GUINNESSの夜

 風呂から上がった律子は、飼っているズグロシロハラインコという中型のインコに餌をあげながら、ぬるいギネスの缶ビールを開ける。


「はぁ…」


 お気に入りの緑色のソファーに腰を下ろし、ほぼ習慣的にリモコンを手に取りテレビをつけるが、別にこれといって見たい番組がある訳でも無い。適当なバラエティ番組にチャンネルを合わせると、背もたれに上体を深く預け、伸びをしたあと、その姿勢のまま天井を見つめている。


「ほんと、変な夜だったな…疲れてんのかね…」


 大きめの独り言をすますと、唇の出来立てかさぶたを撫で、缶ビールをグイッと飲み干す。


 疲れたので早く寝たいのだが、「ON A LAND」でのことが頭から離れず、あれは夢だったのだと決めつけようにも、あまりの現実味に混乱し、脳の処理が追いつかない。


「だめだ、こりゃ寝れないな」


 冷蔵庫の横の段ボールから新しい缶ビールを取り出し開ける。


 ずいぶん前に、謎の雑貨屋の噂を得意げに話していた元彼の事をふと思い出す。鞄から携帯を取り出し、アドレス帳から彼の名前を探し出すと、少しの間を置いて電話をかける。


 プルルル…プルルル…プルルル…


「おぉ、久しぶりじゃん。元気?」


「うん、まぁ…。道雄は?」


「……ごめん。先にこれだけは言っておくよ。君とはヨリは戻せない。俺、今超幸せだから邪魔しないでね。ハハハ」


「相変わらずの馬鹿だわ。そんなんじゃなくてさ、以前話してた、雑居ビルの地下にある雑貨屋のこと覚えてる?」


「冷たいねー。人の幸せを「そんなん」だって。ハハ。 …てかなんだっけそれ?全然記憶に無いけど。」


「大学の時あんた、誰にも言うなって話してたじゃん。「ON A LAND」って店の事。後で涼子から聞いたけど、結局他の人にもベラベラ言って周ってたらしいじゃん」


「…いや、なんも覚えてないわ。他のやつじゃない?」


「いやいや、絶対道雄。中で人が何人も殺されていて、その骨を使って家具を作ってるとか、剥がされた生皮で作られた財布が売ってるとか、楽しそうに話してたじゃん」


「うーん、確かに興味ある話だけど、やっぱり俺じゃないよ。そんなん知ってたら絶対行ってるし。てか今度一緒に行ってみない?」


「…本当に覚えてないの?」


「覚えてないっていうか、知らない。ハハハ」


「そっか…じゃあ涼子にも聞いてみるわ」


「今度の土曜の夜なら空いてるから、一緒に…」


 ピッ。


 携帯のアドレス帳を頼りに、「ON A LAND」の噂を口にしていた大学時代の友人数名に電話やメールをするが、皆が口を揃えて覚えてないという…。


「聞いたこともないってどういう事よ!?」


 置き場のない不安と苛立ちに、空いた缶を壁に投げつける。


「はぁ…はぁ…。なんか気持ち悪くなってきた…」


 酒に弱く、普段は缶ビールを3本も空ければベロベロになる律子だが、早く寝たいのと、頭の奥のモヤモヤをかき消したいのとで、短い時間で半ダースも空けていた。


「うー…明日また行ってみるか…」


 再び唇のかさぶたを撫で、ソファーに座ったまま気を失うように眠りについた。



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