Ⅵ 龍殺しの槍(1)

 一方、そのハーソンはといえば、狂戦士ベルセルク化したビャルネンに手をこまねいていた。


「――フラガラッハ! ……チっ…想像以上に素早いな……うくっ…!」


 ひとりでに宙を舞う魔法剣を手に投げつけるが、一般的な兵なら一撃で仕留められるそれも、肉厚の大剣とは思えない速さの振りで勢いよく弾き飛ばされ、返す刀で斬りかかるビャルネンに紙一重で避けるのがやっとだ。


「あのデカイ図体でこの反応速度、まさに野生の獣といったところか……下手にフラガラッハを手放すのも危険だな……っ…!」


「ウオォォォォーッ!」


 遠くへ弾き飛ばされ、いつもよりやや時間をかけて戻って来た魔法剣を受け止めると、そんな感想を漏らすハーソンだが、その隙にもビャルネは獅子のような方向を上げて斬りかかり、咄嗟に飛び退いたハーソンは密かに冷や汗を額に浮かべる。


 見れば、勢いよく振り下ろされた斧のように肉厚で重たいビャルネンの大剣は、それまでハーソンにいた場所の床に深くめり込んでいる……表面を覆う黒くて硬い鱗状の金属片も、嘘のようにぐにゃりと紛って剥げかかっている有様だ。


「おまけになんて馬鹿力だ。仮に鎧を着込んでいてもあれは一撃で逝くぞ……いや、待てよ。この馬鹿力、使えるかもしれんな……」


 しかし、抉れたドラゴンの背の表面を見て、ハーソンはある妙案に思い至る。


「どうした? デーンラントの狂戦士ベルセルクよ! そのようなのろまな剣ではこの俺を斬ることなどできんぞ! 悔しかったらこのエルドラニアの聖騎士パラディンハーソン・デ・テッサリオを見事討ち取り、その武勇の誉れとするがいい!」


 そして、理性を失った彼が理解できているかどうかは知らないが、わざと戦意を煽るようなことをいうと、魔法剣の柄を握り直して自分から突っ込んでいった。


「ウオォォォォォォーっ!」


 その挑発が効いたのかどうかはわからないが、再び大声を海上に轟かせると、ビャルネンはそれまで以上に激しくハーソンに斬りかかってゆく。


「……どうしたどうした! ……貴様の力は……そんなものか…おっと! 危ない……」


 それをハーソンもくるくると素早い身のこなしですべて避けきり、どう見ても防戦一方のように思えるのだが、時に危うく斬られそうになりながらも、なおも狂戦士ベルセルクを挑発する。


 また、一つ奇妙なことには、ハーソンはビャルネンの攻撃を剣で受けたり払ったりすることなく、全部体捌きだけで避けている……だが、その割にけして彼から距離をとろうとはせず、常にその周りを巡るように逃げ回っているのだ。


「ウオォォォォーッ!」


「さあ、どうした! もっとだ! もっと強烈な一撃をお見舞いしてこい!」


 煽るハーソンが避ける度に、的を外した大剣の斬撃はドラゴンの背――即ちドラッガーの船底で造られた天蓋へと深くめり込む……いや、しかもよく見ると、その傷は方々に散らばっているのではなく、だいたい一つ所に集中しているのだ。


 そう……アスビョルドの足下、ハーソンがそれまで逃げ回っていた場所に……。


「……そろそろ頃合いだな……よくやってくれたデーンラントの狂戦士ベルセルクよ! こちらもその武勇に報いよう!」


 覆っていた黒い金属の鱗も剥げ、ヒビとささくれだらけになった木の扉を目にすると、ハーソンはそれまでの挑発的な態度を改め、少し距離をとるとその碧眼に鋭い殺気を宿す。


「ついでに動きも見切った。この一太刀で最後だ……フラガラッハっ!」


「ウオォォォォォォーッ…!」


 大剣を大きく振りかぶり、突っ込んで来るヴャルネンにハーソンは魔法剣を投げつける……だが、今回はわざと的を外し、ビャルネンの頭の上スレスレだ。


「ウオォォォォォォォーッ…!」


 すると、戦士の勘から当らないことを無意識に判断したのか? ビャルネンはそれを斬り払うことなく、そのまま大剣を振り下ろしてハーソンの頭をカチ割りに来る。


「今だ! 戻れ、フラガラッハ!」


 だが、その瞬間、ハーソンは剣を操るように右手を引き、それと呼応するかの如く投げられた魔法剣は空中で急速反転し、水平に回転しながらビャルネンの後頭部へ炸裂した。


「オォ……ォ……ォ……」


 回転する鋭利な刃はビャルネンの太い首をも一太刀で斬り落とし、転がった首が残り火然と雄叫びを漏らすのと同時に、その巨体も長大な剣を振り上げたまま、その重さで丸太のようにしてドラゴンの背に倒れ伏した。


「ふぅ……ようやく本命か。ティヴィアス達がもう持たんな……急がねば……」


 沈黙したその狂戦士ベルセルクの死体を見下し、短く溜息を吐いたハーソンは、眼下で奮戦するティヴィアス達を見やりながら、そう呟いてドラゴンの背に向き直った――。




「――テイヴィアス殿! 助太刀いたしまするっ!」


 戻ってテイヴィアス達の方では、メデイアが水死体の動きを封じたことで、手の空いたアウグスト達が加勢を始めていた。


「おお! これはありがてえ! そんじゃ、二手に分かれてドラゴンの手をお願いしやす! 俺はあの厄介な火を吐く首をなんとかするんで。おおーい! 手の空いてる者は水汲んで俺にかけてくれーっ!」


 駆け寄るアウグストや戦闘要員の船乗り達に、ティヴィアスは戦意を取り戻すと笑顔を見せてそう指示を出す。


「心得た! 団長も守りの兵を倒した様子。もうひと踏ん張りですぞ! 半分は左脚を! 残り半分は我とともに右脚に当たれっ!」


 その言葉に、アウグストは竜の背の上のハーソンの姿を確認すると、自らもブロードソードを振るって巨大なドラゴンの前脚に戦いを挑んでいった――。




「――ここまで脆くなればフラガラッハで貫けるだろう……先程、〝エリゴスの眼〟で見た時の様子では、おそらくこの真下がドラゴンの心臓――即ち悪魔を操るアスビョウドいる魔法円だ。なにも入口から正々堂々入ってやる筋合いはない。やはり〝竜殺し〟は心臓への一突きと古の昔より相場が決まっているからな……」


 他方、再び戻ってドラゴンの上では、ビャルネンが破壊してくれた竜の背の表面をコンコンと叩いて確認しながら、ハーソンが誰に言うとでもなくそう独り嘯く。


「これまで使ったことはなかったが、いい機会だ。遣わしてもらおうか……フラガラッハ、俺の求めることがわかるな……」


 そして、魔法剣の柄を両手で握ると刀身を顔の前に立て、目を瞑って静かに愛剣へと語りかける。


「……よし。幻の民、ダナーン人の造りしいにしえの魔法剣よ、見事、邪悪なるドラゴンの心臓を貫き、その聖なる刃に新たなる竜殺しの伝説を刻め……行けっ! フラガラッハ! この新たなる剣技を〝聖ジョルジオスの槍ランザ・ド・サン・ジョルジオス〟と名付けん!」


 その問いかけに答えるかの如く魔法剣の刃が仄かな緑色を帯びて輝くと、ハーソンはその愛剣を鼓舞するようにして朗々と唱えごとをし、勢いよく上空目がけてそれを放り投げた。


 すると、天高く真っすぐに登って行った魔法の剣は、刃先を下向きにしてくるくると高速で回転を始める……ただし、それはいつもの縦回転ではなく、刀身を軸にした横回転……即ち、ドリルのように両刃の刀身をものすごい速さで回転させているのである。


 魔法剣フラガラッハはそうして高速回転をしたまま、段々に速度を増しながら真っすぐ下へと落下してゆく……そして、ドリルのように回転する刃先を勢いよく突き立て、脆くなったドラゴンの背中を轟音とともに突き破ったのであった――。

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