TEI-KOU

 カチカチカチカチッ


 寒さと恐怖に震える指でエレベーターのスイッチを幾度か押すが反応が無い。一刻も早く逃げ出したい律子は階段を探す。


「え…?無い…。無い、無い、無い!」


 昨夜は意識もしなかったので気が付かなかったが、このフロアに降りる方法は、どうやらこのエレベーター以外には無いようだ。


 再びエレベーターの前に戻り、スイッチを連打する。


 カチカチカチカチカチカチッ!


「夢夢夢…やっぱ夢。だってこんな造り、おかしいじゃん!」


 崩れる様にその場に座り込み、呆然とエレベーターを眺めていると突然、後ろから太く優しい声がした。


「こんにちは、大楢律子さん…」


「ひっ!」


 驚き振り返ると、そこには雑貨屋「ON A LAND」の店主の姿があった。


「そんな所に座り込んで、どうかされましたか?」


「あ…いや…、エレベーターが動かなくて…」


 逆光に浮かんだ店主の影に不吉な予感を覚える。


「建物自体が古いもので、たまにこういった事が起こるのです。

 おやおや…それに酷い格好ではないですか。お店にシャワー室がありますし、お着替えも売り物のドレスですがあります。他に上にあがる方法もありませんし、宜しければお店でゆっくりしていって下さい」


「いえ、早く帰りたいので結構です…」


「内線から修理依頼を出しますが、今すぐ直るわけでもありません。ここは寒いですし、どうぞこちらへ…」


 確かに、ドロドロに濡れた身体が芯から冷え、ガタガタと震えていた。しかし、昨日の事を考えると、とてもではないが甘える気になれない。


「結構です!!」


「昨日、私に何かしたんですか!?急に眠くなって…。 それに、なんで私の名前を知ってるの…!?」


「大事な大事な器ですから…。風邪でも引かれては大変です」


「うつわ…?何言ってんの…?」


「さぁ、こちらへ…」


 男は一歩一歩と近寄りながら羽織っていたカーディガンを脱ぎ、律子に掛けようと手を伸ばす。


「いやっ!」


 とっさに持っていた鞄を振り回し、それが男の顔に当たると、掛けていた黒縁眼鏡が宙を舞った。


「うっ!」


 鞄に着けていた、銀の鳥のストラップが顔を切ったようで、男は血の流れる顔を押さえうずくまる。

 その隙に逃げようと、男と壁の隙間を縫って走り出すが、男の太く大きな手が律子の足首を捉えた。


「やだっ!マジでっ!!離して!」


 掴まれた足とは反対の足で男の顔を踏みつける。幾度も幾度も。


 ゴッ ゴッ ゴッ ゴッ


 その度に血飛沫が上がるが、男の手は緩まない。それどころか、足首から太もも、太ももから腰、腕へと次第に上がってくる。恐怖に強張った両肩を掴まれると、律子は身動きが取れなくなった。


 鼻水と涙をたれ流しながら必死に捥がくが微動だにしない。


「やめて!お願いですから…」


 男の頭が息の届く距離まで近づき、ゆっくりと顔を上げる。


「さぁ、こちらへ…」


「ひぃっ!!」


 血だらけの顔に浮かぶ男の目に白目は無く、眼球全体がノイズがかった金色に覆われていた。


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