもなく、ただただ変わらずそこに居た。


 実時間でさらに10分ほど巻き戻された時、女は人波の中へ後ろ向きに消えていった。


「もういい、止めろ。うん…なにもしてねえな。ただ…やっぱり気持ちが悪りぃ。臼井うすい、こいつの特定、急いでくれ」


「うっす」


 後で腕を組み、黙ってモニターを見ていた刑事、臼井が、低く太い返事と同時に部屋を後にする。


櫻子さくらこ、お前は俺と現調だ。この女の画像、一応プリントアウトしとけ」


「でも輪島さん、このサイズだと解像度上げてもはっきりしませんし、証拠能力落ちますよ」


「一応っつったろ!相変わらずうるせぇなぁ。黙ってさっさとやれ。車で待ってるから、終わったらすぐ来いよ」


 頭をガシガシと掻きながらベテラン刑事、輪島は面倒臭そうに指示し、携帯電話をいじりながら部屋を出て行く。


「はい、すみません!」



 櫻子と呼ばれる女性刑事は部屋で一人、画面の女の全身像や顔のアップを数枚プリントアウトする。それが済むと、急いで事務所に行き、角砂糖をきっかり10個入れた大きな保温マグカップをコーヒーメーカーの不味い珈琲で満たし、蓋をする。



「お待たせしました。はい、珈琲です」


 助手席側から車に乗り込むと、タバコを吸いながら待っていた輪島側のドリンクホルダーにマグカップを押し込んだ。


「おう」


「輪島さん、前から何度も言ってますけど、名前じゃなくて名字で呼んでくださいよ。周りから変な目で見られますし。あとこれ禁煙車です」


「下で呼んどきゃ、お前が万が一結婚しても呼び方変えなくて済むだろうが。うるせぇなぁ」


「万が一は余計ですし、それセクハラですよ」


「……」


 二人を乗せた車は現場に向けて走り出す。


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