第4話 ー桜吹雪が見せた哀しい記憶と幻想ー

- あれから、度々、不思議な声と心地良い薫りがする日々が続いた -


そうしているうちに、

一年のうち、私が一番好きな春の季節が

またやってきた



4月5日


- 桜の花びら舞い散る、仁和寺にんなじの境内 -


今年は例年よりも早く満開を迎えた御室桜おむろざくらは今を盛りにしきりに空に向かって、花びらをひらひらと、はためかせる -



いつの間にか、すっかり陵巡りの虜になっていた私は御室桜を観た後、仁和寺の境内を後にし、黒猫大好きな日本初の猫ブロガー宇多天皇うだてんのうの陵に向かう


龍安寺りょうあんじ側にもいくつかの陵があるため、

それらを観てから宇多天皇陵に行こうと

尚子と2人で龍安寺の裏山を登る


あたり一面をピンクががった紫色に霞ませるミツバツツジの向こう側に、

薄墨色の服を着た人の葬列が見えるような気がした


- 恐らく幻覚だとは思うが、

あれと似た葬列を昔に見たことがあるような気がする -



新緑の色に染まる街並みにしんみりと響き渡るクマゼミの合掌がお気に入りの暑い夏も過ぎて行き、

季節は巡りゆく -




11月19日

唐紅に染まる仁和寺と秋の宇多天皇陵を観に行くために、

あの春の日と同様、紅葉舞い散る仁和寺の境内を後にし、今回は仁和寺の裏から宇多天皇陵への山道を登る


柿のなっている木のあたりでみちなりに暫く進むと、道が拓けてきて、宇多天皇陵の木札が見えてきた



- 同じ場所でも、木々が色づく秋はやはり

春とはまた異なる良さがある -




宇多天皇陵の正面でお祈りを済ませた後、

尚子に「何か黒猫を埋葬した場所に本人も埋葬を希望した感があるよね、あんなに黒猫愛が溢れている人だもの。山道険しいけれど、

仁和寺に行った時にはまた寄りたくなっちゃうなぁ」と言うと、

ついさっきまで隣にいたはずの尚子の姿は見当たらなく、私はいつのまにか、

御所の中にある建物のような中の一室にいた



20代前半くらいの爽やかな貴公子とその彼よりは年上であろうが、年齢不詳な男女の区別が付き難い見た目をした身分の高そうな人が座って何かを話しているのが見えた


若い貴公子の膝には、艶やかな毛並みの真っ黒な猫が貴公子に気持ちよさそうに喉を撫でられている


『ニャー』   


ふと、猫を見ていると、以前にあのような

毛並みのとても艶やかな黒猫を私も撫でたことがあるような気がしてきた

それに、昨年の紅葉の季節に宗像神社の御手水のところで水を飲んでいた猫によく似ている


眼を凝らしてよく見ると、若い貴公子も昔会ったことのある誰かに似ており、その目の前にいる年齢不詳な男性か女性かよく分からない人はもっと深い大切な何か 

- 縁のようなものを感じられた -



考え込んでいると、

今度は目の前に薄墨色がかった淡いピンク色の花を咲かせる珍しい種類の桜の大木が現れた



桜は花吹雪の如く、花びらを散らし、

頭上に花びらのシャワーが降り注ぐ

あたり一面を霞むような淡い薄紅色で覆い尽くす -



『わぁ、綺麗…!』



この世のものとも思えない程の美しい情景にうっとりと見惚れていると、

花吹雪の向こう側に、さっきの細身で色白の男性とも女性とも判断しにくい見た目の人がこちらを見つめていた


その人は、平安装束のひとつである束帯の様な服装をしている



その人は私に向かって言う


『もうすぐ、あと少しで私がわかるようになる』



- あの人は、誰なのだろう -

とても大切なことである気がするのは確かなのに、思い出したいのに、これ以上思い出せない



その人は桜吹雪の向こう側に行ってしまう -



『…行かないで、待って、私を置いて行かないで』


咄嗟に、そう叫んでいる私がいた




ハッと気が付くと、私は車の中にいて、転寝してしまっていたらしかった


眼を開けると、目尻から大粒の涙が溢れ出てきた



- あれは夢だったのだろうか -



考えてみたら、今は秋だし、桜が咲くのは春だ

しかも、ひどく幻想的で、あの空間だけ隔離されているような、この世のものとも思えない情景だった -


あの桜は現実にあるものなのか、

何よりも、花吹雪の向こう側から私を見つめていたあの人が誰なのかが心にトゲが刺さったかのようにひっかかっていた -



「また寝てたの?まったく呑気なものだわ」


と尚子がからかう



私は「いつも飲んでいた薬を最近医者から急に飲むなと言われて体調が悪くて、その副作用でよく眠くなるみたい。本当に困ったものだわ」と答えた





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